Chapter9-ep 新しい場所(3)

 こじんまりとしたベランダ。チェーニ子爵領城の屋根裏の窓辺に備え付けられたそれは、アーヴァス個人のために用意させた場所らしい。


 各々の席に着き、お酒を片手に談笑を始めるオレたち。爵位の差による固さは多少あるものの、気兼ねなく言葉を交わした。


 経済等のかしこまった話から始まり、お互いの今後の展望、最近の学園の様子などなど。会話の内容は多岐に渡る。


 そのうちに話題がスキア関連へ移ったのは、相手を考えれば当然の帰結だった。


「フォラナーダや学園での、スキアの様子は如何いかがでしょうか?」


 彼女を心より想っているんだと分かる、とても温かな声音だった。今回の騒動で十分理解していたことだけど、アーヴァスの親愛は本当に深い。彼や夫人がこう・・だからこそ、スキアたち子女らの結束力は強いんだと思う。


 オレは頬を緩めながら答える。


「フォラナーダでも学園でも、大半の時間は読書に費やしてるよ。あちこちから本を持ち寄って、私室や図書室などで過ごしていることが多い」


「相変わらずのようですね」


「まぁ、こちらの課す修行もあるから、ずっと引きこもってるわけじゃない。食事の時間なんかは、妹たちが無理やり引っ張り出してる。健康面の心配はいらないぞ」


「それは良かった。いえ、ご迷惑おかけしてしまい、申しわけございません」


 アーヴァスは謝罪を口にしつつも、目に見えて安堵していた。


 スキアがフォラナーダに合流した当初。一昼夜ずっと部屋に引きこもっていたことが何度かあった。彼の態度からして、実家でも同様の所業を仕出かしていたらしい。本を与えると、本当に外出しないからなぁ、スキアは。


 オレが苦笑い混じりに「気にするな」と返した後、続けてアーヴァスは問うてくる。


「……友好関係の方は、どうでしょうか?」


 明らかに、文頭に「期待はしていませんが」と乗せている雰囲気だった。


 無理もない。スキアの交流下手は筋金入りだもの。家族に対してもどもってしまうくらいの重症。オレが目を付ける以前は、友人なんて作ったことがなかったんだろう。そも、そういった交友関係について、スキア本人より話を聞いた試しがない。


「そちらの想像通りだな。他者との関りは、ほとんど皆無と言っていい」


「そうですか……」


 若干落胆した声を出すアーヴァスだが、それは気が早い。


 オレは言葉を続ける。


「でも、フォラナーダ内なら友も多い。今回同行した面々とは仲良くしてるし、オレの部下たちとも軽い雑談程度なら交わしてるみたいだ。彼女から積極的に、ではないけどな」


「ほ、本当ですか!?」


 こちらの発言に瞠目どうもくし、僅かに声を上ずらせるアーヴァス。ビックリ仰天といった様子だった。


 驚きすぎ……とも言えないのが、スキアの悲しい性質かな。


 自分の態度を省みたようで、少し恥ずかしげに頭を下げるアーヴァス。


「し、失礼しました」


「気にすることはない。共感はしてる」


「ご理解ありがとうございます。我が娘ながら、何故か対人能力が不得手でして」


 頭を戻した彼は、困ったものだと額に手を当てた。


「会話ができないわけではないのです。ですが、その辺りの加減が利かないのが娘の悪癖ですね」


「嗚呼。好きな物事になると、途端に饒舌になるな」


「経験済みでしたか。仰る通り、自分の興味の対象ならば、積極的に関われるようです。その振り幅は、ゼロか百かしか存在しませんが」


「まったく喋れないか、口が止まらないかの二択だからなぁ。不器用なんだろう」


「かもしれません。親の欲目を抜きにしても、聡明な子ではあるのですが、どうにも対人能力には活かせないようで」


 そうなんだよな。スキアはかなり頭が良い。本気を出せばオルカと並ぶ成績を叩き出せるし、一度教えたことは大抵忘れない記憶力もある。


 魔法だってそうだ。教導を担当しているカロンやミネルヴァ曰く、スキアは天才の類らしい。僅か半年で最上級魔法まで習得し、魔法操作もカロンを超え始めたことより、その才覚は認めざるを得ない。


 頭脳の明晰さや手先の器用さは証明されているのに、それらを他者との交流に活用できない。不器用もしくは彼女の性格としか、説明のしようがなかった。


 アーヴァスは深々と息を吐く。


「正直に申し上げますと、スキアがフォラナーダに就職すると聞いた際は、気が気ではありませんでした。コミュニケーション能力の欠如したあの子が、最先端を行く領地でやっていけるのかと」


