Chapter9-4 白兎の里(6)
ユリィカに案内されたのは、村の外れにある民家だった。住民がいなくなってから一年程度は経過しているようで、相応に埃くさい。掃除の手間を省くため、【天変】で屋内の環境を塗り替えた。
ユリィカが軽く目を丸くする。
「べ、便利ですね」
「ゼクスにできないことはない」
それに対し、何故かニナが胸を張った。得意げな顔をして、フフンと鼻を鳴らす。
「いや、何でもは無理だからな。オレにだって、できないことくらいある」
婚約約者を自慢したい気持ちは理解できるけど、必要以上にハードルを持ち上げるのは勘弁してくれ。
オレが溜息混じりに答えると、意外にもスキアが反応した。
「えっ、で、できないこと、あ、あるんですか?」
「普通にある」
どういうわけか、めちゃくちゃ驚かれている。もしかして、万能超人とでも考えられていた?
いやいやいや。今まで何回も言っているけど、オレは凡人、良くて秀才レベルだから。もし万能に見えていたのだとしたら、それは努力や対策等を繰り返した結果だろう。
「た、たとえば、な、何が、で、できないのでしょう?」
それでも、彼女は納得いかないようで、珍しく追いすがってくる。
何か不都合でもあった……違うな。この感情の推移は、好奇心と期待と安堵。決して、オレへ不満を抱いている類ではない。
うーん。完璧超人だと思っていた相手の人間味を知れるのが嬉しい、とか?
ただ、これは予想だ。オレは感情を読めるのであって、思考を覗けるわけではない。覗けなくはないけど、結構手間だし、味方になんて使えない。
まぁ、気にしても仕方ないか。トラブル等でないのなら、これ以上の踏み込みは野暮というもの。向こうが口を開くのを待てば良い。
――っと、オレが出来ないこと、だったな。
「真っ先に思い浮かぶところだと、他人を癒すことかな」
「以前、【身体強化】で自然治癒力を高め、治療する方法を教えてくれた」
即座にニナよりツッコミが入ってしまった。
たしかに教えたけども。
「あれは複雑な骨折とか欠損は治せない。所詮は応急処置程度だよ」
「で、でも、ち、ちゅう、中級光魔法くらいまでなら、な、治せるんですよね?」
「そう、だな」
スキアの問いに、オレは頷くしかない。よっぽどの重傷でもなければ、治療できるのは事実だった。
ちなみに、治癒力向上による寿命の短縮なんて副作用はないぞ。その辺も一緒に【身体強化】でパワーアップしている。
閑話休題。
困った。他にできないことと言われても、即座に思い浮かばない。思い浮かんだ時点で解決策を考案し、実行してきたもんなぁ。
カロンたち全員の行使する魔法――属性魔法はことごとく使えないが、今のところ、無属性魔法で代用できる場合が多い。飲み水の生成も、少し前に成功させちゃったし。
しばらく思考を回していたオレだが、ふとユリィカの顔が目に入り、一つ思い至った。
「人間関係の改善は、オレには難しいかもしれないな」
「使用人たちの悩みには、的確なアドバイスを送ってるけど?」
またもや、ニナからツッコミが入る。
キミがオレを持ち上げたい気持ちはよく分かった。でも、今は空気を読んで黙ってほしかったな。
……いや。これ、わざとだな。この一件をナァナァで済ませるのは許さないってことか。他人を思いやるのに、自らを無理に
オレとしては
「アドバイスはしてるし、解決したって話も多い。でも、結局は助言を与えたにすぎないんだよ。たまたま上手くいったパターンが多いだけで、オレがその手のプロフェッショナルってわけじゃない」
他人の人間関係を完璧にコントロールできるなんて、どんな化け物だよ。精神魔法なら可能だが、それは真の解決とは程遠い代物。
結局オレは、他人より手の届く範囲が広いだけの、普通の人間だ。
そう結論づけたところ
「「「普通の人間なわけがない!」」」
ニナのみならず、スキアやユリィカにまで否定されてしまった。しょぼん。
