Chapter9-ep 新しい場所(1)

 不死者アンデッド騒動を解決してから三日が経過した。そろそろ学園の二学期が始まるゆえに、バカンスも終わりだ。


 この間に起こった出来事は、そこまで多くない。


 まず、ユリィカの件。


 結論から言うと、彼女は村から追放された。あの異空間より帰還した直後、村長直々に言い渡されたんだ。曰く、『お前がいるから、この村に災いが降りかかった』だそう。


 そちらが困っていると聞いてユリィカが駆けつけたはずなんだが、彼らの記憶は都合良く置き換わってしまったらしい。本気で彼女が悪いと、信じ込んでいる様子だった。


 というか、オレたちが事件解決に奔走している間、責任の押し付け合いをしていたのかよ。ずいぶんと能天気な連中だ。怒りを通り越して、呆れてしまった。


 当のユリィカは、この展開をある程度予想していたよう。あからさまに動揺する素振りは見せなかった。たぶん、事前にフォラナーダが受け入れると伝えていたのも大きかったんだろう。


 とはいえ、生まれ故郷より捨てられて、落ち込まない者はいない。その辺りのフォローは、師匠たるニナとマリナやオルカといったコミュ力強者に任せた。今のところ、問題はないと判断している。


 一方、村への制裁は、村長をしょっ引くだけにした。


 何故なら、あの村には、親世代とユリィカの間の年齢層が一人もいなかったから。つまり、限界集落だった。


 きっと、学園卒業後に誰も帰省していないんだろう。都会を知った者たちが、あんな偏屈な場所へ帰るはずもない。親思いの健気なユリィカを除いて、な。


 彼女を追放した村は、近いうち魔獣を抑え切れずに崩壊する。そんなところに、わざわざ労力を割きたくない。それに、因果応報を味わった方が良いだろうし。


 幾名か小さな子どもがいたので、そちらは保護できるよう手を回しておこう。大人連中は知らん。


 次に、別大陸からの来訪者の件。この話題は、ウィームレイ第一王子を通して国に伝えた。敵意を持った新種族が登場した以上、情報の共有は急務だろう。あの自称吸血鬼みたいな輩が、再び訪れないとも限らない。


 当然ながら、国の上層部は荒れた。


 他人事のように言ったけど、オレも上層部の一員伯爵なので、その混迷する会議に巻き込まれた。


 阿鼻叫喚という表現が適当だったよ。魔法とは異なる未知の力に怯える者もいれば、魔法こそ最強だと強気の者もいた。現代は魔法主義の傾向が強いため、どちらかといえば後者が優勢だったかな。


 あまりにも会議が踊っていたから、オレが一喝して鎮めましたとも。最初からこうして・・・・いれば良かったと若干後悔したくらいには、静寂が会議場を支配していたね。


 その後、当事者であるオレの見解を説明。結果、別大陸の存在を発見した際は『監視をつけて様子見する』という、無難な結論に落ち着いた。


 無論、無策のままにはしない。対魄術びゃくじゅつの研究所の設立が、国家予算で組まれた。局長はオレ。


 この任命は仕方ない。現状、魄術びゃくじゅつを扱える聖王国民は、オレしかいないもの。


 見事に仕事が増えてしまったが、研究系は【刻外】でいくらでも時間を確保できるので、大きな問題はない。忙しいのは変わりないため、そのうち人員は増やすけどね。








○●○●○●○●








 旅行最終日の夜。チェーニ子爵アーヴァスから晩酌に誘われていたオレは、宿の自室より【位相連結ゲート】で移動するところだった。


 ちなみに、この国での飲酒制限は、十五歳から解禁される。この世界の人類の特性上、身体は十五までに成熟してしまうため、成長阻害等の心配がいらないんだよ。


 補足しておくと、原作ゲームでは飲酒描写は皆無だった。その辺はコンプライアンスの関係だろう。


 閑話休題。


 パパっと転移しようと思ったんだが、ふと、リビングの方に気配を感じた。明日の帰還に備えて全員就寝したと思っていたけど、まだ起きているメンバーがいたらしい。


 探知術を軽く伸ばすと、その面子はカロンとスキアだと判明した。


 特段珍しい組み合わせではない。単なる世間話の延長だとは考えたが、オレは二人に顔を見せることにした。何てことはない気まぐれの一つだ。アーヴァスとの約束にも、まだ時間の猶予もあったし。


