Interlude-Marina 恋人と相棒と

 二学期が始まって幾日か経過した。残暑もおもむろに弱まっていき、学園生たちの夏休みボケも治ってきた頃だろう。


 そんな絶賛授業中の折、わたし――マリナはゼクスさまとお茶をたしなんでいた。サボっているわけじゃない。お互いに、この時間は何も予定がなかったんだ。せっかくだからと、彼に誘われた次第である。


 何だかんだ、ゼクスさまはわたしたち・・・・・の相手をしてくれているんだよね。隙間時間に雑談するのはもちろん、定期的にデートへも連れてってくれるし。告白に応じるのは先の話と言いつつ、その扱いは完全に恋人のそれだった。


 ツンデレ? と思わなくもないけど、彼がカロンちゃんのために一生懸命なのは分かってる。そこを逸脱しない範囲で、わたしたちにも真摯しんしに向き合ってくれているんだから、文句なんてあるはずもない。


 というか、無理していないか心配してるくらいだよ。だって、わたしたちの人数を考慮しても、わたし個人に割く時間が多すぎる気がするもん。……分身とかしてないかな?


 冗談はさておき。今回はデートとは別の目的もあった。それは――


「最近の調子はどうだ?」


「だ、だだだ、だだ、だい、大丈夫……です」


「そうか、それは良かった。何か困ったことがあったら、遠慮なく申し出てくれ」


「あ、ありがとう……ございます」


「……」


「……」


 すぐ傍で気まずい沈黙を作ってしまっている、ゼクスさまとマイムちゃんの仲を取り持つことだ。


 二人の関係がギクシャクしているのは承知している。主に、マイムちゃんの精神的な問題であることも。


 わたしの契約精霊である彼女は、感知能力に特化している。そのせいで、隠蔽しているゼクスさまの膨大な魔力の一端を感じ取ってしまい、恐怖に震えているわけだ。


 怖がること自体は無理ないと思う。何せ、マイムちゃんは八歳の子ども。強大な力を持つヒトに怯えるのは当然だった。


 ただ、わたしとしては、生涯の相棒とも言うべきマイムちゃんには、同じく生涯の伴侶のゼクスさまと仲良くしてほしいんだよね。ベタベタしろってわけじゃなくて、せめて普通に話せるレベルにはなってくれると嬉しい。


 ゼクスさまもその・・点は気にかかっていたらしく、こちらの提案に嫌な顔一つせずに乗ってくれた。まぁ、幸先は悪いみたいだけど。


 ちなみに、一心同体であるエシちゃんの方は問題ない。彼女は結構肝が据わっている子なので、おやつとしてゼクスさまの魔力を貰うくらいの図太さを見せていた。属性もそうだけど、色々と対極な二人だよね。


 閑話休題。


「マイム、力を抜いても大丈夫だ。主殿の魔力は確かに絶大だが、無闇に振るう暴君じゃない。むしろ、理不尽な暴力は嫌うお方だよ」


 そう言ってマイムちゃんを慰めるのは、土精霊のノマちゃん。彼女にはマイムちゃんたちの世話を任せることも多いため、今回も助力を願ったんだ。


 わたしもノマちゃんに続く。


「そうだよー、マイムちゃん。ゼクスさまはと~っても・・・・・優しいヒトだから、悪いことをしない限りは大丈夫!」


「オレはナマハゲか何かか?」


「ゼクスさま?」


「いや、何でもない。ただの戯言だ」


 何かゼクスさまが呟いたみたいだけど、気にするなと肩を竦めた。そう言われると余計に気になっちゃうんだけど……今はマイムちゃんの方に集中しよう。


 マイムちゃんは首を傾ぐ。


「ほ、ほんとう?」


「もちろん。相棒に嘘は吐かないよ~」


「先輩が後輩を騙すわけないさ」


 わたしとノマちゃんの発言には、何の根拠もない。無論、内容は事実だけど、マイムちゃんに証明する術はない。


 それでも、こちらは彼女の信頼を得ていた。わたしたちの言葉だからと、恐る恐るゼクスさまに向き直るマイムちゃん。


 対するゼクスさまは、これといって動くことはなかった。たぶん、自分が何をしても怖がられると理解しているんだと思う。子どもの心理や機微について、彼はかなり詳しいし。


 ジッと見つめ合う二人。どちらも微動だにせず、しばらくその状態が続いた。


 程なくして、その均衡は崩れる。何と、ゼクスさまから動いたんだ。【位相隠しカバーテクスチャ】より、何かを取り出す。


 そんなことをしたら、今までジッとしていたのが無駄になるんじゃ?