「冗談はさておき、何でもできないのは事実さ。オレにも得手不得手がある。あらわにしないよう、努力を重ねてるってだけでね」
オレは、今回の質問の中心だったスキアを見つめる。
彼女は少しうろたえたるものの、しっかりと見つめ返してきた。
「誰にだって、出来ることと出来ないことがある。できないことに直面して、悔しい思いを抱くことはあるだろう。それは当然の心理だから、気に留める必要はない。大切なのは、その次だ」
「そ、その次、で、ですか?」
「嗚呼。できないことを、どうするか決めるんだ。できるように努力するか、そのまま放置するか」
「ほ、放置してもいいんですか!?」
「もちろん。適材適所という言葉があるように、完全に切り捨ててもいい。カロンなんかは、細かい魔力操作は捨ててるし」
個人的には、もう少し鍛えてほしいと考えている。でも、長所を伸ばした方が彼女は強いため、鍛錬ノルマをこなせば良しとしているんだ。
「力不足を自覚できるのは、自身を冷静に分析できてる証拠だ。そこを恥じる必要はない。今後の糧にできればOKだよ」
オレがそう告げると、スキアは僅かに目を見開いた。
「き、気づいて……」
「割とバレバレだったぞ。みんなも気づいてたし」
「えっ!?」
彼女はバッとニナの方を振り向く。
視線を受けたニナは、コクリと首を縦に振った。
「スキアは結構わかりやすい」
「あぅ……」
今の言葉はクリティカルヒットだったよう。スキアは頬を赤く染め、その場にうずくまってしまった。
これまでの生活態度から察していたけど、スキア本人はポーカーフェイスできていると自認していたみたいなんだよなぁ。その実、すぐに顔や態度に現れてしまう子だった。オレやオルカへ向けている“推し愛”もバレバレだもの。
ほんわかと場の空気が和んだところ、それを静かに眺めていたユリィカが呟いた。
「皆さん、本当に仲がいいですよね」
セリフだけ見れば、ただの感想にすぎない。しかし、彼女の湛える感情は悲哀と
彼女の秘められた心を把握したのは、オレだけではない。師匠であり友人であるニナも、しかと認めていた。
「ユリィカ」
「ニナさん!?」
ニナが突然抱き着いてきたため、ユリィカは
慌てる彼女を気に留めず、ニナは抱擁したまま言う。
「大丈夫。アタシたちがいるから」
「ニナ、さん……」
ここだけ切り抜けば意図の分からない言葉だが、彼女はちゃんと理解したよう。動揺した様子は鳴りを潜め、ニナに抱擁し返した。
ふむ、良いチャンスだな。
オレは、二人の邪魔にならないタイミングを見計らって口を開く。
「もしも自分の居場所がないと感じたら、遠慮なくフォラナーダの門戸を叩くといい。優秀な人材という意味でもだが、級友としても歓迎するよ」
村人たちの態度や感情より、村でのユリィカの扱いが悪いことは分かり切っていた。
寒村ならではの停滞した価値観を持ちながら、国内屈指の才能を持つ彼女を妬まないはずがない。『期待している』なんて
それでもユリィカが村を捨てなかったのは、他に居場所がなかったため。優秀すぎた彼女は平民と貴族の境に位置してしまい、学園でも孤立まっしぐらだった。
しかし、実際は違う。彼女にはニナがいた。オレたちもいた。
「伯爵さま……ありがとうございます」
感激した様子で礼を述べるユリィカ。
手応えはバッチリ。これなら、きっとフォラナーダへ就職してくれるはず。
初対面時より画策していたユリィカのリクルートは、ようやく実を結んだ。
やり口があくどいって? 元は悪役令嬢の兄なんだ。これくらいは許容範囲内だと思うぞ。
そう内心でほくそ笑んでいると、ニナより半眼を向けられた。
「偽悪的すぎるのは、どうかと思う」
「……ごく自然に、オレの心を読まないでくれないか?」
案外、ニナの直感は侮れなかった。
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