「こんな時間にどうしたんだ、二人とも」


「ちょっとした雑談ですよ。お兄さまこそ、如何いかがいたしました?」


「オレは、これからアーヴァスのところで晩酌だよ。誘いを受けてね」


「むっ、うらやましい限りです」


 彼女が誰をうらやんでいるかは、言をまたない。


 オレは苦笑を溢し、「また今後な」と告げる。


 それから、言葉を続けた。


「少し、おしゃべりに参加してもいいかな?」


「お時間は宜しいのですか?」


「問題ないよ」


「それならば、わたくしに否はございません。スキアは?」


「あ、あああ、あたしも、も、もん、問題ありません」


 許可をもらったので、オレはカロンの隣に座る。ついでに、飲み物も【位相隠しカバーテクスチャ】より出した。寝る前に紅茶は良くないし、ホットミルクにしよう。ちょうどストックがある。


 準備を整えた後、オレたちは雑談を交わす。特別な内容はない。ただ日常の出来事を、僅かばかりにアクセントを加えて話すだけ。たわいない穏やかな一時だった。


 程なくして、話題は先日の不死者アンデッド騒動へ移る。あの一件は色々大変だったけど、みんなの良い経験値になったと思う。場数の足りていなかったスキアは、特に成長できたんではないかな。


 ホラー染みた事件だったゆえに、『あの時は怖かった』とか『物語と現実は全然違う』とか、そういう方向で盛り上がる。


 そんな話に一区切りついた際、不意にスキアが溢した。


「ゆ、ユリィカさん、だ、大丈夫でしょうか?」


 あまり関わり合いのない二人だったはずだが、心配する気持ちは別なんだろう。交流下手ゆえに周りから誤解されがちだが、スキアはかなり情の厚い女性である。光魔法を扱えるのも納得の、愛の深さを彼女は有していた。


「大丈夫だと思うぞ。ニナたちがフォローしてる」


「彼女は、これまでの冷遇を耐えてきた強い子です。一人でしたら折れていたかもしれませんが、わたくしたちが傍にいる以上、心配はいらないでしょう」


「そう、ですか」


 オレたちの見解を聞いても、スキアの表情は晴れなかった。どこか、釈然としない色が浮かんでいる。


 オレとカロンは顔を見合わせ、首を傾ぐ。


「何か気掛かりでも?」


 カロンが代表して問うと、スキアは若干目を泳がせた後、ポツリと語った。


「か、家族に捨てられるなんて、あ、あ、あたしには、とと、とても、た、耐えられそうにないので」


 彼女は自分がそうなった時を想像してしまったのか、声をいっそう震わせる。


「ゆ、ユリィカさんを拒絶した村人たちの中には、か、彼女のご、ご両親もいました。そ、それ、それが、ほ、本当に信じられないんです。ど、どうして、お、親子なのに、あ、あん、あんな仕打ちが、で、できるんだって」


 涙声になり始めたスキアのセリフを聞き、オレは得心した。


 彼女の抱いている疑問は、以前のカロンと酷似のものだろう。自分の親ではあり得ない行動を目の当たりにし、思考が混乱しているんだ。方向性は真逆だけど。


 オレは苦笑いを浮かべる。


「どこかの誰かさんと一緒だな」


「お恥ずかしい限りです。弟子は師匠に似るのでしょうか?」


「それは意味が違うと思うよ」


「え、えっと……」


 脈略なく和やかな会話を繰り広げるオレたちに、困惑した様子のスキア。


 対し、カロンは気まずそうに視線を逸らし、おもむろに呟いた。


「……わたくしも、スキアと同じ悩みを抱えていたのですよ」


「お、同じ?」


「はい、同じです。方向性は真逆ですけどね」


 そう言ってから、カロンは説いた。

 

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