Interlude-Caron 弟子の成長(後)

「絶対に、イルネは離しません!」


 【位相連結ゲート】で移動したのと同時、そのような女性の叫声染みたものが聞こえてきました。


 スキアの身だしなみを整えてすぐ、わたくしたちは騒動の渦中へ駆けつけたのです。目的は当然、イルネの御母堂の説得でした。


 といっても、わたくしやお兄さまは基本見ているだけ。説得するのはスキアです。今回の治療は、彼女の責任の下で実施されますから。


 ……正直、不安で仕方がありません。道理を考えるとスキアに任せるしかないのですが、彼女の性質を知る身としては、不安で不安で堪りませんでした。


 しかし、お兄さまが任せるよう仰った以上は、従う他にありません。


 それに、転移前に「頑張ります」と口にしたスキアは、いつもよりも覚悟を決めた面持ちでした。師匠として、弟子の覚悟を信じましょう。


 公爵家側には、転移前に【念話】で伝達済み。わたくしたちの登場に、驚く者はほとんどおりません。唯一驚愕をあらわにしたのは、騒動の元凶であるイルネの御母堂のみ。


「あ、あなたたちは!? あなたたちに、イルネは絶対渡しませんからねッ!」


 わたくしたちの姿を認めた彼女は、こちらに背を向けてうずくまりました。その腕の中には、イルネと思しき女児が抱えられています。


 全員の先頭に躍り出たスキアは、何度も深呼吸を重ねました。彼女の性格からして、こうやって矢面に立つだけでも緊張してしまうのでしょう。


 程なくして、スキアは口を開きます。


「あ、あの――」


「あなたに、この子は渡さないわ!」


「えっと――」


「多少取り繕ったって騙されませんよ。子爵家の恨みを、この子にぶつけるつもりでしょう!」


「そのような――」


「絶対に、絶対に渡しません!」


 取り付く島もないとは、まさにこのことでしょう。スキアが少しでも口を開こうものなら、それを潰すが如く叫声を上げるイルネの御母堂。彼女の必死さが窺えた。


 これが母親というものなのでしょうか?


 言い知れぬ違和感を覚えます。


 わたくしの知る母とは、冷たい眼でしか子どもを見ない、愛のない人物。誤解とはいえ、娘のために身を挺するような存在ではありません。


 きっと、イルネの御母堂が正しい姿なのでしょう。ここまで失礼な態度を取られているのに、お兄さまもスキアも「仕方ないなぁ」という呆れの空気をまとっておられます。怒りは皆無といって良いのです。


 親というものへの認識を、真面目に改めないといけませんね。将来、わたくしが同じ立場に至った際、あの方々私の両親と同じ道を辿ってしまわぬように。


 わたくしが色々と思考している間にも、事態は進んでいきます。


「イルネさまのお母さま!」


 何と、スキアが大声を張り上げました。普段はボソボソとしか喋らない彼女が、です。


 魔力を乗せたのか、彼女の声はよく通りました。軽い威圧効果をもたらしたようで、あれだけヒステリックだったイルネの御母堂も黙りこくります。


 それを認めたスキアは、ゴホゴホと咳き込んだ後、言葉を続けました。


「あ、あなたさまの心配は理解できます。あ、あたしは決してキレイな格好ではありませんし、こ、公爵家にまったく恨みがないと言えば、う、嘘になります」


「なら――」


「ですが!」


 吠えようとした御母堂を、スキアは再び大声で制しました。


「あ、あたしは光魔法師です。『陽光の聖女』を師とする医療従事者です。だ、誰かの命を預かる者として、譲れない誇りを持っております。そ、そのプライドにかけて、か、患者に無体なマネなどいたしません。あ、あなたさまの大切なご息女は、こ、公平に診察いたします。ど、どうか、ご息女の未来を守る、お、お手伝いをさせていただけませんか?」


 どこまでも真っすぐな言葉でした。前いる彼女の顔を窺うことは叶いませんが、澄んだ瞳をしているに違いありません。


 はたして、黄金こがね色の視線を受け、御母堂はどう返すのでしょうか。


 スキアの力強いセリフの後、僅かに訪れる沈黙。それを破り、御母堂は震える唇を動かしました。


「……分かりました。診察を許しましょう。ただし、私の監視下で行いなさい。そこは譲れません」


「あ、ありがとうございます!」


 どうやら、丸く収まったようですね。


 わたくしは密かに安堵の息を漏らしました。


 光魔法師として、スキアは立派に成長しているようです。それがとても嬉しく思います。






 その後、スキアによる治療が開始されました。


 結果、治療不可として有名な先天性の病気と発覚しましたが、心配は無用です。何せ、光魔法ならば完治可能と判明していたものでしたから。しばらくは定期的に診察する必要はありますが、一年程度でそれも終わるでしょう。


 その内容をスキアが公爵家側に伝えると、彼らは一斉に頭を下げました。公爵も、あれだけ拒絶していた御母堂も。泣きながら感謝しておりました。


 あわあわとスキアは慌てていましたが、嫌そうな顔はしておりません。彼女も嬉しかったのでしょう。


 色々とゴタゴタしましたけれど、終わり良ければ総て良し。ハンダールーグ家での一件は一段落です。めでたしめでたし。






 余談。


 今回の治療費は、公爵が迷惑をかけたと言って増額されました。その額は、わたくしでも目をみはるものでした。


 当然、それを聞いたスキアは引っくり返りましたよ。まだまだ、そそっかしさの抜けない弟子です。

 

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