Interlude-Nina 斬れないもの

 フォラナーダ城の地下に広がる、お馴染みの訓練場。そこにアタシ――ニナとゼクスが対面して立っていた。理由は言をまたないだろう。模擬戦である。


 どちらからともなく得物を構える。アタシが片手剣と小型の盾ヒーターシールド、ゼクスは短剣二本だ。お互いに、もっとも慣れ親しんだ武器を用意していた。


「行くよ」


「来い」


 宣言とともに、アタシは駆け出した。今回はとある目的があるため、できるだけ【身体強化・偽神化リミット・アクセル】以外の魔法は行使しない予定なんだ。もちろん、状況によっては遠慮せず使うけど。


 対するゼクスも、一定の縛りを設けていた。


 それは魔法の全面禁止。現在の彼は、【銃撃ショット】等の無属性魔法や精神魔法による強化バフ弱体デバフはおろか、常時発動している【身体強化】や探知術も遮断していた。


 偽神化しているアタシに素の人間が挑むなんて、普通に考えれば一瞬で決着がつく。ところが、そうは問屋が卸さないのがゼクスという人物だった。


 爆走からのシールドバッシュ。回避された後は、盾で生まれた死角より斬撃。身体能力の格差を存分に活かし、アタシは速度で勝負する。威力は最低限で良いんだ。模擬戦だし、【身体強化】のない相手なら、一発かするだけでも大ダメージになる。


 とはいえ、ゼクスがこんな単純な手で負けるはずがない。神速の突進を余裕もって避け、直後の剣も二本の短剣で見事に受け流した。


 神懸かった技量と言わざるを得ない。威力を重視していないといっても、今のアタシは常人を遥かに超える腕力なんだ。その一撃を受け流すなんて……一歩も後退しないなんて、完璧に威力を流さないと不可能だ。手応えも、まるで空を斬った風だったし。


 ゼクスは以前に言っていた。自分に剣の才能はあまりないと。


 これほどの腕前を見た後だと、そんなわけがないと否定したくなる。だが、嘘を吐いたとも思わない。


 彼の技量は、努力の結晶なんだろう。アタシ以上の――いや、この世界の誰よりも努力を重ね、今の強さを手に入れたんだ。


 一切語らないけど、たぶんゼクスは、アタシたちに課す内容よりも過酷な特訓を行っている。それこそ、オーバートレーニングどころの話ではない、死と隣り合わせのものを。そうでなければ、彼の隔絶した実力の説明がつかない。


 どこまでもストイックなゼクスを尊敬すると同時に、自身の不甲斐なさも感じてしまう。だって、このままだと、アタシたちは彼に並び立てないんだから。文字通り死力を尽くして成長する者に、限界ギリギリ程度の訓練を積むアタシたちが追いつけるはずもない。


 しかし、だからといって、焦りはしない。ここで焦っても何も始まらない。アタシにはアタシのやり方がある。いくら時間がかかろうと、必ずゼクスに追いつくんだ。そのための一歩を踏み出す、この模擬戦である。


