Interlude-Louise 交差する策謀

 最近のアリアさまは、どこかおかしい。


 不敬だと思いながらも、そのような考えが小官――ルイーズの頭からは離れなかった。


 昔から暗躍を好まれるお方だった。ゆえに、あちこちへ根回しを行ったり、あからさまに怪しい連中へ情報を流したり、そういった行動は気にならない。……いや、正確には、控えてほしいとは思っている。だが、『おかしい』と感じるほどではなかった。


 では、何をもって違和感を覚えているのかというと、アリアさまが小官を連れ回す回数が減ったためだ。


 アリアさまは生粋の後衛職だからこそ、騎士である小官を重宝してくださっていた。また、第一王女や光魔法師という身分の関係もあり、護衛を常に必要とされていた。


 だのに、ここ半年は小官と別行動される機会が多い。


わたくしは所用のため、席を外しますわ。ルイーズはわたくしに代わり、生徒会の業務を進めてください」


 まただ。学園の生徒会室にて書類仕事をさばいていたところ、アリアさまはそう仰られた。


「アリアさま。単独での行動は認められません。せめて、小官の同伴をお許しください」


 無論、素直に諾とは答えられない。小官は、アリアさまの専属護衛なのだから。


 しかし、アリアさまは首を横に振られた。


「許可できません」


 主人より明確に拒絶されるとツライ。だが、ここで簡単に退くわけにはいかなかった。


「理由をご説明いただけませんか?」


 これだけは譲れないと、まっすぐ見据える。


 すると、アリアさまは苦笑を溢された。とても珍しい、感情の乗った表情だった。


「これから会う相手を警戒させないためです。あなたは強い。ゆえに、向こうの警戒を促し、交渉が難航してしまいます」


「それは……」


 反論しにくい答えだった。


 自画自賛のようでムズ痒いけれど、小官は国内でも上位に入る実力を有している。三学年では首席をキープしているし、黄金世代と呼ばれるアリアさまの学年でも、かのフォラナーダ以外なら勝つ自信があった。おそらく、現役の騎士でも、副団長レベルまでなら互角に戦えると思う。


 実力者の自負がある小官が、交渉相手を威圧してしまう。それは考慮して当然のものだった。


 とはいえ、それは護衛しない理由に足り得ない。これまでの口振りからして、交渉相手とは敵対勢力ないし敵対しかねない者に違いない。そのような危うい場所へ、アリアさま単独で赴かせるわけにはいかなかった。


 小官の内心を悟られたのだろう。アリアさまは再び言葉を紡がれる。


「何も、わたくし単独で赴くつもりはありませんよ。ブルース殿に隠れて護衛してくださるよう、依頼を出しました」


 ブルースとは、元は帝国で活躍していた冒険者の名だ。ケガが原因で半ば引退していたところ、アリアさまが治療と引き換えに学園講師へ登用された。


 彼は『風刃』の二つ名をいただくくらいなので、実力は申し分ない。小官ほどではないにしても、忠誠心も持っているだろう。アリアさまには、現役復帰を叶えた恩があるのだから。護衛として合格ラインだと思う。


 しかし、疑念は拭えない。


「ブルース殿に頼むのなら、小官でも宜しいのではないでしょうか?」


 小官だと威圧すると言う話だったのに、小官より強い者を同行させるのは納得できなかった。


 アリアさまは、やはり首を横に振られる。


「隠れて護衛していただくと申しましたよ。冒険者として様々な修羅場を潜り抜けたブルース殿はともかく、あなたに隠密行動は無理でしょう?」


「むっ」


 またもや反論の余地はなかった。


 小官は騎士。面と向かった戦や防御に自信はあっても、隠れてコソコソ動くのには不向きだ。求められる技量が違う。


 その点、冒険者は異なるのだろう。彼らは、依頼に応じて様々な戦場へ出るゆえに。


「では、聖王家の暗部を――」


「それもダメです」


 なおも追いすがる小官だったが、すべてを言い切る前に否定されてしまった。


「聖王家の権力を使うと、絶対に感づかれてしまいますわ。隠密の意味がありません」


「彼らが、そのようなミスを犯すとは思えませんが……」


 国内随一の諜報能力を持つ部隊だ。動向を悟られるようなマネをするとは考えられない。例外と言えば……まさか!?


 ふと、唯一の例外が脳裏に浮かぶ。国内どころか、大陸最強と評しても過言ではないフォラナーダの名が。


 アリアさまの交渉相手は、もしやフォラナーダ伯爵なのか?


 自身の推測に、小官は背筋を凍らせてしまう。


 アリアさまは、前に伯爵へ首輪をかけたいと仰っていた。この予想は確度が高い気がする。


 ところが、所詮は凡人の推理に過ぎないらしい。アリアさまの答えは、まったく異なる内容だった。


「身内なら、察知は容易いですよ」


「ッ!?」


 それは、フォラナーダとは別方向で肝を冷やすセリフだった。聖王家の中に明確な敵がいると仰っているのだから、当然と言える。


 敵は誰だ?


 ウィームレイ第一王子殿下? いや、彼の地位は盤石だ。それに、あのお方は慈悲深い。自衛のためなら別として、現段階でアリアさまへ刃を向ける道理がない。


 グレイ第二王子殿下? 現実的に無理だろう。彼は卒業後の廃嫡が決まっている。アリアさまに敵対できるほどの力は有していない。


 二人は考えられないのなら、もう答えは歴然だった。


「ね、ネグロ第三王子殿下ですか?」


「当たりです」


 震える小官に、アリアさまは場違いなほどニッコリと頬笑まれた。


「色々と暗躍していたのは知っていましたが、そろそろ潮時だと考えました。ですから、この後の交渉で誘導しようかと」


 ネグロ殿下の暗躍など微塵も知らなかったけれど、そこを指摘しては話が進まない。端的に、アリアさまの目的を問う


「誘導とは、何をなさるのでしょう?」


じきに分かりますわ」


 アリアさまは笑みを浮かべられた。先程の頬笑みとは異なる、『氷慧ひょうえの聖女』に相応しい、極寒をもたらすそれを。

 

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