Chapter9-1 チェーニ家(6)
いきなり当主の私室に入ってくるなんて、どこのバカだ?
……まぁ、先のセリフより正体に見当はついているけどさ。察しているからこそ、現実逃避したい時だってある。
どうやら、この場にいた他三名も同様の感想を抱いている様子。いや、オレ以上か。頭痛でも堪えるかのように、三人とも頭を抱えていた。顔色も青いよ。ご愁傷さま。
冗談はさておき、状況を整理しよう。
入室してきたのは、身長二メートルにおよぶ骨太の男性だ。筋肉の付き方からして戦士ではない。単純に、遺伝的に大柄なだけだろう。至極色の瞳に宿る嘲笑を除けば、顔立ちはアーヴァスに似ていた。
事前に調査しておいた資料に、該当する人物がいる。チェーニ子爵家の本家であるチェーニ伯爵家の次男、アロガン・ミェーリエ・ユ・サン・チェーニ。今年で二十歳を迎える青年で、あの体躯にも関わらず生粋の魔法師だとか。
身なりや先の発言、スキアたちの反応を鑑みて、まず間違いないだろう。
チェーニ家の使用人とアロガンが連れてきたと推定される部下が、アロガンの後より慌てて到着した様子を見るに、この騒動は彼の独断である可能性が高い。というか、そうでなければ正気を疑う蛮行だった。彼の部下たちが超スピードで平謝りを始めたのは、気の毒に思うのと同時に正直安堵したくらい。
その最中、チェーニ家の使用人がアーヴァスへ事の経緯を耳打ちしたので、強化した聴力で盗み聞きをさせてもらう。
アロガンは、つい先程、面会予約なしに訪問してきたらしい。本家の者とあって無下に追い払えず、応接室に通したのだとか。しかし、彼は僅か五分待機しただけで『早く当主を出せ!』と怒鳴り散らし、最終的には屋敷内を突貫し始めたという。結果が現状だ。
一応、使用人の何人かが止めに入ったようだが、殴り飛ばされてしまったよう。
子爵家のセキュリティの甘さを嘆けば良いのか、アロガンの暴挙を糾弾すべきなのか、少し悩む経緯だな。
「おい、子爵!」
使用人の説明が終わったタイミングで、アロガンの怒声が響く。
どうやら、部下たちの制止は無為に帰してしまった様子。五人もいた彼らは部屋の隅で伸びており、もはやアロガンを止める者は存在しなかった。
魔法師のくせに、手癖が悪すぎないか?
一瞬、どこぞの妹の姿が脳裏を過るけど、比較に出すのが失礼なほど別ものだ。原作で悪役令嬢だった彼女でも、ここまで節操ナシではない。
とはいえ、アロガンが正気を失っているわけでもなかった。これが素なんだと、彼のプロフィールを読んでいたオレは知っている。
アロガンという男は、典型的な小者だ。上には
総評として、大きく見えるのは家柄と体格のみ。根は小心者で姑息な人間、というのがアロガンだった。
まぁ、魔法の腕はそれなりにあったようだが、A1にギリギリ入れるかどうか程度。やはり、小者であることは間違いない。
話を戻そう。
小心者のアロガンが、このような暴挙に出ている。それすなわち、今の問題は揉み消せると判断しているわけだ。
チェーニ子爵家は格下の分家、かつ経済攻撃によって陸の孤島と化している。たしかに、先に根回しを行えば、この場での一件が明るみになる可能性は低いだろう。
しかし、妙なんだよな。
このタイミングで訪ねてきたのであれば、アロガンはハンダールーグ側の使者だと推定される。チェーニ伯爵家はハンダールーグ公爵家の派閥に属しているので、不思議なことではない。
だが、やはりおかしい。
どうして、アロガンが使者に選ばれた? 経済攻撃で“鞭”を与えている今、もっとも有効な交渉者は優しく手を差し伸べてくれる“飴”のはず。ここで鞭の追撃なんて、明らかな失策だった。
オレが状況を訝しんでいる間にも、アーヴァスとアロガンが問答を始める。
「何でしょうか、アロガン殿。私の部屋にまで無断で突撃し、そのうえ暴力行為まで働くなど、とうてい許されるものではありませんよ」
アーヴァスは立ち上がり、アロガンを見据えた。
対し、彼は不遜に鼻を鳴らす。
「フン。こんなもの暴力とは言わんわ。ただのシツケにすぎん。それに、俺は無断で侵入などしていない。そこにいる使用人が案内してくれた。なぁ?」
「ひぃ」
出入り口の傍に隠れていた使用人の女性へ、笑顔を向けるアロガン。それを受けた彼女は小さく悲鳴を上げ、顔色を真っ青にした。
なるほど。暴行は身内へのシツケで片づけられるし、ここへ突撃したのも、道中に脅した使用人が案内してくれたと言い張れるわけか。
苦しい言いわけだが、根回しに自信を持つ彼なら何とかできるんだろう。資料通りの
まぁ、すべては
オレはアロガンと対峙するアーヴァスを見た。彼もコチラに目を向けており、無言のうちに頷き合う。
当主を務めているだけあって、この手の探り合いは問題ないようだな。
任せても大丈夫そうなので、オレは【
ちなみに、スキアも一緒に隠れている。彼女がこの場に居合わせるのは、どう事が運ぶか予想し切れないゆえに。
オレたちが消えるのを見届けたアーヴァスは、溜息を堪えた感じで口を開く。
「では、アロガン殿。この度は
「そう難しい話ではないさ。俺はその公爵家の使者だ。本家の者が交渉役を務めた方が、お前たちも応じやすいだろうと閣下はお考えになった」
「それはそれは。慈悲深い配慮に感謝せねばなりませんね」
「そうだ、感謝しろよ」