 最初の一撃より連続して、アタシは何度も何度も剣を振るった。ゼクスは、そのことごとくを完璧に受け流していく。


 完璧すぎる防御のせいで、ほとんど金属音は鳴らない。カチャカチャといった刃の摩擦音とアタシたちの呼吸音くらいしか、訓練場には響いていなかった。


 幾分か。これ以上の攻撃は意味ないと判断し、アタシはゼクスより距離を取った。彼からの追撃はない。


「……意味が分からない」


 偽神化状態を相手に、何で防御し続けられるんだろうか。今の彼は普通の【身体強化】さえ発動していないのに、息だって乱れていない。というか、一歩も動いていない。


 純粋な身体能力で完封されてしまうとは、アタシの自信はズタズタだ。格上のゼクスだからこそ、かろうじて『仕方ない』と割り切れていた。


 ふと、彼は溢す。


「そろそろ、本腰を入れるか」


 アタシは、自分の頬が引きつるのを感じた。


 ゼクスにとって、今までの神懸かった刃の応酬は前哨戦にすぎないらしい。やっぱり、強すぎる。


 アタシが内心で苦笑していると、彼は右手の短剣を上空へ放り投げた。クルクルと回転しながら滞空する。


 殺気や敵意は感じなかったため、攻撃の類ではない。でも、警戒は怠らなかった。突撃しようかとも考えたけど、向こうに一切の隙はないので諦める。


 ゼクスは、空いた右の開手をこちらへ掲げた。それから、一言呟く。


「<召喚>」


 右手の少し前に、ボッと青い炎が出現した。五センチメートル大の、ゆらゆらと揺れる儚い炎。


 一瞬魔法かと疑ったけど、【魔力視】に魔力の動きは見られなかった。それに、彼が模擬戦の制約を破ることはあり得ない。


 何が起こったんだと疑念を抱いている間も、青い小さな炎は増え、最終的な数は五まで至った。


 ゼクスは落下してくる短剣をパシッと掴み、アタシへ告げる。


魄術びゃくじゅつで召喚した人魂だ。いや、魂の切れ端を集めただけだから、文字通りの存在じゃないんだけど……まぁ、それは置いておこう。こいつらに触れすぎると気絶するから、注意してくれ」


 なるほど。あれは、以前に敵から解析したという別大陸の術か。未だに別大陸の存在は呑み込み切れていないけど、こうして魔法ではない異能を見せられては信じる他ない。


 ただ、


「どうして効果を教えた?」


 敵に塩を送るマネはいただけない。ある程度は仕方ないとしても、あからさまな手加減は侮辱にも感じる。


 対し、ゼクスは苦笑いを浮かべた。


「オレも魄術びゃくじゅつは扱い切れてないんだよ。何か不測の事態が発生するかもしれない。だから、ニナには効果を知っておいてほしかったんだ」


 気を悪くしたのなら謝るよ、と彼は頭を下げた。


 素直に謝罪されては、アタシも強く言えない。


「頭を上げてほしい。理由は納得した。問題ない」


 この模擬戦は、彼にとっても鍛錬になっていると分かったのは嬉しい。一方的に付き合わせているのは、少々心苦しいところがあったもの。


「じゃあ、再開」


 アタシはそう言って、再びゼクスへと走った。


 こちらに合わせて人魂も動き出す。


 人魂の速度は、そこまで速くない。少なくとも、偽神化状態のアタシには一生かかっても触れられないだろう。


 次々と襲い来る炎を掻い潜り、真っすぐゼクスを目指す。


「まだまだ操作が甘いか」


 彼はそう独り言ちながら、アタシの振り下ろした剣を受け流した。


 どうやら、他へ意識を向けながらでも、こちらの一撃は防げるらしい。彼我の技量差が浮き彫りになり、悔しさから唇を食むアタシ。


 ――そんな下らないプライドを露呈させてしまったのが悪かったのか。ゼクスの行動は受け流しに留まらなかった。


「ッ!?」


 下ろし切った剣を手元に戻そうとしたところ、その上を短剣で抑えられてしまったんだ。腕力ではコチラに軍配が上がるはずなのに、絶妙な力加減のせいで振り払えない。


 無防備を晒した隙に、中空を漂っていた人魂が殺到してきた。


 この状況は、さすがにマズイ。


 アタシの決断は早かった。


「チッ」


 舌を鳴らすと同時に、得物を手放したんだ。


 武器を失うという敗北の瞬間を先延ばししたにすぎない行為が、希望に繋がる場合もある。最後まで諦めない足掻きこそ大事だと、アタシは考えている。


 地面を転がり、間一髪で人魂の突貫を回避した。


 しかし、そこで一息吐く暇はない。ゼクスが追撃を仕掛けに来たんだから。彼が【身体強化】を切っていて良かったと、心の底より思う。素の身体能力だからこそ、アタシは未だに負けていない。


 次々と放たれる二振りの刃と五つの人魂を、精いっぱい避けていく。回避に専念したお陰で、何とかダメージを負わずに済んでいた。


 とはいっても、こちらに得物がない以上はジリ貧だ。何とか現状を打破する方法を考えないと。


 必死に思考を回すものの、そう簡単に解決策が浮かべば苦労はしない。時間だけが無為に過ぎていく。


 そんな一方的な攻撃が続くこと幾許か。ふと、疑問が舞い降りる。【身体強化】していないのに、何でゼクスの体力は消耗していないんだろうか。


 短剣を振り続ける彼は、未だに息一つ乱していない。まさか、素でも偽神化に追いすがれる体力があるとか? ……それは化け物すぎない?


