Chapter9-2 フォラナーダ式、政略戦争(2)
作戦会議より二日後。【
「主殿たちは、バカンスに出かけてたのでは?」
オレの肩の上で、そう呆れた風に言うのは土精霊のノマだった。茶のショートヘアと茶の瞳を有した、凛々しい雰囲気をまとう美女である。手のひらサイズの体躯ゆえに容姿よりも幼く見えてしまうが、立派な大人の女性だ。
ノマ以外にも、この場には多数のヒトがいた。両隣に立つシオンやオルカをはじめ、スキア、チェーニ子爵夫妻、子爵領の内務担当者、それから領主お抱え商人まで。
この面々で何をするのかと言えば、無論仕事だった。ここで『野球しようぜ!』と号令をかける方が驚きである。
だからこそ、ノマも呆れているわけだが、一つ弁明をしたい。
「元々、今回の旅行は仕事を含んでたんだよ。だから、仕事をしてたって何もおかしくない」
そう、これは予定通りなんだ。何一つ問題ない。
対して、ノマは溜息を吐く。
「それはそうだけどさ。普段の主殿は、連鎖的にトラブルへ巻き込まれるじゃないか。初っ端からこれだと、今回のバカンスは休めないような気がしてね」
「嫌なこと言うなよ……」
せっかく現実逃避していたのに、第三者にまで認められたら、もはや確定事項のように感じてしまう。
いや、まだ大丈夫だ。例年の夏のバカンスは、ちゃんと遊べていた。であれば、今年も問題ないはず。オレは前例を信じるぞ!
オレが内心で必死に目を背けていると、隣のシオンが声をかけてくる。
「ゼクスさま。先方の準備も整ったようです。そろそろお願いいたします」
「分かった」
オフザケも程々にして、気持ちを改める。それから、【
魔道具の形状は、高さ八メートル、太さ一メートルの立柱だった。黒色の基礎に白銀色で紋様が描かれている。
四つの柱は、目前の倉庫の空白地帯を囲うよう配置された。魔道具らを頂点にした正方形だ。
最後に、もう一つの魔道具を引っ張り出す。それは、アンティークの懐中時計に似た代物だった。普通の時計と違い、リューズ――ゼンマイ部分――が挿ボタン式のスイッチになっているけどね。
「ノマ、問題は?」
「大丈夫。安全稼働できるよ」
「じゃあ、始めようか」
念話で『魔道具始動』と連絡を入れ、いよいよ魔道具を作動させた。懐中時計のスイッチを押すと同時に、四柱の紋様がしかと輝きだす。
柱が輝き始めて数秒後、続いての変化が起きた。柱から柱へと光の帯が発生し、一つの箱を作る。
光の箱は三十秒ほど形を保ち、程なくして跡形もなく消えた。元の、四柱が立つだけの状態に戻る。
しかし、柱に囲まれていた空間は、元のままではなかった。先程まで空白地帯だったそこには、大量の食料が積まれていたんだから。
突如として現れた食料を前に、チェーニ子爵家の面々は「おお!」と吃驚の声を上げる。
一方のフォラナーダ陣営は、安堵が大きかった。
「成功だな、主殿」
「嗚呼。大量輸送用の転移装置は、ひとまず完成といったところか」
「おめでとう、ゼクス
「おめでとうございます」
「お、おおお、おめでとうござい、まま、ます」
「ありがとう、みんな」
「ありがとう。いやぁ、頑張った甲斐があったね」
ノマと健闘を称え合い、他の三人からの賛美にも答える。
前述した通り、この立柱は転移用の魔道具だ。それも、大量の物資を輸送するために開発したもの。
以前に作成した転移系魔道具は、固定された二ヵ所を繋げるにすぎなかったし、ヒトを数名運ぶのがやっとだった。今回はそのグレードアップ版だな。
一応、少し前には完成していたんだけど、使うタイミングを逸していた。そんな折、チェーニ領の食料難が舞い込んできたため、運用に踏み出したわけである。
とはいえ、そこまで便利なものでもない。
まず、魔道具が大型すぎる。八メートル大の代物を計四つも用意しなくてはいけない。だから、オレみたいに【
次に、魔道具起動の仕方が面倒。懐中時計型の魔道具は、転移元と先にそれぞれ用意されており、十秒以内に両者のスイッチを入れないと動かないんだよ。つまり、遠距離魔法を駆使するか、起動時間をあらかじめ決めておかないといけない。
まぁ、これに関しては、転移事故を防ぐ必要性を考えると、外すことのできない仕様だった。
他にも細々とした難点はあるが、大きな点はこの二つかな。
