Chapter10-pr それは星を守る一石

本日よりChapter10を開始します。よろしくお願いします。


――――――――――――――



 ガラガラと崩落音が轟く。工事現場の騒音の如く鳴るそれは、オレ――ゼクスの展開していた【異相世界バウレ・デ・テゾロ】が崩れ去ったものだった。周囲の景色のあちこちに穴が増えていき、外界の草原が顔を覗かせている。


 これは、本来起こり得ない現象だ。オレが自主的に解除しても、力技で突破されても、通常なら耳にうるさい騒音は発生しない。


 では、どうしてか。模擬戦の相手が、こちらへ最大火力を叩きつけきたせいだった。


 少し離れた位置に、一人の男が立っている。肩まで届く白髪と黒い瞳を有する、おとぎ話に登場する王子さまのような美人。


 彼こそ今回の模擬戦相手。オレの戦闘の師匠であり、元神の使徒であるアカツキ・ヴェヌスだった。


 オレと同じ白髪ではあるが、侮るなかれ。アカツキは、無属性を含めた全魔法を扱える人外。世界最強格の一人なんだから。


 今ではオレが勝ち越しているものの、二年前までは負けっぱなしだったし、今回のように引き分けてしまうこともある。両者の実力は、かなり拮抗している状態だった。


 だからこそ切磋琢磨し合えて、どんどん強くなれているんだけどな。


「全力で攻撃するなよ。最後のやつ、オレが防がなかったら、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の外も吹っ飛んでたぞ」


 崩落音が鳴り止み、星明りの照る草原が完全に露出したところで、オレはアカツキへ文句を垂れた。


 対し、彼は肩を竦める。


「別にいいだろう。お前は攻撃を防ぎ切ったんだし。しかも無傷」


「結果論だ。結構ギリギリだったんだよ。魔力はほぼ空っぽだし」


 いい加減な返答に、オレは頭痛を覚えた。


 アカツキのノリと勢いを重視する性格は、本当に厄介極まりない。まぁ、そういう点も含めて彼の味だとは思うが、最低限の配慮はしてほしいところだ。


 アカツキは溜息混じりに言う。


「俺も魔力が底を突きそうだ。……引き分けかー。今日は勝つ気だったんだけどなぁ。色々新技も用意したってのに」


「そうそう負けないよ。オレだって強くなってる」


「魔眼の群れは卑怯だと思うぞ。不気味だし」


「ビジュアルはどうしようもない。それを言うなら、そっちの神気解放も卑怯だろう。魔法で勝負しろよ」


「お前相手に縛りプレイとか、どんな拷問さ」


 夜の草原にて、オレたちは雑談混じりに感想戦を行う。


 一通り話し尽くしたと判断した辺りで、オレは最近気掛かりだった質問を投じた。


魄術びゃくじゅつって知ってるか?」


 それは一月ほど前に遭遇した、別大陸で行使されているという力。魔法とは異なる原理で働く術理だった。


 一応、術理自体は解析したけど、それだけで満足するのは楽観的すぎる。元神の使徒である彼ならば、他の大陸についても知識があると踏んだわけだ。


 この推測は正しかった。


 アカツキはキョトンと首を傾ぐ。


「何で知ってんの?」


「この前、鬼魄きびゃく族の吸血鬼を自称する、別大陸の輩と交戦したからだよ」


「マジで?」


「マジで」


 別大陸の者が流れ着いたことは、まったく把握していなかったらしい。オレの発言を受けた彼は、心底驚いた様子だった。


 それから、先日の幽霊ゴースト騒動を一部始終説明するオレ。


 いつになく真面目に耳を傾けていたアカツキは、説明が終わった後、しばらく熟考していた。


 幾分か経過し、おもむろに口を開く。


「ゼクスは……魄術びゃくじゅつを使えるんだな?」


 質問ではなく確認。すでに解析済みだと理解していたよう。


 当然か。アカツキとは長い付き合いになる。それこそ、カロン、シオン、オルカの次に長い。これくらいの先読みは納得できた。


 オレは首肯する。


「使えるよ」


 掲げた右手の上に、青い火の玉を出現させる。


「マジで魄術びゃくじゅつだな」


 それを認めたアカツキは、大きく溜息を吐いた。そして、自身の後頭部をガシガシと乱暴に掻く。


 いつも飄々とした彼らしからぬ行動を見て、別大陸の存在が現れることが、かなり問題なんだと理解した。


 オレは目を細め、彼に問う。


「自己完結してないで説明してくれ」


「嗚呼、悪いな。俺も混乱してるんだ」


 ヒラヒラと手を振って謝罪すると、アカツキはこの世界のルールを語り始めた。


 様々な専門用語が飛び出してきたが、簡単に言い表すと、『一つの例外を除き、この世界では大陸間の移動が制限されている』とのこと。大陸より遠く離れると、潮の流れが激しく、大気がものすごく乱れ、魔力等の阻害が著しいようだ。


 無論、絶対に不可能とは言わない。軍艦並みの頑丈な船を作れば、海を渡れる。同様に頑強な飛行機があれば、空を移動できる。大量のエネルギーと緻密な計算を行えば、転移系も実行可能。


 だが、現時点の技術力では、ほぼ実現不可能。かろうじて、オレが転移の技術を確立できるか否か。それくらいの難度だと、アカツキは話を締めた。


「あの自称吸血鬼は、相当運が良かったんだな」


「豪運と言っていい。大陸外へランダム転移なんかしたら、海の藻屑か……下手したら星の外へ投げ出される。燃費も酷かったと思うぞ。その術式を発動した土地は、しばらく草の根一つ生えないだろうさ」


