Chapter9-5 吸血鬼(1)

 程なくして、別行動していた面々が合流を果たした。


 空き家の面積的に、九人もいると肩が触れ合ってしまうが、我慢する他にない。今後を考慮すると、この程度で【空間拡張】を使うのは魔力がもったいなさすぎる。


「えへへ、お兄さまのお隣を獲得できました!」


「え、えっと、あ、ああああ、あの、あ、ああああたしは、お、お譲りしましょうか?」


 右腕に遠慮なく抱き着き、だらしなく頬を緩ませるのはカロン。左肩が触れ合う度にカチコチに固まってしまうのはスキア。この二名がオレの隣に座している。


 最初こそ誰が両隣に座るかで物議を醸したものの、不死者アンデッド騒動で活躍するのは間違いなく光魔法師だということで、今の席順が決定された。ご褒美の前払いみたいなものらしい。


 言っておくが、オレの意思は関わっていないぞ。ご褒美を求められるのなら、ちゃんと別のモノを用意する。


 そんな悶着を挟みつつ、各々の情報交換は滞りなく行われた。


 まずは、一番重要度の高かっただろうカロンたちの方。


 ゾンビは、部下たちの伝令通りの性能だった模様。強い腐敗臭を巻き散らし、触れたモノを腐らせる能力を持つ。見た目は死体そのものであり、筋肉が腐っているからか、動き自体は緩慢だったとのこと。


 ゆえに、魔法の的にすぎなかった。カロンの【裁きの光】もそうだが、ミネルヴァやシオンも遠距離より魔法を放ちまくり、一匹残さず駆逐したようだ。


 話を聞く限りだと、ゾンビに無効耐性はない様子。そこは安心できる点だった。


 ただ、安心ばかりもしていられない。


「私が【ウィンドエッジ】でゾンビ複数体を上下真っ二つに斬り裂いたのですが、しばらくすると上半身と下半身が各々で活動を再開いたしました。おそらく、ゾンビはいくら肉体が損壊しても致命傷にならないのでしょう。何度か似たような攻撃を試したので、まず間違いありません」


