Chapter9-4 白兎の里(1)
カロンたちの救出を達成したオレ――ゼクスたちは、一度コテージへと帰ることにした。
今回の事件の調査は必要だが、それよりもカロンとスキアを休ませるのが最優先だ。
幸い、被害は軽微で済んでいる。カロンが多少負ってしまった外傷も、僅かに回復した魔力を使って自力で治してしまった。外的な損害は皆無に等しい。
魔力切れで気絶してしまったスキアを私室のベッドに寝かせ、オレたちはリビングに集合する。これより、オレたちとカロンの情報のすり合わせを行うためだ。
休ませると言ったのに? と疑問に思うかもしれないけど、これを提案したのはカロンなんだよ。話をするくらいは平気だと、彼女は真剣な面持ちで語ったんだ。
まぁ、感情はめちゃくちゃ舞い上がっていたけどね。
状況から察するに、オレの救出劇が物語っぽくて感動した口かな? オレの方は、助けるのがギリギリすぎて肝を冷やしたんだが、女の子は
全員が着席し、そろそろ話し合いを始めようと意識を切り替えたところ、誰よりも先にカロンが口を開いた。
「申しわけございません。会議を始める前に一つお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「どうした?」
「何故、ユリィカさんがいらっしゃるのですか?」
カロンの疑念の向いた先は、彼女の正面に腰かける兎獣人だった。
ユリィカはオレたちの級友であり、ニナの弟子である。積雪を連想させる露草色のストレートロングと、しなやかで長い手足が特徴的な女性だ。
本来、ユリィカはこの場にいないはずの人物だろう。今回の旅行には同行していなかった上、今年の夏季休暇中は実家に帰省すると、彼女はニナへ告げていたんだから。
カロンの視線を受け、少し動揺を見せるユリィカ。そこまで我の強くない彼女にとって、カロンの眼力は強烈のよう。今はシリアス展開のため、普段の温かみある雰囲気が消えている。無理もなかった。
ただ、隠す事情というわけではない。一旦深呼吸してから、ユリィカはおもむろに語り出す。
「えっと……実は、ユリィの故郷の村は、この山の中にあるんです。カロラインさまのいらした廃墓地の近くに」
カロンたちの閉じ込められていた異空間が、山全体をそっくり模していることは判明済みだ。つまり、
ユリィカの発言に、カロンは首を傾いだ。
「ユリィカさんは、チェーニ子爵領の民だったのですか? そういう話は耳にした記憶がございませんが……」
「い、いえ、違います。ユリィの村は、隣領であるイマゴ子爵領に含まれます」
「イマゴ、ですか?」
「カロンちゃん、前に説明したでしょ。この山の一部は隣の領地だって」
キョトンと疑問符を浮かべまくるカロンに、呆れた様子でオルカが補足した。
それを受け、彼女は『嗚呼!』と両手を合わせる。
彼の言うように、事前にその辺は教えていたはずなんだけど……。最近、カロンの脳筋具合が進んでいる気がしてならない。ちょっと、真剣に勉学方面の教育を見直した方が良いかもしれないな。
そんな風に思考を巡らせていると、唐突にカロンがこちらへ顔を向けた。
「お、お兄さま!?」
「どうした?」
「い、いえ、あの……」
「うん?」
非常に焦った表情を浮かべる彼女だが、紡がれる言葉は要領を得ない。
結局、「何でもございません、失礼いたしました」と返されてしまった。いったい、何だったんだろうか?
「つ、続きを話しても良いでしょうか?」
「すまない。頼むよ」
妙な空気になりかけたが、ユリィカが声を上げてくれたお陰で軌道修正が叶った。
彼女は、先の説明の続きを行う。
「ユリィの村では、この半年間にボヤ騒ぎが何度も起こってまして。ユリィが帰省したのも、その解決に手を貸してほしいと頼まれたからなんです」
「もしかして、そのボヤとは……」
「はい。お察しの通り、
「
一通りの説明を聞き、得心した風に頷くカロン。
そう、
とはいえ、あの異空間ほど数は多くない。せいぜい両手の指で数を数えられる程度だ。
カロン救出の際に異空間内の
「ここまで説明すれば、もうオレたちの行動は分かり切ってると思うけど、一応教えておくぞ」
ユリィカが語り終えた後、カロンらが消息を絶ってからのオレたちの行動を話す。
といっても、そう多くはない。オレが山中に探知術を張り巡らし、妙な反応のあった廃墓地を目指しただけである。肝試し中のみんなも【念話】と【
それを聞くと、カロンは渋面を浮かべた。
「
最初にそう溢し、彼女は異空間内での出来事を語る。
うちのメンバーにホラーがダメな子はいないが、憑りつかれたり、呪われたりするのは勘弁してほしいところ。
まぁ、光魔法が効果抜群だったと言うし、そこまで心配はいらないのかな。心強いことに、こちらには特攻できる者が二人もいる。
「で、どうするの?」
お互いの情報交換が終わると、ここまで静観していたミネルヴァが声を上げた。見れば、他の面々もオレへ視線を向けている。
オレはフッと小さく笑みを溢す。
「当然、騒動の元凶を潰す。カロンたちに手を出したんだぞ、タダで済ますわけがない」
二人が消えたという報告を受けた際は肝が冷えた。心底生きた心地がしなかったんだよ。大事な大事な妹や身内を襲った奴を、オレが許すなんてあり得ない。たとえ、何かしらの事情があったとしても、な。それ相応の罰は受けてもらう。
徹底抗戦の構えに対し、みんなも異論はない様子。むしろ、やってやるという気概が見受けられた。
「一つ確認しておきたいが、ユリィカはオレたちと協力体制を敷くって判断でいいか?」
「は、はい。その方がユリィとしても心強いです」
「分かった。よろしく頼むよ」
「はい。こ、こちらこそ、足手まといにならないように頑張りますッ」
少し気負すぎの気もするけど、彼女に関しては大丈夫だろう。最悪、師匠であるニナがフォローすると思う。
「それじゃあ、今後の方針を話そう。とりあえず、今は休息を取ること。しっかり寝て英気を養うべきだ。ユリィカも今晩は泊まっていけ。空き部屋は残ってる」
オレたちはともかく、カロンやスキアの疲弊は大きい。光魔法師が
また、夜という時間帯が
もし、この予想が当たっていた場合、わざわざ相手の土俵で戦う羽目になってしまう。そういったバカな行動は避けるべきだろう。
「明朝、廃墓地の調査を行う。それまでは、しっかり休息を取ること。何か質問は?」
すると、ニナが控えめに手を挙げた。
「罠の可能性を考慮して、別動隊は用意しないの?」
冒険者として、多くの修羅場を潜ってきただけはある。彼女の指摘は至極当然もものだった。
しかし、今回のメンバーの場合は必要ない。
「オレたちは、単独でも難事を容易く解決できる。それすなわち、戦力を分散させる余力があることに繋がるが、今回はチームを分けない」
「その心は?」
「過剰戦力にしておいた方が、不測の事態でもゴリ押しで突破できる」
要するに、罠ごと踏み潰す作戦だ。かなり強引ではあるけど、そろっている面子を考慮すると、下手に緻密な計画を立てるよりも合理的だった。
慢心というよりは、きちんと彼我の戦力を測った結論だ。先程倒した
その辺りも一緒に説明したら、「たしかに」とニナは頷いた。
そして、彼女以外の質問は出なかったため、その場は解散となった。
だが、しかし、オレたちを敵に回したのであれば、もはや子細な情報なんて関係なかった。
二度と同様の事態を引き起こせないよう、徹底的に潰す。それだけである。
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