Chapter9-4 白兎の里(2)

 太陽がすべてを明るく照らす気持ちの良い朝。昨晩のホラー騒動が嘘のように、爽やかな風が吹く山林。


 しっかり朝餉あさげを済ませたオレたちは、予定通り廃墓地へ足を運んでいた。


 相も変わらずボロボロの墓地だが、陽が照っているお陰で、昨晩ほどの不気味さはない。幽霊ゴーストたちの気配も一切感じられなかった。むしろ、オレたちを見て慌てて逃げていく小動物たちがおり、ほんわかと和んでしまうくらいである。


「昨夜のホラー展開が嘘のようですね」


 カロンが複雑な表情で呟く。


 当事者だった彼女としては、何とも釈然としない光景なんだろう。話を聞く限り、かなり恐怖をあおられたみたいなので、無理もない反応か。


「あれは異空間での出来事だったんだから、気にしても仕方ないさ。現実だと、夜にしか幽霊ゴーストは現れてないんだろう、ユリィカ?」


「は、はい。幽霊ゴーストの仕業と思しき被害は、夜間にのみ発生してます。あと、ユリィが幽霊ゴーストを目撃したのも、今のところは夜だけです。一ヶ月近く調べてたので間違いないと思います……たぶん」


 最後に自信ない単語が付随してしまったが、土地勘のある者が一ヶ月も費やした情報だ。その確度はかなり高いと、オレは思っている。


 それはカロンも同じようで、「深く考えても無意味ですよね」と苦笑いを溢した。


「それにしても、よく幽霊ゴーストの追跡ができたわよね。一ヶ月もかけたとはいえ、大したものだわ」


「同意。現状、光魔法師じゃないと感知できないのに」


 ふと、ミネルヴァが感慨深そうに言うと、ニナもその通りだと頷いた。


 それに関しては、オレも同意見だった。まだ詳細に調べたわけではないが、あの幽霊ゴーストたちは実体がなく、魔力も極端に少ない。従って、通常の方法では感知が難しい存在なんだ。生命にまつわる能力を持つ、光魔法師が唯一と言って良い。


 ゆえに、ユリィカの努力は、素直に感心できるレベルだった。


 二人のセリフを聞き、他の面々もコクコクと首を縦に振る。特に、現メンバーで唯一の感知要員であるスキアは、ものすごい勢いでかぶりを振っていた。


 それを受けたユリィカは、白い頬を朱に染め、長い耳をパタパタと忙しなく動かす。


「そ、そんな褒められるほどのことじゃないですよ。地道に、足で情報を稼いだだけですから」


 村での被害情報を聞き取って洗い直し、犯人の出没エリアを特定。そこからは、とにかく監視を続けたという。幽霊ゴースト発見以降も、バレずに後を追うのは大変だったとか。


 溜息混じりに説明する様子が、彼女の今までの苦労を物語っていた。


 本来なら複数人で行う作業だからなぁ、それ。フォラナーダの暗部も、チームで実行しているし。


 ユリィカの苦労をヒシヒシと感じた一行は、それぞれ労いの言葉をかける。仲の良いニナに至っては、今度おごる旨を伝えていた。


「一つ疑問なんだけどー……、村のヒトたちは手伝ってくれなかったの? 最初の聞き取り程度なら、ユリィカさん自らやらなくても大丈夫だと思うんだけど~」


 そう首を傾げたのはマリナだ。


 彼女の質問は至極当然のものだった。


 村人たちには解決が難しいからこそ、優秀であるユリィカに助けを求めたのは分かる。多くの貴族子女を抑えて学園上位に入る彼女の才能は、片田舎では何でも出来る超人のように映るだろうからな。


 しかし、だからといって、すべてを投げっぱなしにするのは不自然極まりない。村に被害が発生している以上、協力し合うのが正しい形だろう。というか、協力してもらっているのは村の方だと思う。


