Chapter9-4 白兎の里(5)

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!



 すさまじい地響きが襲った。地響きだけではない。この村から頂へ向けた山肌に、極太の光柱が降り注いだんだ。その光量は尋常ではなく、周囲一帯の景色を白く染め上げる。


 光柱は数秒で消え去ったため、大きな被害はない。多少目がチカチカする程度である。山肌の方も、あんな現象があったにも関わらず、何の変化もなかった。


「カロン、【裁きの光】を使ったのか」


 最上級光魔法【裁きの光】は、言うなれば、人外特攻の魔法である。人類の枠組みに入らない生物に特大のダメージを与え、人類や生物外、植物は無傷という術。本来は魔獣相手に行使するものだが、ゾンビにも効果があった模様。


 まぁ、今回のシチュエーションには最適の魔法だろう。山林に被害を与えすぎたくないけど、広範囲に及ぶ人外の敵を倒したかったんだから。


 とはいえ、『派手だな』と僅かに呆れてしまうのは許してほしい。


 オレが、カロンたちの方に視線を向けて苦笑していると、


「ゼクス」


 ふと服の袖が引っ張られた。


 ニナが「あっち」と言い、視線を彼方へ向ける。


 その先をオレも辿ると、そこには村人たちが立っていた。村長と思しき初老の男を先頭に、こちらへ近寄ってくる。


 ただ、彼らの安否を確認していたユリィカの様子がおかしい。集団の最後尾で、顔色を青くしてトボトボ歩いていた。


 オレは僅かに目を細めつつ、居住まいを正した。


 ここからはゼクス個人ではなく、貴族としての対応が求められる。堂々とした態度を取らねばならない。


 その辺りの機微は、随伴している二人も理解しているよう。サッとオレの背後に回り、一歩引いた態度を取った。さすがは子爵令嬢と元子爵令嬢だ。


 彼我の距離が十メートル。そこで村人たちは歩みを止めた。


 ヒトと言葉を交わすには、些か距離が空きすぎている。だが、彼らの発する感情や浮かべる表情を見れば、この距離感も納得だった。


「お主ら、何者じゃ?」


 推定村長の男が、冷たい声音で問うてきた。


 ある程度は予想していたが、ここまでストレートに来るか。オレは呆れを通り越して小さく笑ってしまい、一方のニナとスキアは不満げに眉をひそめる。


 村人たちの感情は、敵愾心一色だった。


 多少の警戒は分かる。幽霊ゴーストなんて未知の化け物に襲われたんだ。向こうはオレたちの素性を知らないため、信用を置けないのも当然だろう。たとえ、ユリィカより話を聞いていたとしても。


 ところが、目前の連中は、多少レベルではない。まるで、両親を殺した怨敵と言わんばかりに、こちらへ敵意を放っていた。


 面倒ごとの気配をビシビシと感じ、溜息を溢しそうになる。


 それを一旦堪え、オレは名乗りを上げた。あちらより名乗るのが礼儀とかは忘れておく。たぶん、理解してくれない。


「私の名はゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダ。聖王陛下より伯爵の位を預かりし者だ。そちらにいるユリィカの級友でもある」


 こちらのセリフを耳にし、村人たちは騒がしくなった。「貴族!?」と驚く者、「あの歳で?」とか「ユリィカの?」と首を傾げる者、「フォラナーダって?」と無知を晒す者と様々。


 すると、推定村長が声を上げた。


「皆、静まれ。お貴族さまの御前じゃぞ」


「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 彼の一声で、全員が沈黙する。


 なるほど、ちゃんとリーダーとして機能はしているようだ。それで先程の態度ということは、色々と察してあまりあるが。


「大変失礼しました。ワシはこの村の村長を務めるフォリスと申します。――して、あなたさまは何故に、このような寂れた村へお越しになられたので?」


 前置き等を一切省き、単刀直入に問うてくるフォリス。彼の瞳はスゥと細まっていた。


 所詮は田舎といったら失礼だが、お粗末な駆け引きだった。『こちらはお前を見定めているぞ!』と全力で示してしまっている。


 おそらく、あからさまに見せつけると威圧できるから、そう振舞っているんだろう。そういう手法は存在する。


 しかし、それは格下相手に通用するものだ。小さなコミュニティで生活し続けてきた弊害だな。


 オレはフォリスの児戯をスルーし、素直に目的を答える。


「私たちは休暇を楽しむため、山の反対側に立つコテージへ訪れていたんだ。すると、先の幽霊ゴーストに襲われてな。このままではバカンスどころではないと、元凶を絶つことにした」


「……元凶を追う過程で、この村に立ち寄ったと?」


「正確には、友であるユリィカに出会い、ここにも幽霊ゴーストが出現すると聞いたためだ。手掛かりがあると考えたんだよ」


「ユリィカが……なるほど」


 熟思を始めるフォリスだったが、それは一分と置かずに終わった。


「分かりました。ワシらも、あの化け物には頭を悩ませていたところ。それを退治してくださるのであれば、喜んで協力しましょう」


 彼のセリフと同時に、後ろの村人たちが再度騒つく。言葉こそ発さないが、湛える表情や感情は非難のそれだった。


 それらを黙殺し、フォリスは続ける。


「早速ですが、何かご用命はございますか?」


「この村を調査したい。この場以外にも五名の仲間がいるんだが、全員が村内で行動すると思う。その辺りを周知しておいてくれ。それと、空き家があれば貸してほしい。一時的に使えれば問題ない」


「承りました。空き家の方もちょうど一軒ありますので、案内させましょう。ユリィカ!」


「は、はいッ」


「お前がお貴族さまたちをご案内しろ。その後のお世話も、お前に任せる。良いな?」


「わ、分かりました」


 フォリスは強い口調でユリィカへ命令を下した後、こちらへ申しわけなさそうに頭を下げた。


「それでは、ワシらは被害の確認などがございますので……」


「構わない。自分たちの為すべきことを為せ」


「ありがとうございます。御前、失礼します」


 ぞろぞろと広場を去っていく村人たち。残されたのはオレたち三人とユリィカのみだ。


 オレは溜息を吐き、ニナとスキアは眉を寄せる。一様に、村人たちの態度へ微かなイラ立ちを覚えていた。


 せめて、助けてもらった礼が一つあったら違ったんだが。


「も、申しわけございません、皆さん!」


 こちらの心情を察しているようで、ペコペコと頭を下げるユリィカ。


 オレはポンと彼女の肩を叩く。


「キミも大変だな」


「あ、あはは」


 対し、苦笑いを浮かべる彼女。


 この反応より理解する。あれは幽霊ゴーストに対面した影響ではなく、常日頃の雰囲気なのだと。


 何となくではあるが、ユリィカの抱えている悩みが分かった気がした。


 さて。村長の処罰は事件後に行うとして、今は事件解決に尽力しよう。


「とりあえず、空き家に案内してくれるか?」


「はい、分かりました!」


 オレが笑顔で頼むと、ユリィカは気合十分の様子で返事をした。

 

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