 親として当然の心配だろう。娘の欠点を熟知しているのなら、なおさらかもしれない。


「しかし、伯爵の話を伺って安心しました。スキアは上手く馴染めているようですね」


 そう言って笑うアーヴァスは、ゆっくり頭を下げた。


「娘を……スキアを、今後ともよろしくお願いします、フォラナーダ伯」


「もちろん、無体に扱うつもりなんてないが」


 唐突の行動に、若干困惑するオレ。


 フォラナーダがスキアを大切に扱っていることは、彼も承知しているはずだ。しかも、公爵家とのイザコザが片づいてすぐにも、同様の言葉を受け取っている。


 ゆえに、今さらそんなセリフを口にする理由が判然としなかった。


 オレが訝しむ仕草を見て、アーヴァスは首を横に振った。


「違いますよ。部下としてではありません」


「……その話は誤解だと伝えたはずだぞ?」


 皆まで言わずとも理解した。彼は、スキアにオレのところへ嫁いでほしいと考えているらしい。初期の誤解を掘り返すとは、何の思惑があるんだか。


 呆れ混じりの半眼を受け、アーヴァスは苦笑いを浮かべた。


「あの件とは別です。改めて、あなたに娘をお任せしたい」


「何故だ?」


 色々と尋ねたい事柄は多い。だが、あえて一言で問うた。


 対して、彼は真剣な面持ちで返す。


「あなたならば、スキアを真に認め、幸せにしてくださると確信したからです」


「幸せにできるのは、オレに限定されないと思うが?」


 スキアは光魔法師だ。悪辣あくらつな組織からの誘拐にさえ気を付けていれば、どこへ嫁いでも安泰な生活が待っている。


 一つ補足しておくと、フォラナーダに勤めるからといって、スキアの結婚に制限をつけるつもりは一切ない。機密の口外禁止等の制約は課すが、自由恋愛を許可している。転移事業を始めた今、他領の人物との結婚だって可能だ。


 それらを伝えても、


「それでも、私はあなたに任せたい」


 と、アーヴァスは断言した。その瞳にまったくの揺らぎはない。


「たしかに、光魔法師であるスキアは、どこへ行っても好待遇を受けるでしょう。しかし、それが彼女にとっての幸せに繋がるとは限りません」


「スキアの幸せ、か。あなたは、それが何だと考える?」


「いくつかありますが……」


 一度言葉を区切り、彼はこちらを真っすぐ見据える。


「スキアの気持ちを尊重したい。私はそう考えています」


 やはり、気づいていたか。


 オレは諦念を湛えた息を吐き、自身の額に手を添えた。


 その行動を見て、彼は頬笑む。


「フォラナーダ伯も気づいていらっしゃったようですね」


「彼女は分かりやすいからな」


「でも、当の本人は隠し切れていると考えていますよ」


「だからこそ、気づかない振りをしてたんだよ……」


 何の話かと言えば、スキアがオレのことを好きだという事実だ。彼女は、恋愛的な意味の好意をオレへ向けていた。


 時期的には、割と最初の頃から。仄かな恋心は、時間経過とともに大きくなっていっている。


 嗚呼、なるほど。


「嫁ぐ云々の誤解はわざとか」


 こちらの指摘に、アーヴァスは苦笑する。


「さすがに、わざとではありません。誤解していたのは本当です。スキアの送ってくれる手紙の内容が、フォラナーダ伯のことばかりだったものですから。あの子の『好きな物事だと饒舌になるクセ』は、文章でも同じなんですよ」