 マリナの問いに対し、ユリィカの反応はというと、


「あはは。みんな、日々の生活が苦しいから」


 と、曖昧な笑みを浮かべるのみだった。


 たしかに、こんな辺境、かつ人気ひとけのない山の中で暮らしているんだ。豊かな生活は送れていないだろう。ありきたりな日常を維持するだけでも精いっぱいなのは、想像に難くない。


 だが、やはり疑問は解消しない。普段の生活がギリギリの村人たちが、被害の出ている問題をたった一人――しかも未成年の少女に丸投げにするかと。


 ユリィカ以外に漂う訝しげな空気。オレたちはお互いに視線を交わし合い、無言のうちに意見をまとめた。


 結論。ユリィカの故郷はキナ臭い。


 今回の幽霊ゴースト事件に直接の関わりがあるとは言わないけど、何か引っかかりを覚えるのは確かだった。調べておく必要があるだろう。


 それに、


『ユリィカは友だち。困ってるなら助けてあげたい』


 【念話】を用いて語り掛けてくる愛しいヒトニナの意思は尊重したい。


 オレとしても、ユリィカの才能が潰れるのはもったいない・・・・・・と思うので、協力を惜しむつもりはなかった。


 即座に、周囲で展開していた暗部へ【念話】で連絡。ユリィカの故郷を先行して調査しておくよう伝えた。


 ニナのみに分かるよう親指を立てて見せると、彼女は仄かに笑ってくれた。その笑顔、プライスレス。


 さて。


「雑談は程々にして、本題に戻ろう。スキア、この墓地で感知に引っかかるモノはあるか?」


 両手を軽く叩き、みんなの集中を集めてから質問を投げる。


 スキアは一瞬肩をビクリと震わせたものの、キョロキョロと周囲を見渡しながら答えた。


「い、いえ。こ、これといって、な、なな、何も感じません。ご、幽霊ゴーストの、こ、こん、痕跡も、ま、まったく」


「そうか」


「や、役に立たなくて、すすす、すみません!」


 新たな情報がなかったせいか、スキアは身を縮ませて謝罪を口にする。


 思ったより大袈裟な態度にオレは目を丸くしつつも、柔らかい口調を心掛けて返す。


「そんなに気にしなくていいぞ。現実のココは重要じゃないと分かったんだ。十分役に立ってるよ」


「そうですよ、スキア。幽霊ゴーストを感知できるのは、あなたしかいません。十分役に立っています。というより、同じ光魔法師なのに、そちら方面が全然感じ取れないわたくしが役立たず過ぎます……」


 次いでフォローするカロンだったが、途中より自虐に路線変更していた。ズーンと肩を落とす様は、不謹慎だけど、少し可愛い。


 まぁ、彼女は頭を撫でて上げれば復活するので、あまり気にしないでおこう。


 オレは、カロンの頭を撫でながら続ける。


「カロンの言う通り、キミはしっかり役に立ってる。気負いすぎる必要はないよ」


「は、はい。あ、ありがとうございます」


 僅かに頬を染めて頭を下げるスキア。


 一応、平静は取り戻せたかな? まだ、感情に淀みがあるけど、こればかりは今すぐ解決できそうにない。


 彼女は、これほど役に立つか否かを気にする子だったかな? そう怪訝に思うが、その辺りは後の課題としておこう。


 気を取り直して、話を進める。


「シオン。調査はどうだった?」


 こちらの声掛けと同時に、スッと隣へ姿を現す彼女。


 それを見た他の面々が、「そういえば姿がなかった」とか「いつの間に」みたいに瞠目どうもくしている。


 廃墓地に到着してすぐ、シオンは物理的な仕掛けの調査に乗り出していたんだけど、どうやら全員気づいていなかったらしい。


 うーん。毎度のこと、みんなはシオンの隠密を見破れていないな。その手の訓練は重ねているはずなんだが、一向に上達しない。いや、シオン以外の隠密は看破できているから、上達はしている。何がダメなのか不明だ。