 幽霊ゴーストほど厄介ではないが、ゾンビも耐性持ちらしい。ゾンビと相対する場合、再起不能まで刻んでしまうか、消滅するレベルの魔法を撃たないとダメなようだった。

「むぅ。相性最悪」


 ニナが眉根を寄せて唸る。


 たしかに、剣士の彼女にとっては、あまり相対したい敵ではないだろう。単体ならともかく、ゾンビは群れで襲いかかってくる。それを一つ一つ細切れにするのは大変な作業だ。


 というか、ニナほどの剣士でなければ、呑み込まれておしまいだと思う。


 敵には、幽霊ゴーストとゾンビの大群がいるのか。……めんどくさっ。


 これから戦う相手の戦力に辟易へきえきとしていると、ミネルヴァが最後に言う。


「ゾンビが流出しただろう異空間の出入り口は、結局発見できなかったわ。たぶん、ゾンビ百体を出しただけで閉じたんでしょうね」


「入り口の開いた場所は、廃教会が建っていたようです。ゾンビが腐らせてしまいましたが、かろうじて土台だけ残っていました」


 続くカロンの情報だけど、決定打とは言い難い。強いて言うなら、先刻の廃墓地と同じく、ホラーの定番地といったところか。


 何かしらの証拠が出たら嬉しかったんだが、ゾンビたちのせいで朽ちてしまった可能性が高い。期待はできないだろう。


「オルカたちの方はどうだった?」


「ボクたちも、これといって収穫はないよ」


「村人さんたちにケガ人がいなかったことが幸い、くらいですかねぇ。幽霊ゴーストは、魔力を奪い取るくらいしかできないみたいです」


「そうか」


 思った以上に、足を掴ませない敵のようだ。探知に優れているメンバーでも無理となれば、もう残されている手は少ない。


「仕方ないか……」


 オレは溜息混じりに呟く。


 不死者アンデッドの特性を考慮すると、長期間放置して戦力を貯められるのは避けたい。幽霊ゴーストもゾンビも、大群となって初めて脅威を発揮する怪物だ。


 だから、この術を行使するしかない。できれば使いたくなかったけど。


 オレは全員へ告げる。


「今から、オレが敵の拠点を探す。かなり時間を費やすし、その間は無防備になるから、みんなは守衛に専念してほしい」


「捜す手立てがあるの?」


 ミネルヴァの問いに、首を縦に振る。


「【異相探知】っていう、世界の外側へ魔力を伸ばし、色々と探知する魔法がある。これを使えば、この世界から切り離された異空間でも発見できるよ」


「それはまた、すさまじいわね」


 『またか』みたいな目を向けられるのは甚だ遺憾だが、効果がぶっ飛んでいるのは同意する。作り出した経緯は、【時間停止】の副産物という、いい加減な感じだけどね。


「えっと……どうして、最初から使わなかったんですか?」


 今度はユリィカからの質問。


 当然の疑問だろう。さっさと使っていれば、無駄な労力を費やさずに済んだんだから。


 無論、しっかりした理由はある。というのも、


「この魔法、使い勝手が悪いんだよ。さっきも言ったように時間がかかりすぎるし、燃費もメチャクチャ悪い。使用中は身動き取れないし、防御もできない」


「具体的にはどれくらい・・・・・悪いの、ゼクスにぃ?」


「時間は最短でも半日、燃費は最小でもオレの総魔力の半分」


「うわぁ」


 返答を聞いたオルカは、盛大に顔をしかめた。彼だけではない。他の面々も絶句している。


 オレは、それを気に留めずに続けた。


「極めつきは、捜索先が異空間の場合、探知に成功したことが高確率で相手にバレるんだよ」


 これがもっとも酷い部分だった。探知されたと分かっていて、何の対処もしない敵は存在しない。ゆえに、魔力が大幅に削れている状態で、攻勢へ出ないといけないんだ。


「納得。できれば使いたくない魔法」


「最大戦力がいくらか弱体化するわけですからね。未知の敵と戦うのには、些か慎重さに欠けてしまいます」


 説明を聞き終えたニナとシオンが感想を言い合う。


 まさにその通りで、【異相探知】の運用は、リスクヘッジを重んじるオレの主義に反するんだよ。


 とはいえ、現状は主義を掲げている場合ではない。


「時間が敵の味方である以上、四の五の言ってはいられない。今回は【異相探知】を使う。それを念頭に置いて、みんなは次の戦いに臨んでくれ」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 こちらの忠告に、全員が真剣な面持ちで返事する。


 それから、オレは【異相探知】を開始した。空き家の中央で座禅を組み、深く深く意識を沈めていく。




 敵の拠点を発見したのは、探知を始めてから十三時間後のこと。総魔力の三分の二を消費していた。








○●○●○●○●








 日付が変わるか否かの時間帯。夜の早い村人たちは就寝済みで、山林を含めた周辺一帯は、痛いほどの静寂が支配していた。午前の不死者アンデッド騒動の影響か、野生動物や虫たちの音さえも響かない。


 星々の灯のみが頼りの暗夜。空き家の前に、オレたち九人は集っていた。


「準備はいいか?」


 こちらの問いに、全員が即座に頷き返してくる。


 相手の総戦力が未知数のため、今回はみんな揃って襲撃組だ。カロンたちを危険な目に遭わせるのは心苦しいけど、ここで戦力を分散する方が致命的だと判断した。


 唯一、ユリィカの実力に難は残るものの、師匠のニナが大丈夫だと返したので、一緒に連れていく。


 一方、暗部の部下たちは、こちら側に残すことにした。ないとは思うが、拠点を囮にする可能性を考慮しておかないといけない。最悪、不死者アンデッドの大群がチェーニ領へ押し寄せるかもしれないし。


 嗚呼、それと、


「主殿、大丈夫かい?」


「これくらいは問題ない」


 肩の上でオレを気遣ってくれるのは、土精霊のノマだ。彼女も今回は同行する。オレの魔力が三分の一しか残っていない以上、念のための保険は必要だろう。


 ノマの行使する魔法でもオレの魔力を消費するけど、無属性魔法と比べたら雀の涙ほどの消費だ。状況次第では、彼女の方が役に立つと思う。


 オレは一呼吸入れてから、声を上げる。


「これから敵拠点へ突入する。世界より離れた異空間にあるため、突入したら、敵を倒し切るまで帰れないと考えろ。いいな?」


「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」


 整然とした返答を認めた後、【位相連結ゲート】を開く。そして、オレを先頭にして全員が駆け込んだ。

 

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