 恐ろしい推測をしてしまったアタシ。それが事実だとすれば、持久戦での勝利も望み薄になってしまう。やはり、新たな得物を用意しなくてはダメだ。


 ――やるしかない。


 アタシは覚悟を決める。


 実のところ、一つの方策は考えついていた。荒唐無稽すぎる案のため、即座に棄却していたものが。


 だが、現状を打開するには、それを実行する以外にない。偽でも、神へと化けているんだ。自分の魔法を、モデルとなったゼクスの魔法を信じよう。


 アタシは魔力を思いっきり放射して牽制。ゼクスより距離を取った。そして、腰を屈めて半身の体勢となる。いわゆる居合の構え。得物があるはずの手元は空っぽだけど。


 ゼクスは興味深そうに笑った。それから、やってみせろと言わんばかりに前進してくる。


 彼我の距離はおよそ十メートル。こちらの射程はおそらく二メートル。差分の八メートルが、アタシに残された猶予だった。


 精神を集中させる。きっと最後の一撃だ。この際、余計な情報は削ぎ落していく。アタシへ敵意や殺意を向けてくるモノ以外は遮断していく。


 そうして残ったのアタシの世界は、真っ黒な空間。その中にはアタシとゼクス、人魂しか残っていない。


 極限まで情報を絞ったお陰か、彼らの進行方向が何となく分かった。線を引いたように、どこを通ってくるのかが理解できる。


 呼吸を落ち着かせる。魔力を整える。精神をならす。高まる緊張感と反比例して、アタシの芯は静寂へと近づいていった。


 ついに、ゼクスが射程内へと足を踏み込んだ。こちらの思惑には気づいているようで、前面に人魂を配置して盾にしている。


 厄介なこと、この上ない。でも、それを覆してこその勝利だろう。


 ふぅと一息吐き、アタシは空っぽの右手を振り抜いた。刃なんてないのに、渾身の抜刀術を披露する。


 普通なら、何も起こらないだろう。アタシの行為はエア居合にすぎず、何の変化も発生しない。


 ところが、現実は異なった。


 アタシが腕を振り抜いた直後、その軌跡の延長線上にあった人魂五つが真っ二つになったんだ。まるで、架空の剣に斬られたように。


 できたッ!


 心のうちで歓喜する。成功させる意気込みではあったけど、実現できると嬉しいものだ。


 アタシが何を行ったのか。先までの行動通り、居合を放ったのである。ただし、存在しないはずの架空の剣を、現実へと転換して。


 意味が分からないって? 実は、アタシにも分からない。


 偽神化している状態なら、妄想も現実にできるかもしれないと踏んで、実行しただけだった。空想の剣なら、本物の得物は必要ないもの。


 とはいえ、すべてが思い通りに叶ったとは言い難い。


 何故なら、


「すごいな、ニナは」


 斬り裂けたのは人魂のみで、ゼクスはピンピンしているから。


 彼は若干興奮した様子で語る。


「人魂は物理無効の耐性があったはずなんだけど、見事に突破されたな。いや、突破というよりは無視? 偽神化による概念攻撃か? 空想を現実化するなんて、とても興味深い現象だ」


 アタシ以上に、アタシの放った技へ理解を示しているみたいだった。たった一撃でそこまで見破られるなんて、やっぱりゼクスは規格外だ。


 結局、今回の模擬戦も彼の勝利で終わった。渾身の一撃が届かなかったのに、勝てるわけがない。


 まぁ、物理無効相手にも通じる技を手に入れたし、収穫としては十分だろう。


 一歩一歩、着実に進む。そうして、いつの日かはゼクスの横に並ぶんだ。

 

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