Chapter9-3 納涼(6)

 スキアの案内で辿り着いたのは墓地でした。


 長い間を放置されていたせいか、森の中にあったせいか、それとも両方か。原因は定かではありませんが、ものすごくボロボロの墓地です。墓石のほとんどが砕けて風化し、一面は草でビッシリと覆われています。墓地跡と表現する方が適当かもしれませんね。


 一連の事件の元凶があると推測し、この場所に足を運びましたが、十中八九当たりでしょう。


 何故なら、ここには大量の幽霊ゴーストたちが集結していたのです。現在進行形で【ディア・カステロ】の壁をバンバンと強烈に叩いています。ケタケタ笑いながらの奇行は恐怖をあおるので、正直止めてほしいですね。こちらの指示には従ってくれません――試しはした――ので、努めて無視するしかありませんが。


 加えて、墓所には火の玉がいくつも浮遊しておりました。青白く発光するそれは、まさに物語で聞き覚えのある『人魂』そのものです。


 火の玉に関しても、【ディア・カステロ】を突破できなかったのは安心しました。


 どこを見てもホラーな景色に些か目眩めまいを覚えながら、わたくしはスキアに尋ねます。


「何か分かりましたか?」


 誠に悔しいところですが、情報収集については彼女に頼る他ありません。わたくしは、このような幽霊ゴーストの巣窟に辿り着いても、魔力が欠落している点しか把握できませんもの。


 しかし、肝心のスキアも首を横に振りました。


「も、申しわけございません。ご、幽霊ゴーストの数が多すぎて、か、感知しにくいです」


「なるほど」


 指摘されて納得しました。『魂の残骸』を手掛かりに動いていたため、幽霊ゴーストの群れを前にしては、ヒントなど発見できないでしょう。人混みより特定人物を探すようなものです。


「謝らなくて大丈夫ですよ。これだけウヨウヨいるのですから、仕方ありません」


 彼女へ慰めの言葉をかけつつ、思案しました。


 とはいえ、思考を回す時間は多くありません。わたくしに実行可能な手段など僅か。こういった場合、結論はシンプルな方が良いと個人的には思います。


「先刻は、突然の事態とあって慎重を期しましたが、今は違います」


 よくよく考えれば、幽霊ゴースト系の弱点は、炎や光だと相場が決まっています。


 要するに、敵の数が多くて感知しづらいのなら、それ自体を減らしてしまえば良い。


「使う術は……幽霊ゴースト相手ですので、これが最適でしょうか?」


 効果があるかは不明ですけれど、試運転として、近場の敵へ上級光魔法の【浄化】を放ちます。本来は身を清めて汚れを落とす魔法ゆえに、攻撃性は皆無なのですが――


「ご、幽霊ゴーストが、し、消滅していきますッ」


 スキアの言葉通り、【浄化】の光に触れた幽霊ゴーストは消え去りました。そのようなものは最初から存在しなかった。そう言わんばかりに跡形もなく。


 どうやら、【浄化】には霊を祓う効果もあったようです。新発見ですね。発見する機会自体、巡ってきてほしくなかったですけれど。


 わたくしは小さく溜息を吐き、スキアへ声をかけます。


「スキアも手伝ってください。わたくしは防御へも魔力を回さなくてはいけませんから、あなたの力が必要です」


「は、はい。お、おま、お任せください!」


 その後、二人で協力し、幽霊ゴーストの群れを一掃しました。


 だいたい三十分ほどは費やしたでしょう。そのせいで、スキアの魔力はほぼ空っぽです。


 わたくしも三分の二程度が削れてしまいました。身内との模擬戦以外だと、ここまでの消耗は初めてかもしれません。


 お兄さまのご指示で、今はもう魔香花による増強は行っておりませんが、それでも常人を遥かに上回る魔力をわたくしは有していました。それが大量に削れたという状況から、どれほど多くの幽霊ゴーストがいたかは容易に想像がつくかと思います。


