Chapter9-3 納涼(7)

 濃密な殺気を放つ首無し騎士アンデッドを前に、わたくしは小さく溜息を溢します。


 ここに来て、本格的な不死者アンデッドの登場ですか。いえ、幽霊ゴーストや人魂の時点で薄々感づいてはいましたが、これほど人外感をプッシュされると、逆に怖くありませんね。魔獣と大差ないです。


 とはいえ、【シャインブースト】で強化済みの【ディア・カステロ】を突破してきたのですから、油断できる相手ではないでしょう。少なくとも、最上級魔法を超える威力の技を保有していらっしゃるのは確定です。


 おそらく、かの者の内部にひしめく『呪い』を利用したのだと予想します。首無し騎士デュラハンは他の幽霊ゴーストと同様に魔力はほぼゼロなのですが、その代わりにギッシリと『呪い』が詰め込まれているのですよね。それが原動力なのは間違いないでしょう。


 大雑把に感じる相手の力量からして、わたくし単独もしくは魔力が十分残っていれば、戦うのに苦労しないと思います。


 ですが、現状はどちらの要素も満たしておりません。スキアに首無し騎士デュラハンは荷が重いですし、守りながら戦闘するには魔力が足りない。


「短期決戦ですね」


 守れない以上、攻めるしかありません。


 逃亡の選択肢も一応考えましたが、それは難度が高い気がします。あちらがバリバリの前衛に対して、こちらは両者とも後衛職ですからね。彼我の実力差が小さい今、背を向ける方が危険でしょう。


「スキア、常にわたくしの背後にいなさい!」


「は、はいぃ!」


 背後で転がっていたスキアへ強めに声をかけたところ、いつもより調子の外れた返事が返ってきました。


 もしかしたら、突然の襲撃に唖然としていたのかもしれません。この辺りは実戦不足ゆえに、仕方ない部分ですね。


 もはやスキアに構っている余裕はないため、彼女より意識を外そうとしました。しかし、その寸前にスキアが言葉を続けます。


「き、気をつけてください、カロンさま。そ、その化け物デュラハン、ご、幽霊ゴーストと同じく魂は空っぽですが、ほ、他のものが、た、たくさん詰め込まれています。の、『呪い』以外にも、ど、ドロドロとしたものがッ」


「ありがとうございます」


 礼を申し上げてから、わたくしは完全に戦闘へと意識を傾けました。


 首無し騎士デュラハンの中身とやらは気になりますが、今は情報が足りません。警戒する以上の対策は無理でしょう。


 スキアと話しながらも牽制の殺気を放っていたお陰か、敵は登場時より動いておりません。抜き身の大剣を掲げるだけでした。


 ですが、それも終わり。こちらの会話が途切れたタイミングを狙い、首無し騎士デュラハンは飛び込んできました。大地を爆発させ、音速に迫る勢いで。


 まさか、正面突破を図るとは驚きましたが、その程度の速度なら問題はありません。お兄さまは、もっと早いですよ。


 わたくしも冷静に対処へ乗り出しました。自前の【位相隠しカバーテクスチャ】より巨大ハンマー『シャルウル』を取り出しつつ、高火力の魔法を発動します。


 選択した術は、オリジナルの火・光合成魔法【フシールス】。核として用意した火魔法を、光魔法によって加速させる【銃撃ショット】のようなものです。過去にお兄さまの語られた『電磁加速』から着想を得ました。


 効果範囲と射程は核のサイズ次第ですが、最小で直径五センチメートル/飛距離五メートル、最大で直径五メートル/飛距離一キロメートルですね。わたくしの持つ高火力の攻勢魔法の中では、一番対個人向きの術でしょう。


 今回は、最大火力で放つ必要はないため、範囲は少し多めの直径二メートルに設定。飛距離は気にしません。


 首無し騎士デュラハンが半分も距離を縮めないうちに、わたくしは【フシールス】を発射しました。黄金と赤の入り混じった光線が手元より伸び、敵を含めた正面の景色一切を呑み込んでいきます。


 嗚呼。言い忘れておりましたが、威力は申し分ありませんよ。何せ、お兄さまの五重結界を突破しましたもの。


 どの規模でも同様の火力を生み出せるのが、この魔法の利点でしょう。そも、威力は調整できませんし。


 さすがに、【フシールス】を受けて無事で済むとは考えられませんが、如何いかがでしょうか。


 目映い光の中に消えた首無し騎士デュラハンですけれど、わたくしは魔法を止めません。決め技を使った直後こそ一番隙だらけだと、お兄さまが口を酸っぱくして仰っておりましたので。ここで油断しては、あとで地獄の特訓が確定してしまいます。


「スキア!」


 【フシールス】発動の影響で、魔力や光、熱による探知は難しい状況です。そのため、それ以外の感知が行えるスキアに声をかけました。


 背後にいる彼女の顔は窺えませんが、現状をよく理解してくれているようです。即座に応答がありました。


「やられていません! 少しずつ前進していますッ」


「ッ」


 自慢の技で倒せないのは、思った以上に悔しいですね。手持ちの中で、もっとも火力の高い魔法のはずなのですが。


 これに耐え切るとなれば、首無し騎士デュラハンは他の幽霊ゴーストたちと違い、光への弱点を有していないのでしょう。それどころか、耐性や特攻持ちである可能性が高いです。強化された【ディア・カステロ】が斬り裂かれたのも納得ですね。