 案の定、マイムちゃんは「ひっ」と悲鳴を上げて縮こまってしまった。


 ゼクスさまは何を考えているんだろうと、わたしは彼に若干非難染みた視線を向ける。


 ところが、それは即座に霧散した。彼が取り出したクッキーの乗った小皿と、続く発言を受けて。


「この前、オレが作ったクッキーなんだ。良かったら食べてみてくれ」


「ゼクスさま、それは……」


「主殿?」


「え?」


 わたしやノマちゃん、当事者であるマイムちゃんは大混乱である。


 だって、精霊はヒトと同じものを食べられない。彼女たちが摂取するのは魔力であり、実体のある物質ではないんだ。ゼクスさまの行動は、相手にゴミを差し出しているのも同義だった。


 彼の意図が分からず困惑するわたしとノマちゃん。マイムちゃんは震えていた。


 わたしたちの感情を読んでいるだろうに、ゼクスさまは揺らがない。頬笑みを浮かべ、再度クッキーを勧める。


「騙されたと思って、一口食べてみてくれないか?」


「うぅ……」


 結局、マイムちゃんは折れた。恐怖の対象の提案を断れるわけがない。


 さすがに、わたしやノマちゃんは止めようとしたけど、ゼクスさまに視線で制されてしまった。本当に、彼は何を考えているんだろう?


 マイムちゃんは、震える手でクッキーを持ち上げる。元々精霊用に作ったのか、クッキー一枚一枚は硬貨ほどの大きさしかない。まぁ、それでも精霊にとっては大きいけども。


 彼女はゆっくりとクッキーを口に運ぶ。怖くて怖くて仕方ないといった様子で、クッキーの一部を口に含み咀嚼した。


 サクッと小気味の良い音が響く。


 もぐもぐと口を動かすマイムちゃんを、わたしたちは緊張した面持ちで見守っていた。


 すると、


「おいしい」


 ふと、マイムちゃんが呟いた。


 わたしたちが疑問符を浮かべる暇はない。それよりも先に、彼女の行動が劇的に変化した。


「おいしい。これ、とってもおいしい!」


 マイムちゃんは『おいしい』を連呼し、クッキーをサクサクと勢い良く食べ始めたんだ。本来なら、魔力以外を口に含めない精霊なのに。


 わたしたちが呆然としている間に、とうとうマイムちゃんはクッキーを完食してしまった。


「おいしかったか?」


「うん、おいしかった!」


「お代わりはいる?」


「いる!」


 ゼクスさまとマイムちゃんの会話に、もはや先程までの不穏さはない。仲の良い兄妹のような柔らかい雰囲気だった。


 ゼクスさまがクッキーのお代わりを出すと、マイムちゃんは再び食事に集中してしまう。


 その辺りで、ようやくわたしたちは我に返った。


「あ、あああ、主殿。何をしたんだ!?」


 めちゃくちゃ動揺した様子で、ノマちゃんがゼクスさまを問い詰める。自分の種族の根底を覆したんだから、当然の反応だろう。


 それを受け、彼は何てことない風に答えるんだ。


「研究のちょっとした息抜きに、魔力を練り込んだ食事を開発してみた。食べれば、込められた分の魔力が回復する栄養食って感じだな。今のところ、クッキーみたいな単純な構造の料理しか作れないけど」


「「……」」


 絶句するわたしとノマちゃん。


 ゼクスさまは軽く言っているけど、その内容は世間を大いに揺るがすものだった。何せ、今までに開発された魔力回復アイテムは少ない。せいぜい、ポーションか【魔力譲渡トランスファー】くらいだろう。それらだって、あまり効果の高いものではなかった。少なくとも、精霊が食せるレベルにも至っていない。


 だのに、彼は『息抜きに作った』なんて溢しているんだ。これを驚くなという方が難しい。


 わたしたちが瞠目どうもくするのに対し、ゼクスさまは苦笑を漏らす。


「難しい話は置いておこう。今はお茶を楽しまないと。嗚呼、ノマの分のクッキーもあるぞ」


 世紀の大発明を『難しい話』で片づけてしまうのは、きっとゼクスさまくらいのものだと思う。


 結果的に、ゼクスさまたちの仲を取り持つことはできたけど……釈然としないのは、わたしが悪いんだろうか?


 わたしたちお茶会は、こうして困惑と動揺を残しつつも終わった。

 

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