Interlude-Caron 弟子の成長(前)

 九月某日。わたくし――カロラインはハンダールーグ公爵の城に訪れていました。同行者には、お兄さまとスキアがいらっしゃいます。


 いえ、正確にはわたくしの方がオマケなのですが。メインはスキアであり、お兄さまとわたくしの二人は添え物にすぎません。


 今回の訪問の目的は、病に伏せているというハンダールーグ公爵の孫娘イルネの治療です。以前の騒動での約定を果たしに参りました。


 治療と銘打っていますが、実際のところは治せるか不明だったりします。


 というのも、イルネの抱えている病気は先天性のものらしく、これを治すのは並の魔法師では難しいのです。世間一般から見れば、スキアは独り立ちしても不自然ではないほどの実力まで成長しておりますが、それでも結果は未知数でしょう。物によっては、彼女の手に負えない可能性があります。


 わたくしが手を貸さないのかって?


 スキアが治せなければ、わたくしが治療を行う手はずにはなっております。しかし、それまでは一切手を出しません。


 理由は二つ。


 一つは、今回の医療行為が公爵家とチェーニ子爵家の間で結ばれた契約――政治的な意味を持つため。フォラナーダは契約時の見届け人を務めましたが、あくまでも部外者。ここでの介入は、後々の影響を考慮すると望ましくありません。


 もう一つは、スキアの誇りを傷つけかねないため。フォラナーダの水準には届きませんが、彼女は一端の光魔法師です。依頼を受けた以上、それをやり遂げる責任が生じます。弟子の成長を、師匠であるわたくしが阻害するわけにはいかないのです。


 無論、危急の患者であれば呑気に任せはしませんが、今回はその心配もいりません。


 現在のわたくしたちは、応接間で公爵が訪れるのを待っております。何やらトラブルがあったようで、時間をいただきたいとお願いされました。先程から屋敷内も騒がしいですし、何が起こっているのでしょうか? 探知には、慌ただしく動き回る人々しか感じ取れません。あっ、この紅茶、美味しいです。


「ど、どどどど、どうしたんでしょうか。こ、公爵家の方々」


 こちらはのんびりお茶を楽しんでいたのですが、スキアはそうも落ち着いていられない様子。用意されたお茶には手をつけず、しきりにキョロキョロ周囲を見渡しております。


 最終的に、泰然と茶をたしなむわたくしたちへ声をかけてきました。彼女が自ら口を開くなんて、よっぽど外の様子が気になるようですね。


 まぁ、わたくしも気にならないといえば嘘になります。待機を始めて三十分は経過していますし、そろそろ事情を伺っても良い頃合いかもしれません。


 すると、お兄さまが口を開かれました。


患者イルネの母親が『治療は受けさせない』って抵抗してるんだよ。イルネが彼女に抱えられているせいで、周囲も手が出せない。だから、今は言葉での説得の最中だ。公爵自身もそこに加わってる」


 まるで、現場をご覧になったように仰るお兄さま。


 わたくしは首を傾げます。


「諜報関係の魔法を、新しく開発したのですか?」


 もしくは、こっそり連れてきている暗部の者に任せたのか。


 ところが、お兄さまの返答は、そのどちらでもありませんでした。


「【位相連結ゲート】を使った」


「【位相連結ゲート】?」


「小さな【位相連結ゲート】を開いて、城内を色々と覗いたんだ。目視が難しい場所でも音くらいは拾えるし、結構便利なんだよ」


 あっけらかんと答えてくださる内容は、とてもではありませんが、部外者にお聞かせできないものでした。


 たしか、お兄さまの魔力が届く範囲なら、【位相連結ゲート】は自在に開けるはず。今のお兄さまは、国内すべてに魔力が届くと以前にお聞きした覚えがあります。


 ……つまり、


「聖王国民は、お兄さまに一切の隠しごとができないのですね」


 恐ろしいと感じると同時に、とても誇らしい気分でした。お兄さまは世界で一番強いお方なのだと、自然と頬が緩んでしまいます。


 対して、お兄さまは苦笑を溢されました。


「一切ってわけじゃないさ。オレの耳目は二つずつしかない以上、得られる情報も限られる。それに、悪人以外のプライバシーを暴くのは趣味じゃない。事前に目星をつけておかないと、情報収集目的の使い方はできないな」