 これも今後の課題だな。修行内容を、今一度考え直そう。


 そういった益体やくたいもないことを考えながら、シオンの方向に耳を傾ける。


「これといって、隠し部屋や罠等の仕掛けはございませんでした。異空間と同様に、石碑の下には地下空間はありましたが、そちらは普通のカタコンベでした。何者かが出入りした痕跡こそ窺えましたが、それも一年以上前のものであり、今回の一件に関係あるとは断言できません」


「追加情報ナシか」


「はい、残念ながら」


「いや、ありがとう。ご苦労さま」


「恐縮です」


 慇懃に一礼する彼女の姿は、まさに“デキる女”という感じだな。


 ただ、オレの目は誤魔化せないぞ。スカートの端に土汚れがついていることより、調査中に転んだのは明らかだった。あとで、改めて労ってあげなくては。


 とはいえ、やはり廃墓地に情報はなかったか。


「魔力的にも仕掛けの類はないし、ここは完全に外れだな。幽霊ゴーストが集まりやすい場所だっただけなのかもしれない」


 振り出しに戻ってしまったな、と頭を悩ませていると、不意にミネルヴァが声を上げた。


「ちょっと待ちなさい」


 彼女の表情は、疑念と呆れが混ざったようなものだった。


 オレは首を傾ぐ。


「どうかしたか?」


「『どうかしたか?』じゃないわよ。いつの間に、魔力的な調査をしたの」


「ここで雑談しながらだけど?」


 オレが、ただ雑談をしていただけのわけがあるまい。会話を交わしながら、この場で色々調査していたんだ。


 しかし、この回答では納得がいかなかったらしい。ミネルヴァは問い返してくる。


「探知系の魔力は感じなかったけど?」


「ボクも感じなかったなぁ」


「わたしもですー」


 探知系に明るいオルカやマリナも乗っかってきた。


 嗚呼、なるほど。自分たちの探知や【魔力視】に何も映らなかったために、オレが調査していたか分からなかったのね。オレの発言を疑っているのではなく、どんな手段を講じたかを知りたい感じか。


 隠す必要もないので、オレは素直に答える。


「【浸透】って魔法を使ったのさ」


 自身の魔力を、大地に練り込むように流していく術だ。効果自体はスキャンと同じだが、大地という物質に魔力を混ぜる性質上、ほぼすべての探知に引っかからない利点がある。デメリットとして、かなり時間がかかるけども。


 ちなみに、


「【浸透】し切った土地は、こうやって地形操作もできる」


 目前の大地を盛り上げ、東京タワーを作り出して見せる。うーん、ディティールが甘いな。


 一通りの説明を受けたミネルヴァたちは、先程よりも呆れの色を濃くしていた。


「魔力の探知って私たちくらいしか出来ないはずだけど、何で身内の対策技を作ってるのよ」


「土魔法の意味って……」


「ノマちゃん、泣いちゃいそう」


 ミネルヴァ、オルカ、マリナの三人は頬を引きつらせた。


 対して、カロンやニナは対極の反応を見せる。


「さすがお兄さまです!」


「ゼクスはこうでないと」


 それで良いのかと思わなくはないが、彼女たちらしい感想なので、深くはツッコミを入れない。


 残るシオン、スキア、ユリィカは沈黙を保っていたけど、どちらかといえば前者側だった模様。目元がピクピクと痙攣していた。


 オレの新たな魔法のせいで、妙な空気が蔓延まんえんしていたところ。タイミング良く、先行していた暗部の部下より【念話】が届いた。


『ゼクスさま――』


 ふむ。それは興味深い。


 報告を聞き終えたオレは、密かに笑みを浮かべる。


 そして、他の面々へ告げた。


「これからユリィカの故郷へ向かうぞ。どうにも、一体の幽霊ゴーストが暴れてるらしい」


 手掛かりが途絶えたと心配したけど、まだまだイベントは目白押しのよう。全然嬉しくないよ。

 

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