 スキア単独だったり、フォラナーダ以外の一般人が巻き込まれていたら、危機を打破することは難しかったでしょうね。


 『自分が巻き込まれて幸いだった』と複雑な気分の感想を抱きつつ、軽く乱れた息を整えるわたくしたち。


「スキア。改めて手掛かりを探しましょう。捜査に関しては、あなたしか出来ませんので」


「は、はは、はいッ」


 これは失敗しました。些かプレッシャーをかけすぎたようです。弟子でもあるせいか、ついつい期待を込めすぎてしまうのですよね。彼女、魔法関係の筋がとても良いので。


 まぁ、問題はないでしょう。


 態度こそオドオドしているスキアですけれど、精神面はかなり図太い方だとわたくしは感じています。何だかんだ、仕事をこなす際はほとんど完璧ですし。むしろ、わたくしより器用な気がします。


 しばらく周囲を見渡していた彼女は、ふと、とある一点に視線を固定しました。何かを発見した模様です。


「こ、こちらに、な、何か、あ、あります」


 指差す先は墓地の最奥でした。――崩れた門があったので、あちらが奥で間違いありません。


 一番奥に重要そうなものを設置しているとは、如何いかにもですね。ここは人為的に作られた場所なのだと、今さらながら実感します。


「向かいましょう」


 罠の可能性もありますが、ここに留まっていても問題は解決しません。


 本当はもう少し休憩を挟みたいところでした。わたくしがようやく半分、スキアは魔法を数発撃てる程度しか回復していませんもの。


 しかし、悠長に過ごす時間はありませんでした。何故なら、新たな幽霊ゴーストが近寄ってきているのを目撃してしまいましたから。


 歩くこと数分。到着した先にあったのは、大きな石碑だっただろう代物でした。経年劣化により土台以外が崩壊しており、今や見る影もありません。その原型を、かろうじて想像できる程度です。


「こ、ここに、お、おお、多くの『魂の残骸』が、し、集約されています。ち、地下が、あ、ありそう?」


 その石碑跡に近寄りながら、スキアが口を開きました。


 わたくしはまったく感知できませんが、彼女が興味深そうに石碑を眺めている様子から、よほど重要度の高いものだと判断できます。


 念入りに調べたいらしく、先のセリフを最後に、スキアは沈黙してしまいました。キョロキョロと些か挙動不審な感じで動いていますが、声は一切発せられません。真剣な面持ちで、石碑を観察しています。


 こういうところに、彼女の性格が表れていますよね。他者との交流スキルは壊滅的ですけれど、生真面目で勤勉。チェーニ家の一件より愛の深い子であるとも分かっています。


 性格も能力も、スキアは素晴らしい女性です。わざわざお兄さまが勧誘したのも納得でした。今までの生活からも理解はしていましたが、こういった緊急事態でも崩れない辺り、より強く実感しました。


 たぶん、スキアは自分を偽らない――いえ、偽れない子なのでしょう。己を欺くことが圧倒的に苦手。だから、他人との交流に難が出てしまう。


 そう考えると、彼女も不器用の部類ですね。手先等は器用で間違いないですが、性格が不器用とでも申しましょうか。ふふ、親近感が湧きます。


 そんな風に益体のないことを考え頬笑んでいたわたくしでしたが、不意にそれ・・を察知しました。


 微かでおぼろげ・・・・で遠いそれ・・に、スキアは未だ気がついていない。


 わたくしは【身体強化】のギアを一気に上昇させ、スキアの体をこちら側へ引っ張り寄せました。「ぐぇ」と乙女らしからぬ声を彼女があげてしまいましたが、気に留める余裕はありません。


 次の瞬間、石碑跡が爆発しました。――否、地下よりの一撃により吹き飛びました。


 そこは【ディア・カステロ】の影響下だったはずですが、見事に打ち破られています。やはり、スキアを抱き寄せたのは正解でしたね。


 石碑の残骸と【ディア・カステロ】の残滓がパラパラと散る中、わたくしは襲撃者を見据えました。


 石碑跡のあった床には、成人男性が三人通れそうな穴が開いていました。そして、その横には、全身を鎧で包んだ騎士が一人。


 しかし、ただの騎士ではありません。錆びついた鎧と大剣を携えた彼には、首が存在しませんでした。


 ――首無し騎士デュラハン


 かつて読んだ本に登場していた不死者アンデッドが、わたくしたちに強烈な殺気を放ちました。

 

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