 そうお兄さまは謙遜されますが、そういう問題ではない気がします。いえ、発言なされた内容に間違いはないのですが。


 そこへ、スキアが頬を引きつらせて言います。


「ぜ、ゼクスさま。や、『やろうと思えばできる』という点が、も、問題なのでは?」


 まさに、彼女の言う通りでした。覗き見されているかもしれないと考えさせること自体が、相手にとってストレスになるでしょう。それは、大きなアドバンテージに繋がります。


 スキアの指摘を受けたお兄さまは、「あー」と曖昧な声を漏らされました。それから、


「壁に耳あり障子に目あり、聖王国内にゼクスありって感じか」


 と呟かれました。


 わたくしとスキアは、乾いた笑声を溢すしかありません。ジョークとするには、あまりにも笑えない内容でしたからね。


 話に一区切りついた辺りで、わたくしは首を傾げます。


「……何の話でしたっけ?」


「い、イルネさまの御母堂が治療を拒絶なさっている、という、は、話です」


「嗚呼、そうでしたね」


 お兄さまの力が衝撃的すぎて、すっかり忘れていました。


 コホンと咳払いをしてから、わたくしはお兄さまへお尋ねします。


「どうして、拒絶されているのでしょうか? わたくしたちが到着した当初は穏やかでしたし、ここで待っている間に、その方は翻意したのでしょうけれど」


 あまりにも急すぎる話です。治療を拒絶するタイミングは一ヶ月も存在したのに、何故に今になってなのでしょう。


 こちらの質問を受けたお兄さまは、何故か気まずそうに目を逸らされました。おまけに、「えーっと」と言葉を濁す始末。何とも、らしくない反応でした。


 とはいえ、そのような中途半端な態度も僅か。お兄さまは真実を明かされます。


「イルネの母親が叫んだ内容を、そのまま伝えるぞ。『あんな不気味な女に、娘の治療なんてさせられません。この間の一件の恨みを、娘にぶつけられるではありませんか!』だそうだ」


「ぶ、不気味……」


 真実とは、時としてヒトを傷つけると申しますが、これはあまりにもスキアが不憫でした。彼女だって、年頃の女の子なのですから。


「スキア、気にする必要はありませんよ。ボサボサの長髪、目元のクマ、猫背と、陰気な雰囲気ではありますが、あなたは決して不気味ではありません。ちょっと個性的なだけです!」


「こ、個性的……」


「す、スキア!?」


 わたくしなりに励ましたつもりが、さらに落ち込んでしまいました。どうして?


 ガクリと肩を落とす彼女を見てアワアワと戸惑っていると、ハァと溜息が聞こえました。その発生源はお兄さまです。


「そんなに気にするなら、日頃から身だしなみは最低限整えることだ。まぁ、見慣れてたせいで、その辺りを失念していたオレたちも悪いけどな」


 仰る通りですね。余所から見たら、スキアは少しだらしないです。表を歩けないほどではありませんけれど、整っているとは言い難い格好ですね。ずっと一緒だったせいで、わたくしたちの感性も歪んでしまっていました。反省です。


 スキアを軽く叱った後、お兄さまは【位相連結ゲート】より何やら色々取り出されました。ハサミに櫛、温風の魔道具、化粧品?


「今から応急処置を行う。その後はスキアが何とかするんだ」


 そう仰ると、お兄さまは手際良くスキアの髪を整え、目元のクマを消す化粧を施していきました。


 さすがはお兄さま! と讃えたいところですが、何故に女性の身だしなみを卒なく行えるのでしょう。不思議です。



――――――――――――――


私用のため、明日の投稿は9時頃になります。ご容赦ください。

 

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