 好きな本の感想文を、原稿用紙百枚も書いてきたことがある。そんなスキアの幼少期の経験談も、彼は添えた。


「親として、応援するしかないでしょう?」


「否定はしないよ」


 娘を大事にする父親なら、助力しようと考えるだろうさ。


「そういうわけなので、フォラナーダ伯には、ぜひともスキアと婚約を結んでいただきたいのです。ご一考していただけないでしょうか?」


 ついに、アーヴァスが決定的なセリフを口にした。


 結局、ミネルヴァの言う通りになったか。


 実は、この展開は事前に予想されていた。ミネルヴァを筆頭とした、フォラナーダの女性陣によって。


 彼女たちもまた、スキアの恋心を察知していたんだ。曰く、スキアが仕事以外で自ら話しかけるのは、オレくらいなんだとか。


 まぁ、オレも覚悟はしていた。何故か、現世は恋愛経験が豊富だから、その辺の直感は嫌でも鋭くなる。


 ゆえに、彼の提案への回答は用意していた。


「アーヴァス。あなたからの提案は受け入れられない」


「そんな!? どうか、お考え直しいただけないでしょうか!」


 返答を聞いたアーヴァスは、椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。


 オレは冷静に諭す。


「落ち着け。まだ話の続きがある」


「も、申しわけございません」


 冷ややかな口調だったお陰か、彼はすぐに着席した。ただ、未だ動揺は収まっておらず、ソワソワと体を揺らしている。


 時間をかける意味もないので、オレは単刀直入に言った。


「あなたの提案による婚約は受け付けないが、スキアからの申し出があった場合はその限りではない。または、学園卒業時にスキアの心が変わっていなかったら、オレより婚約を申し出る」


「へ?」


 一瞬呆けるアーヴァスだったが、即座に我に返った。


「あっ、いえ、失礼しました。いったい、どういう意味でしょうか?」


 困惑し切りの彼の気持ちは理解できる。オレの発言は、まったくもって意味不明に聞こえるだろう。


 しかし、きちんと理由あっての提案だった。


「オレとあなたの間で婚約を結んだ場合、スキアは政治的な取引があったと考える。実際、彼女との婚約には色々とメリットがある」


 ハンダールーグ公との一件を考慮して手を打ったと、筋が通ってしまうのが問題だった。


 スキアは、きっと愛のない政略結婚だと勘違いし、カロンやミネルヴァといった他の面々に遠慮する。彼女は自信のない傾向が強いため、この予想が当たる可能性はかなり高かった。


「だから、スキア自身が告白するか、オレが告白するか。当事者同士のやり取りに限る必要があるんだ。彼女の幸せを願うなら尚更ね」


「し、少々お待ちいただきたい。ふ、フォラナーダ伯は、スキアを迎え入れるつもりでいらっしゃったのですか?」


 慌てた様子で、アーヴァスは尋ねてきた。


 もありなん。これまでのオレは、スキアとの仲を否定するスタンスだった。彼からすれば、手のひらを返した風に見えるのも無理はない。


 オレはアーヴァスをしっかり見据える。


「好意を向けられているからには、ちゃんと応えるさ。オレも、スキアを嫌ってない。ただ、今すぐは無理というだけだ」


「何故でしょう?」


「やらねばならないことがあるから。何よりも優先して達成すべき、重要な案件があるんだ。それが叶うまでは、オレから愛を伝えるわけにはいかない。これは、スキアに限った話じゃない」


「……なるほど」


 こちらの真剣さを感じ取ってくれたようで、アーヴァスは一応の納得を見せた。娘の恋愛ごとゆえに複雑な感情を抱えているものの、それ以上の追及はなかった。


 重い空気が流れる。


 娘を持つ父親の心境を、少し軽視しすぎたかもしれないな。言葉の選択をミスした気がする。


 気まずくなったオレは、コホンと咳払いをした後に口を開く。


「きちんとスキアに目をかけるつもりではいるよ。彼女が望む限りは、だが」


 要するに、カロンたちと変わらない対応というわけなんけど、部外者であるアーヴァスに通じるだろうか?


 彼はキョトンと目を瞬かせていたが、しばらくすると笑声を漏らし始めた。


「クックックッ。フォラナーダ伯、男のツンデレは流行りませんよ」


「ハァ!?」


 思わぬ返しに、今度はオレが目を丸くする番だった。


 言われてみれば、ツンデレっぽい。愛は告げないが、行動で対応すると発言したようなものだ。


 途端に恥ずかしくなってきた。もしかして、カロンたちにも新手のツンデレとか思われているのか?


 オレが動揺しているのを見て、アーヴァスはさらに笑う。


「ははは。伯爵にも俗っぽい部分があるのですね。少し安心しました」


 お陰さまで、沈みかけた雰囲気は元の明るいものに戻った。些か、オレの自尊心を犠牲にしたけどな。




 嫌な自覚をしてしまったけど、やることは今後も変わらない。カロンの運命を覆すまで、オレに寄り道は許されないんだ。何が襲いかかろうと、絶対に払いのけて見せる。



――――――――――――――


これにてChapter9完結です。

11月30日までは幕間を投稿し、12月よりChapter10を開始いたします。よろしくお願いします!

 

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