Chapter9-2 フォラナーダ式、政略戦争(1)

 政略を仕掛けるとなれば即行動! ……と言いたいところだけど、一旦思い留まった。


 というのも、オレの想定では、かなり大きく動く必要があるんだ。独断で実行してしまうと、あとでみんな――特にミネルヴァやオルカ――に色々ツッコミを受ける可能性は高い。そんな面倒な事態は回避したいので、一度合流して情報共有することにした。


 オレたちが宿へ戻ったのが日暮れ頃だったこともあり、夕食を済ませた後にゆっくり説明することにする。


 即日行動に移したい意気込みではあるけど、実際はそこまで急ぐ必要性はなかった。【位相連結ゲート】やツテを考慮すると、アドバンテージは圧倒的にこちらが上だ。拙速せっそくよりも確実性を求めた方が良い。


 ちなみに、スキアも宿へ戻ったのは、彼女の身柄の安全性の問題だ。家族水入らずを許したいところだが、相手が強硬手段に出ないとも限らない。


「スキアは、わたくしたちが絶対に守ります!」


 食後のお茶の時間を用いてチェーニ家の抱える事情を話し終えると、カロンがそう力強く宣言した。


 いつもの面子のうち、スキアと一番関わりが深いのは彼女だ。同じ光魔法師として、そちら方面の教導を任せている。ゆえに、誰よりもスキアを助けたい気持ちは大きいんだろう。その熱心さは一挙一動から感じ取れた。


 当のスキアも、カロンのセリフには感激しているよう。コミュ障のせいで、その場で打ち震えているだけだけど、感情は分かりやすく歓喜を表している。


 そんな二人の様子にオレを含めた全員がホッコリしていると、ミネルヴァが口を開いた。


「スキアの身をハンダールーグ家が狙っている。その状況は理解したわ。それで、あなたはどう動くつもりなの? チェーニ子爵家に助力するといっても、やり方は多岐に渡るわ」


「案外、乗り気なんだな」


 いつもの彼女なら軽い憎まれ口は叩くと踏んでいたけど、思った以上に素直だった。


 オレの返しに、ミネルヴァは不愉快そうに眉根を寄せる。だが、反論しづらいものだと自覚しているようで、フンと鼻を鳴らすに留まった。


「もちろん、チェーニ子爵はさっさと引退した方が良いと思ってるわ。後継候補の二人は、すでに成人しているわけだし。でも、それとこれとは話が別でしょう。この問題の根本的原因は私たちにある」


 そこで言葉を区切り、その美しい黒の双玉に僅かな怒りを湛えて細める。


「つまり、相手方は私たちを侮ってるのよ。光魔法師の希少性に目がくらんだのも理由でしょうけれど、非道を働かない範囲かつ物理的に手を出さないのであれば、フォラナーダは何もできないと考えてる。そんな侮辱を放っておけるはずがないわッ」


 おおう。ミネルヴァは、カロンとは別方向に燃え上がっていらっしゃる。スキアの身も当然案じているんだろうけど、それ以上に、ハンダールーグ家の吐き捨てた唾が許せなかったみたいだ。これなら、こちらの立てた計画にも賛同してくれそうである。


 オレは、ミネルヴァの意見に首肯する。


「あちらさんが、フォラナーダの政治手腕を見くびってるのは確かだろうな。表立ったところはウィームレイの功績に回してたし」


 彼が王座につけば、フォラナーダが将来的に動きやすくなる、そのため、彼の功績になりそうな案件は譲っていたんだが、それが妙な形でアダとなってしまった。


 割と驚いているんだよ。オレが行っていたウィームレイへの支援は、調べようと思えば裏が取れる。事実が露見しても、力ある部下を持っていると評価されるので、頑張って隠蔽する必要はなかった。


 その程度の調査もこなせないほど、公爵家の力は弱くないはずなんだが……。


 拭えぬ違和感を覚えながらも、言葉を続ける。


「これからの動きについてだけど……その前に、キミたちの情報も教えてくれないか? 実際に街の様子を見た感想を知りたい」


 これに対して、キョトンと首を傾げたのは二人。


「特に、問題のない街でしたよ。規模も住民も建物も、一般的な子爵領都だと思います」


「カロラインと同意見なのは癪だけど、私も同じね。特段、トラブルの臭いは感じなかったわ」


 カロンとミネルヴァの発言に、『だろうな』とオレは内心で頷いた。


 言い方は悪いが、二人とも箱入り娘の貴族令嬢だ。いや、かなりアグレッシブではあるし、各分野で優秀な成績を残してはいるけど、“市井”という外の世界に詳しくはない。そんな二人が、たった半日の観光で些細な異常を見抜けるわけがなかった。


