Chapter9-ep 新しい場所(2)
「……
「お、同じ?」
「はい、同じです。方向性は真逆ですけどね」
そう言ってから、カロンは説いた。ハンダールーグ家との交渉の際、娘や孫のために奔走する両親や祖父の姿に衝撃を受けたのだと。親とは何なのかと疑念を抱いたのだと。
カロンの話を聞き終えたスキアは、余計に混乱したようだった。二の句が継げていない。
今の彼女の心情は、手に取るように分かる。十中八九、『子どもを心配するのは、親としては当然では?』と考えているに違いない。
この辺の価値観は、家庭環境の差が如実に表れるなぁ。そんな風に思いつつ、オレは補足を入れる。
「オレとカロンの両親は、どちらかというとユリィカの両親に近いんだよ。子どもに対して無関心。愛情があったとしても、愛玩動物に向ける程度のものさ」
「あっ、えっ……!? そ、その、も、もももも、申しわけございません!!」
地雷を踏んだと勘違いしたらしく、スキアは慌てて頭を下げた。その場で勢い良く下げたものだから、テーブルへ強かに額を打ちつけてしまう。うわ、痛そう。
「~~~~~~ッ」
「何をやっているのですか、あなたは」
額を両手で抑えてうずくまるスキアに、カロンは呆れながらも【
無事に痛みの治まったスキアは、改めて頭を下げた。
「ぶ、不躾な内容をお、お聞きしてしまい、も、申しわけありませんでした」
「気にしていませんよ。あのヒトたちに関して、
「オレも同じさ。両親の話題に触れてほしくないとか全然思ってない。だから、頭を上げてくれ、スキア」
柔らかい声音で諭し、肩をポンポンと叩くことで、やっと彼女は姿勢を戻してくれた。さきの自爆のせいで若干涙目なのはご愛敬だろう。
顔を上げたスキアは、何か言いたげな様子を見せる。それを察したカロンは、遠慮なく話すよう促した。
「た、大したことでは」
「気にしません」
「で、でも」
「遠慮する必要はありませんよ」
「い、いえ、し、しかし」
「師匠命令です。話しなさい」
最初こそ優しく語り掛けるカロンだったが、ウジウジし続けるスキアに痺れを切らしたらしく、最後は冷たい口調で命令を下した。
こうなっては、さすがに渋れない。恐る恐るといった様子で、スキアは尋ねてきた。
「ご、ご両親が愛してくれなくて、さ、寂しくはないのでしょうか?」
「寂しくありませんよ」
おおむね予想通りの問い。そして、それに対する回答も予想通りの即答だった。
やや食い気味の返答に、目を丸くするスキア。
「ど、どうしてですか?」
「
「それに?」
「今は他の皆さんがいらっしゃいます。シオンにオルカ、ニナ、マリナ、カウントするのは癪ですがミネルヴァも。あと、フォラナーダの使用人の方々もですね。もちろん、スキアも含まれます。これだけの人々から愛情を受けているのです。寂しいなど、口にしては失礼というものですよ」
カロンは笑顔で言い切った。『陽光の聖女』の代名詞たる輝かしい笑みが、そこには広がっていた。
スキアは息を呑む。カロンの考え方に、一種の感銘を受けた風に見えた。
そんな彼女を気に留めず、カロンは続ける。
「大切なのは、自分がどう思うか、です。両親や兄弟といった肩書ではなく、自分の大切を守りたい。
すべてはお兄さまの受け売りですけどね、と彼女は締めくくった。
「なるほど……」
何か思うところがあったのか、スキアはうつむいて深く考え込む。
それから程なくして、彼女は顔を上げた。そこにあるのは、疑念という雲の晴れた笑みだった。
「あ、あたしも、あ、あたしの大切なものを、ま、守りたいです」
「一緒に頑張りましょうね」
「は、はい」
笑い合うカロンとスキア。
美しき師弟の絆という奴だな。
さて、良いものも見せてもらったところで、そろそろオレはお暇しよう。アーヴァスとの約束の時間が迫っている。
オレが立ち上がると、カロンも共に立ち上がった。
「お兄さま」
ごく自然に両腕を広げる彼女。
なるほど。ここで解散すれば、もう翌朝まで顔を合わせることはない。だから、今のうちに日課を済ませておく腹積もりか。
可愛い妹の可愛いおねだり。これを払いのけられる兄がいるだろうか? いや、いない。
オレは丁寧にカロンを抱き寄せ、彼女の背中に腕を回す。ギュッと、就寝前のハグを行った。
「はわ、はわわわ」
割と初心な部分もあるよう。オレたちの行動に、スキアが顔を赤く染めている。ガン見だけどね。
たっぷり抱擁を交わしたオレたちは、どちらからともなく離れた。この辺のタイミングは、もはやバッチリだな。
じゃあ、もう転移しようかな。
そう考えて【
「せっかくです。スキアもお兄さまにハグしていただいたら?」
「えっ!?」
突然の振りに、スキアはギョッと
オレの方も少なくない驚きを感じていた。嫉妬しいのカロンが、こんな提案をするとは考えていなかったんだ。
カロンは言う。
「今回の
「オレとのハグがご褒美になるのか?」
というか、褒美の類は、また別に用意しているぞ。フォラナーダに帰ってから伝える予定だったんだ。
対し、カロンは力強く答える。
「なります!」
清々しいくらいの断言。否定的な意見を述べるのが
すると、再起動を果たしたスキアも呟く。
「え、えと、あ、あの、そ、その……ぜ、ゼクスさまが、ご、ごご、ご迷惑でなければ」
顔を真っ赤にし、消え入りそうな声を漏らされては、どう足掻いたって断れない。
本人が諾と言うのなら、オレも拒絶する気持ちはなかった。
ただ、どことは言わないけど、スキアは結構大きいものをお持ちだ。ハグの際はかなり理性が試されるだろう。
カロンとニナの猛攻にも耐えてきたので、理性が崩れる心配はしていない。だが、精神的に疲れるのは確定していた。
とはいえ、美女とのハグが役得であることには違いない。こちらの内心はおくびにも出さず、オレは柔らかい表情を浮かべ、スキアを抱き締めた。
「……あ、ありがとう、ご、ございました」
「こちらこそ、いつもありがとう」
ハグを終え、お礼を告げてくるスキア。彼女の顔は真っ赤だった。
名目上はご褒美なので、こちらも感謝を伝えておく。
しかし、この態度や感情は……まぁ、前々から分かりやすかったけどさ。
チラリとカロンの様子を窺う。彼女は、こちらをニコニコと見守っていた。
ちょっぴり嫉妬も見えるけど、大半は喜びっぽい。うーん、普段よりも妹の内心が判然としない。
考えても仕方ないか。カロンが、オレを
脳裏にわだかまっていた疑問符を振り払い、気を取り直すことにした。
「じゃあ、アーヴァスのところに行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ、お兄さま。それと、おやすみなさい」
「いってらっしゃいませ。お父さまをよろしくお願いします」
「いってきます」
【
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