やはり、転移系の魔道具は、使い捨てかつコスパを度外視しない限り、携帯電話のような形は目指せないよう。要研究の分野だった。
とりあえず、転移魔道具の件は置いておこう。
送られてきたものを一旦【
「アーヴァス殿。これだけ貯蔵があれば当面の食料難は回避できると思うが、
「えっ、は、はい。この度のご助力、感謝の念が絶えません!」
アーヴァスに声をかけたところ、彼は飛び上がりながら礼を述べた。どうやら、今の今まで我を忘れていたらしい。
無理もないか。オレは気軽に使っているけど、本来の転移は伝説上の魔法。それを用いた大量輸送を目前で展開されたんだ。呆気に取られて当然と言える。子爵領の他のメンバーは、未だに呆然としてしまっているし。
しかし、この程度で驚いていては、ここから先はやっていけないぞ。
「直近の一ヶ月は、この魔道具を使用して商業関連を補っていこう。今回の物資は無償援助だが、今後はこちらのお抱えの商人を通して適正価格で売買してもらいたい」
「当然の処置ですね。ですが、適正価格で良いのですか? 転移を使わせてもらう以上、割高になるかと考えておりましたが」
「問題ない。この魔道具は試運転不足の部分がある。よって、当面はチェーニ子爵領との商売のみに使う予定だ。試運転に付き合ってもらう駄賃だと思ってくれ。……嗚呼、でも、将来的に転移魔道具を産業展開していく段階になれば、利用料を加算するかもしれない。そこは念頭に置いてくれ」
「承知しました。こちらとしては、この魔道具を使わせていただけるだけ破格です。文句はまったくございません」
アーヴァス含む子爵領の面子は、一切の不満を見せずに頷いた。
大丈夫そうだな。向こうに強欲な輩がいなくて安心したよ。
オレはホッと安堵し、口を開く。
「では、次の商談に移ろう」
「次、ですか?」
だが、アーヴァスや他の子爵領の者らは首を傾いだ。
おや?
「話が伝わっていなかったか? 固定式の転移魔道具を用い、子爵領より出ていけなくなった行商人や冒険者を輸送する計画なんだが」
いわゆる空港のような施設を設け、フォラナーダ伯爵領とチェーニ子爵領を繋げよう、という事業だ。
元々、【
要するに、『この機会を活かして、温めておいた事業案をお披露目してしまおう』というわけだ。
ちなみに、転移空港の件は、ロラムベル公爵家にも持ち掛けている。一番信頼できる味方なので、この儲け話を持ち寄らないはずがなかった。
公爵への説明は、娘であるミネルヴァに一任している。オレが向こうの対応をしないのは、チェーニ家の方が急務のためだ。決して、
閑話休題。
一連の提案は、スキアに両親へ伝えておくよう頼んだんだけどな。
オレはチラリとスキアを窺う。
彼女は、ブンブンとすごい勢いで首を横に振っていた。自分は役目をきちんと果たしたと言いたいよう。
となると、アーヴァスたちが冗談だと勘違いしたパターンか。
無理ない反応だけど、フォラナーダ相手に常識で考えてはダメだと思う。……うん。お前が言うなってツッコミが湧いて出そう。
「ほ、本気で仰られているので?」
案の定、アーヴァスは疑わしげに問うてきた。頬は盛大に引きつっているが。
オレは即答する。
「もちろん。ヒトも物も、子爵領にあるすべてを転移で運ぶつもりさ。そして、ハンダールーグ側に付いている連中へ突きつけるんだ。この地に仕掛けている経済攻撃は無意味だと。お前たちが敵に回したのは、お前たち程度では相手にならないほどの力を持つんだとね」
まぁ、これに加えて政治方面でも仕掛けも施しているんだが、それは彼らには黙っておこう。この調子だと、ショックで倒れてしまうかもしれない。
オレが不敵に笑って見せると、アーヴァスたちは乾いた笑みを浮かべた。
「こ、心強いですな」
そう返すのが精いっぱいだった様子。
ここに来て、ようやくフォラナーダの強大さを実感したらしい。元々噂は耳にしていただろうけど、実際に目の当たりにすると、感じ方が変わるからな。百聞は一見に如かず、である。
その後、改めてアーヴァスたちと今後の予定について話し合い、おおむねコチラの予定通りに実行される運びとなった。
これで
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