Interlude-Caron 弟子の成長(前)
九月某日。
いえ、正確には
今回の訪問の目的は、病に伏せているというハンダールーグ公爵の孫娘イルネの治療です。以前の騒動での約定を果たしに参りました。
治療と銘打っていますが、実際のところは治せるか不明だったりします。
というのも、イルネの抱えている病気は先天性のものらしく、これを治すのは並の魔法師では難しいのです。世間一般から見れば、スキアは独り立ちしても不自然ではないほどの実力まで成長しておりますが、それでも結果は未知数でしょう。物によっては、彼女の手に負えない可能性があります。
スキアが治せなければ、
理由は二つ。
一つは、今回の医療行為が公爵家とチェーニ子爵家の間で結ばれた契約――政治的な意味を持つため。フォラナーダは契約時の見届け人を務めましたが、あくまでも部外者。ここでの介入は、後々の影響を考慮すると望ましくありません。
もう一つは、スキアの誇りを傷つけかねないため。フォラナーダの水準には届きませんが、彼女は一端の光魔法師です。依頼を受けた以上、それをやり遂げる責任が生じます。弟子の成長を、師匠である
無論、危急の患者であれば呑気に任せはしませんが、今回はその心配もいりません。
現在の
「ど、どどどど、どうしたんでしょうか。こ、公爵家の方々」
こちらはのんびりお茶を楽しんでいたのですが、スキアはそうも落ち着いていられない様子。用意されたお茶には手をつけず、しきりにキョロキョロ周囲を見渡しております。
最終的に、泰然と茶をたしなむ
まぁ、
すると、お兄さまが口を開かれました。
「
まるで、現場をご覧になったように仰るお兄さま。
「諜報関係の魔法を、新しく開発したのですか?」
もしくは、こっそり連れてきている暗部の者に任せたのか。
ところが、お兄さまの返答は、そのどちらでもありませんでした。
「【
「【
「小さな【
あっけらかんと答えてくださる内容は、とてもではありませんが、部外者にお聞かせできないものでした。
たしか、お兄さまの魔力が届く範囲なら、【
……つまり、
「聖王国民は、お兄さまに一切の隠しごとができないのですね」
恐ろしいと感じると同時に、とても誇らしい気分でした。お兄さまは世界で一番強いお方なのだと、自然と頬が緩んでしまいます。
対して、お兄さまは苦笑を溢されました。
「一切ってわけじゃないさ。オレの耳目は二つずつしかない以上、得られる情報も限られる。それに、悪人以外のプライバシーを暴くのは趣味じゃない。事前に目星をつけておかないと、情報収集目的の使い方はできないな」
そうお兄さまは謙遜されますが、そういう問題ではない気がします。いえ、発言なされた内容に間違いはないのですが。
そこへ、スキアが頬を引きつらせて言います。
「ぜ、ゼクスさま。や、『やろうと思えばできる』という点が、も、問題なのでは?」
まさに、彼女の言う通りでした。覗き見されているかもしれないと考えさせること自体が、相手にとってストレスになるでしょう。それは、大きなアドバンテージに繋がります。
スキアの指摘を受けたお兄さまは、「あー」と曖昧な声を漏らされました。それから、
「壁に耳あり障子に目あり、聖王国内にゼクスありって感じか」
と呟かれました。
話に一区切りついた辺りで、
「……何の話でしたっけ?」
「い、イルネさまの御母堂が治療を拒絶なさっている、という、は、話です」
「嗚呼、そうでしたね」
お兄さまの力が衝撃的すぎて、すっかり忘れていました。
コホンと咳払いをしてから、
「どうして、拒絶されているのでしょうか?
あまりにも急すぎる話です。治療を拒絶するタイミングは一ヶ月も存在したのに、何故に今になってなのでしょう。
こちらの質問を受けたお兄さまは、何故か気まずそうに目を逸らされました。おまけに、「えーっと」と言葉を濁す始末。何とも、らしくない反応でした。
とはいえ、そのような中途半端な態度も僅か。お兄さまは真実を明かされます。
「イルネの母親が叫んだ内容を、そのまま伝えるぞ。『あんな不気味な女に、娘の治療なんてさせられません。この間の一件の恨みを、娘にぶつけられるではありませんか!』だそうだ」
「ぶ、不気味……」
真実とは、時としてヒトを傷つけると申しますが、これはあまりにもスキアが不憫でした。彼女だって、年頃の女の子なのですから。
「スキア、気にする必要はありませんよ。ボサボサの長髪、目元のクマ、猫背と、陰気な雰囲気ではありますが、あなたは決して不気味ではありません。ちょっと個性的なだけです!」
「こ、個性的……」
「す、スキア!?」
ガクリと肩を落とす彼女を見てアワアワと戸惑っていると、ハァと溜息が聞こえました。その発生源はお兄さまです。
「そんなに気にするなら、日頃から身だしなみは最低限整えることだ。まぁ、見慣れてたせいで、その辺りを失念していたオレたちも悪いけどな」
仰る通りですね。余所から見たら、スキアは少しだらしないです。表を歩けないほどではありませんけれど、整っているとは言い難い格好ですね。ずっと一緒だったせいで、
スキアを軽く叱った後、お兄さまは【
「今から応急処置を行う。その後はスキアが何とかするんだ」
そう仰ると、お兄さまは手際良くスキアの髪を整え、目元のクマを消す化粧を施していきました。
さすがはお兄さま! と讃えたいところですが、何故に女性の身だしなみを卒なく行えるのでしょう。不思議です。
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私用のため、明日の投稿は9時頃になります。ご容赦ください。
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