アーヴァスの皮肉に、アロガンは鼻で笑いながら答える。
子爵家側の立場が弱い以上、どれだけ強がっても無意味の模様。アーヴァスもそれは理解できているようで、さっさと話を進める。
「そちらの要望はお変わりなく?」
「無論。こちらの要求はただ一つ。光魔法師の力に目覚めた、スキア・ソーンブル・ユ・ガ・タリ・チェーニの身元を引き渡すこと。さすれば、この地に課した制裁は解除すると約束しよう」
やはり、ハンダールーグ家が欲するのはスキアの身柄か。誰も明言していなかったため、今やっと予想が事実に置き換わった。
部屋の隅で大人しくしているスキアも、自身が要求されている現実を目の当たりにし、肩を震わせている。
よく我慢している方だ。感情より窺える動揺的に、もっと喚き散らしたいだろうに。
「それは……」
改めて突きつけられた要望に、アーヴァスも表情を固くした。
それを認めたアロガンは、大仰に肩を竦める。
「何を
「娘はフォラナーダと約定を交わしています。それを、私の一存で反故にすることはできません」
アーヴァスの問いは、オレが一番気にしていた部分だった。国内最大勢力のフォラナーダに睨まれる危険性を、相手方はどう捉えているのか。
ところが、アロガンの回答は煮え切れないものだった。
「その辺りは、公爵家の方が交渉して解決する事柄だ。お前には関係ない」
言葉尻を掴ませないセリフだな。公爵家より指示されているのかは判然としないけど、声音は頑な。ここを攻めても、実りある情報は得られなさそうだった。
二人は会話を続ける。
「そもそも、スキアが光魔法を扱えるようになったのは、フォラナーダ伯爵が治療を行ってくださったお陰です。それを横から奪うことなど、フォラナーダ家にケンカを売るのと同義ではないでしょうか」
「その点も先程と同じだ。公爵家の方々が考慮する内容であって、お前には関係ない」
「しかし――」
「うっせぇなぁ!」
なおも言い募ろうとするアーヴァスだったが、それをアロガンが怒鳴り上げて止めた。
彼はイラ立たしげに後頭部を掻き、告げる。
「お前がこっちの要求に頷かないのは、そんな理由じゃないだろう? まぁ、さっきの言い分も間違っちゃいないんだろうが、根っこの部分は違う。お前は娘の意思を尊重したいから、俺たちを拒絶してるんだよ」
「ちが――」
「違わねぇよ」
それは貴族にあるまじき動機だ。当然、即座に否定しようとするアーヴァスだけど、それさえもアロガンに遮られる。
「分家だから責任感が薄いのかは知らねぇが、お前は貴族失格の甘ちゃんだよ。昔から甘いとは思ってたが、ここまでくると軽蔑するぜ。領民よりも娘一人の意思を重視するなんて反吐が出る」
汚らわしいものを見るかのようにアーヴァスを、そして夫人のフロノアを睨み、アロガンは舌を打った。
「今日のところは帰る。物資不足の場所に残っても仕方がないし、返事もすぐには出ないだろうからな」
そう言って、彼は足を踏み鳴らしながら退室していった。あの勢いのまま、城からも出ていくと思われる。
沈黙が支配する室内に、ドサリと音が鳴った。アーヴァスがソファに座り込んだんだ。座ったというよりは、崩れ落ちたという方が適当かもしれないが。
「あなた!」
「お、お父さん!」
夫人が即座に寄り添い、スキアも【
妻子の心配を受け、アーヴァスは笑った。ほぼ初対面のオレでも、無理やり作ったと分かる表情だ。
彼はこちらを向き、苦笑いを浮かべる。
「情けないところを見せて、申しわけありません」
「まぁ……ご苦労さま」
否定できる部分はないので、曖昧なセリフを返した。
彼は乾いた笑声を溢す。
「アロガン殿の指摘は正しい。私は貴族失格なのですよ。一応、彼らの要求を拒絶する理屈は考えましたが、もっとも重視していた理由は、『スキアの意思を曲げたくなかったから』なのですから」
実のところ、アーヴァスの真意はオレも感づいていた。世間一般のチェーニ子爵分家の評価やスキアの語る人物像、加えて今回の面談。それらを総合すると、彼が何よりも家族を大事にするヒトだと判断できたために。
たしかに、貴族としては落第だ。もしもミネルヴァがこの場にいたら、『さっさと爵位を後進に譲りなさい!』と大激怒すると思う。元一般人のオレ以上に、彼は貴族に向いていない。
でも、オレは嫌いではないんだよなぁ。
家族を守りたいという根本は、オレと近しい性質だろう。だからこそ、それをダメだと切り捨てることはできなかった。
それに、彼の判断はあながち間違っていない。ハンダールーグ家は交渉次第だと考えているようだけど、スキアを横取りして、オレたちフォラナーダが黙っているわけがなかった。
彼女がオレたちの元に訪れて約八ヶ月。一年にも満たない期間ではあるが、オレたちにとっては身内と認められる十分な時間だ。
身内は守る、それがオレの方針。ゆえに、今回スキアに降りかかる火の粉も、オレが振り払おう。
泰然と、気落ちするアーヴァスたちに告げる。
「安心しろ。私――オレが、今回の問題に対処する。今さら、スキアを他人になんか渡さないさ」
まずは、背後で
オレを敵に回したらどうなるか、ここで一度思い知らせてやろう。政治力でも敵わないと、その身をもってな。
フフフ、楽しくなってきた。
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