 つまり、めったなことで別大陸の脅威は襲来しないわけだ。その点はとても安心した。西の魔王――金の魔法司グリューエンとの戦いが迫っている現状、他の脅威に構っている暇はないもの。


 しかし、疑問はある。


「どうして、別大陸への移動を制限してるんだ?」


 そこが分からない。わざわざ世界の法則として定めるほどのことかと、首を傾げざるを得なかった。


 アカツキは気まずそうに答える。


「制限しないと、高確率で星が滅びるんだよ」


「は?」


 予想だにしなかった返答に、オレは目を丸くする。


 こちらの反応に、自嘲的な笑いを溢すアカツキ。


「お前の前世とは違って、こっちの世界は個々人の戦闘力が強い。戦争は大規模発展するのは予想しやすいだろう?」


「嗚呼」


 誰でも最上級魔法を気軽に撃てるわけではないが、戦時ならば一、二発くらいは放たれる。上級魔法や中級魔法程度なら、銃の弾幕の如く飛び交うものだ。個人が最低でも戦車並みの火力を有するとなると、戦場の苛烈さは前世の比にはならないと思う。


 でも、今の話と何の関係があるんだ?


 アカツキは説明を続ける。


「ヒトは、新たな土地を発見すれば、絶対に奪おうとする。資源や人材等、欲しいものが大量にあるんだから」


「そうだな。その辺りは歴史が証明してる」


「別大陸を発見した場合も、同様のことが起こるだろう。しかも、今度は世界規模にまで戦火が広がる。個々人の能力が強いこの世界で、な」


「それは……」


 オレは言葉に詰まる。


 要するに、この世界で世界大戦なんて勃発すれば、途方もない被害が発生すると言いたいわけだ。そして、最終的に星が滅びてしまうと。


 アカツキの言わんとしている内容は理解した。だが、まだ疑問は残っている。


「結局のところ、問題の先送りじゃないか?」


 大陸間の移動を制限しても、それが絶対ではないと自称吸血鬼が証明している。現在は無理でも、技術力が発展していけば、きっと大陸間移動は実現されてしまうだろう。


 アカツキは「先送りすることが大切なんだ」と答える。


「ヒトは学ぶ生き物だ。大陸間移動が実現可能な段階に至れば、世界大戦の危険性を判断できる頭脳も育ってる」


「……小競り合いは仕方ないとしても、大きな戦争に二の足を踏む世界になってると?」


「その通り。言っておくと、これは希望的観測じゃないぞ。神がシミュレーションした結果だから、ほぼほぼ当たる」


 オレとしては怪しく思えてならないが……今気にしても仕方ないか。相当未来の話を今から心配しても無意味。鬼に大爆笑される。


 オレは気持ちを切り替え、話題を改めた。


「大陸間移動が難しいのは分かった。かなり話が脱線しちゃったけど、オレが本当に訊きたかったのは別にあるんだよ」


「なんだ?」


「アカツキは、魄術びゃくじゅつみたいな別大陸の力を使えるわけ?」


 元とはいえ神の使徒。十中八九、扱えるとオレは考えていた。使えるならば、見せてほしいとも。いくら可能性が低かろうと、将来的な脅威に備えておきたいんだ。


 対し、アカツキは苦笑いを漏らした。


「使えるけど、専門じゃないから、そこまで上手くないぞ。俺は、あくまでも『魔』を担当する使徒だったんだ」


「神の使徒に、担当分野なんてあるのか?」


「そりゃな。全部を極めるのは無理だ。というか、全部を極められる存在なんて、部下にできないだろう。謀反を起こされたら負けるし」


「あー……」


 納得した。部下が優秀なのは良いことだが、矛先が自身へ向くのは避けるべきだ。また、個がすべてを兼ねるよりも、能力を分散した方が効率良い。


 何か人間くさい論理だな。


 思いのほか、神の精神構造はヒトに近いのかもしれないと思いつつ、アカツキに改めて頼む。


「上手くなくてもいいから、それぞれの能力を見せてくれないか? 解析しておきたい」


「お前……ハァ、それでこそゼクスだもんな。いいぞ、見せてやるよ」


 何故か呆れられてしまったが、承諾は得られたので気にしないでおく。ツッコミを入れて、前言撤回されては敵わないから。




 その後、新たな術――といっても、魄術びゃくじゅつ以外には一つしかなかったが――を見せてもらい、オレたちは解散となった。


「あっ、そうだ」


 去り際、とある用件を忘れていたことを思い出した。


 オレはアカツキを呼び止め、【位相隠しカバーテクスチャ】より取り出したものを投げ渡す。


「なんだ、これ。ペンダント?」


 彼が手にしたのは、赤い宝石のペンダントだった。


「とある機能が付与された魔道具だ。身に着けておいてくれ」


「とある機能って何だよ」


「時が来れば分かる」


「はぁ?」


 教えろと繰り返すアカツキだったが、オレは一切答えなかった。


 結局、折れたのはアカツキの方。ブツブツ文句を言いながらも、ペンダントを首にかけて去っていく。


 あの様子なら、肌身離さず持ってくれそうだ。


 懸念していた問題が一つ解消され、オレは安堵する。


「できることなら、あのペンダントが効果を発揮しないでくれると嬉しいけど……」


 楽観視はできない。大切なものを守りたい時は、『気のせい』や『考えすぎ』、『大丈夫だろう』なんてセリフは禁句だ。


 そろそろ対魔王の準備が整う頃合いなんだ。あちらも色々と動き始めている様子もあるし、一つずつ不安は潰していこう。


 ふぅと一息吐いてから、オレもフォラナーダ城へと帰還するのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る