 現に、他の面々の認識は異なった模様。


 まず、マリナが言う。


「わたしは、ちょっと市場に活気がなかったかなぁって思うな~。あと、心なしか、お野菜が高かった気もする」


 彼女の発言をオルカが継ぐ。


「ボクは市場のヒトたちと少し話をしたんだけど、どこの店も、いつもの仕入れ業者が最近は顔を見せてくれてないんだって。今は領主側が紹介してくれたところから、商品を買い取ってるらしいよ。この話を聞いた時は不思議だったけど、ゼクスにぃの情報を聞いて納得した」


 輸出入を制限された影響だな。野菜の値上がりが早いのは、チェーニ子爵領は農作に向いてない土地だからだと思われる。輸入品が多かったんだろう。


 次に口を開くのはニナだ。


「冒険者も妙だった。特に、高ランクのヒトたちが。たぶん、子爵領から移動できないのが、ストレスなんだと思う。まだ『少しイラ立ってるかな』って程度だけど、いつまでも我慢できる連中じゃない」


 冒険者、か。下位ランクは地元に留まって仕事をこなす者が多いけど、高ランクは逆に各地を飛び回るタイプが多いからなぁ。フォラナーダを中心に活動している『紅蓮薔薇レッドローズ』が珍しいんだ。


 お世辞にも良いところの出とは言えない連中ばかりだし、暴れ出す前に対処しなくてはいけないな。


 最後にシオンが語る。


「私の方は、領都内および近隣の村を、暗部の一部を使って調査させました。ざっと調べた限りでは、ゼクスさまが仕入れられた情報と相違はありません。領民への影響は多少の価格高騰程度で済んでいますが、冒険者や行商人等の流れの者たちは、少なからぬ不満を溜めている様子です。無論、領主側も色々と支援をしているようですが、いつまでも現状維持とはいかないでしょう。抑えられても半年が限界だと、冒険者ギルドの支部長と商業ギルドの支部長らは仰っておられます」


 説明の後、彼女は複数の資料をこちらへ渡してきた。


 さすがは元諜報員。こと情報収集においては、この場にいる誰よりも巧みだな。部下の手も借りたとはいえ、裏付けを取り、資料まで作成し終えている。


 何も見つけられなかったカロンとミネルヴァは、バツの悪そうな表情を浮かべているが、こればかりは仕方ない。適材適所というやつだもの。


 ただ、そうは言っても気落ちしているのは変わらない。あとで慰めておこう。


 ザっと資料を読み、お互いの情報の差異は誤差程度だと把握する。立案していた計画を訂正する必要はなさそうだった。


 オレは「さて」と声を上げ、皆の注目を集める。


「オレたちの、今後の動きについて話そう。といっても、奇抜な作戦をしようってわけじゃない。相手がお望みの政略を仕掛けるつもりだ」


 ハンダールーグ家は、政略ではフォラナーダを出し抜けると考えた。であれば、そのケンカを買う以外の選択肢はない。同じ土俵で戦い、相手の戦意を潰そうというわけだ。


 これはハンダールーグに限った話ではない。かの家のように大手を振るってはなくとも、ちょろちょろとうごめいている連中はいた。そういう有象無象たちも、この際に一掃してしまうのが得策だろう。


 それを聞いたミネルヴァは、意地悪げに笑った。


「なるほど。私たちに話を聞かせた一番の目的は、根回しの手伝いね」


「その通り。オレが手を回すより最適な面々が、この場には揃ってるからな」


 名の通った面子が多いのも、フォラナーダの強みと言えよう。


 この場にいる全員を見渡し、オレは告げる。


「ハンダールーグ含む敵に回った連中に知らしめてやろう。フォラナーダに――オレたちの身内に手を出したら、火傷じゃすまないってことを」


 はい、と異口同音の声が返ってくる。


 その時のみんなの瞳には、十分なほどのヤル気が漲っていた。

 

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