 有象無象の敵で消耗させてから、まったく反対の耐性を有する強敵を当てる。とても有効的で、ものすごく嫌らしい戦術です。これを考案した人物は、相当性格が悪いと思います。


 しかし、困りました。最大火力技で倒せないとなると、もはや首無し騎士デュラハンの突破は不可能に近いでしょう。


 火魔法オンリーで攻めるのもアリですが、そちらにも耐性があったら、目も当てられません。逃亡用の魔力まで消耗してしまうのは避けたいところ。


 どうしたものかと悩んでいるうちに、とうとう首無し騎士デュラハンは【フシールス】の壁を突破してしまいました。


 全身が真っ黒に焦げ、動きも僅かに鈍っていますけれど、五体――四体満足の状態です。


 わたくしが【フシールス】を破棄して上級火魔法の【ブレイズウォール】を展開するのと、首無し騎士デュラハンが突貫してくるのは同時でした。


 目前にそびえる炎壁と大剣の衝突に、周囲一帯へ轟音が鳴り響きます。その後も、何度か剣戟の音が聞こえましたが、【ブレイズウォール】が破られることはありませんでした。


 やはり、光魔法への特攻を有しているよう。火魔法は大丈夫なのは幸いですが、厄介なことには変わりないです。


 壁の突破を諦め、横から回り込んできた首無し騎士デュラハンわたくしはそれを牽制するため、上級火魔法の【崩炎ほうえん】を放ちます。


 床を撫でる炎の波に足を取られた敵。その隙を突かない手はないでしょう。


「【ボルケーノランス】」


 詠唱で威力を補強し、直径十メートルはある炎槍を投げつけました。


 ですが、直撃とはなりませんでした。首無し騎士デュラハンは自らの得物を前にかざし、盾として扱ったのです。


 炎槍の突き刺さった大剣はドロドロと溶解してしまいますが、肝心の本体は無傷で済んでしまいました。


 その頃には向こうも【崩炎ほうえん】を抜け出しており、再び走り出してきます。


 ここまで来ると、接近は許容するしかありません。すでに、魔法で牽制する距離ではありませんでした。


 覚悟を決め、わたくしは防火布を剥いだ『シャルウル』を構えます。【身体強化】を筆頭に、接近戦に有用な強化バフも盛りましょう。残存魔力的に、焼け石に水の効果しか得られないとは思いますが、やらないよりはマシです。


 それから、わたくし首無し騎士デュラハンによる近接戦闘が開始されました。


 やはり、純粋な前衛職の相手は厳しいところがあり、時折スキアが闇魔法でフォローしてくださらなければ、五分と持たなかったでしょう。


 とはいえ、この均衡が保っていられるのも時間の問題です。


 元々、スキアは魔力が尽きかけていました。このペースで魔法を使い続けると、十分もせずに気絶してしまうと思われます。


 そして、その瞬間は訪れてしまいました。


 バタリと、背後より何かの倒れる音が聞こえました。その原因など言をまたないです。それ以降、スキアによる魔法の援護は途絶えました。


 そうなれば、形勢は一気に傾きます。膨大な呪いを込めた剣戟をわたくしさばき切れず、徐々に手傷を増やしていきました。致命傷こそ回避していますが、危険な一撃を貰ってしまうのも時間の問題です。


「しまっ」


 ついに、と言うべきでしょうか。増えていく傷のせいで手元が狂い、致命傷となる攻撃への防御が遅れました。これを通してしまえば、わたくしの肩から腹までがバッサリ斬り開かれます。


 何とか身をよじって避けようとしますが、あまりにも無駄な努力。歯を食いしばって、迫り来る衝撃に耐えるよう、気合を入れ直すしかありません。


 ところが、ついぞ想像していた強烈な痛みは襲ってきませんでした。


「【格子切断レッド・コルタドーラ】」


 突如として響いた冷たく低い声。それと同時に、首無し騎士デュラハンは数多の小さな立方体へと分割されてしまいました。


 あまりにも無慈悲な攻撃でしたが、わたくしに悲嘆はありません。むしろ、最高潮にテンションが上がっています。


 ボタボタと落ちる残骸に目もくれず、わたくしは声の主の方へ視線を向けました。


 背後――スキアの隣には、想像通りの人物が立っておられました。


「お兄さまッ!」


 歓喜に声を震わせ、わたくしは愛しのお兄さまへ抱き着きます。


 嗚呼。この温もり、この匂い、この硬さ。間違いなくお兄さまです!


 まるで物語のように、見事なタイミングで現れるお兄さま。絶対に、わたくしたちは運命の糸で結ばれているに違いありませんッ!


 愛しております、お兄さま!


 この後に駆けつけたミネルヴァたちに引きはがされるまで、わたくしはお兄さまの胸に頭をこすり続けました。


 むぅ、まだまだ抱き着いていたかったのに。

 

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