Chapter9-1 チェーニ家(5)

「「申しわけございませんでした」」


 嫁入り騒動(?)が発生して三十分後。オレの目前には、頭を深々と下げるチェーニ夫妻がいた。


 もありなん。伯爵当主相手に、勘違いで結婚だと騒いでしまったんだからな。事情があるにしても、相手次第では厳罰に処される可能性がある。


 とはいえ、オレは今回の一件を問題にするつもりはなかった。大切な部下の家族を無下に扱っても、こちらに得は一切ない。外部に勘違いが広がっていたなら別だが、夫婦だけの話と留めていたようだし。


 そういうわけで、オレは苦笑いを浮かべながら告げる。


「頭を上げてくれ、チェーニ夫妻。私は別に怒っていない。幸い、この場にいる面子以外に話は広がっていないようだ。なら、今回の騒動は不問に付そう」


「「「ありがとうございます!」」」


 一斉に頭を下げるチェーニ夫妻とスキア。


 それから何とか場を落ち着かせ、オレは話題の軌道修正を成功させた。


「十分、場の空気は解れただろう。私たちが訪れた本来の目的に移ろうと思う」


「どのようなご用件でしょうか?」


 オレの前振りに対し、チェーニ子爵アーヴァスは真剣な面持ちで問うてくる。


 表向きはお忍び旅行と伝えていたが、やはり裏があると理解していた様子。見れば、夫人の方も瞳に鋭さを湛えている。


 当然だよな。帰省するなと娘に手紙を出した矢先、その娘本人をのこのこ連れてきたわけだから。


 オレは一拍挟んでから語る。


「貴殿らが、スキアの帰省を望んでいなかったことは聞き及んでいる。そして、それが家族仲の良いチェーニ家にとって、不自然な要請だとも把握している。先ほどのやり取りを見れば、なおのことだな」


 笑い飛ばせる失態とは言い難かったが、一連の会話を窺えば、親子仲がとても良好であるのは明白だ。ゆえに、チェーニ家が問題を抱えているんだと、いっそう確信を深めた。


「貴殿らチェーニ家は何かしらの難事に直面していると、私たちは予測した。おそらくは、スキアが光魔法師に覚醒したことが原因で発生したもの。だから、彼女をこの地より遠ざけようとした。違うか?」


「……」


 こちらの質問に、アーヴァスは口を動かさなかった。


 本来なら問い質すところだが、眉根を寄せて熟考している彼を認め、様子を窺うことに決める。


 沈黙が続くこと幾許か、アーヴァスは言葉を紡いだ。


「……仰る通りの問題が我が家に起こっていたとして、フォラナーダ伯爵は如何いかがなさるのでしょうか?」


「お、お父さん!?」


「黙っていなさい、スキア」


「ッ!」


 とっさに立ち上がった娘を、彼は威厳を以って制する。


 まぁ、スキアの反応は無理もない。ニュアンス的に『所詮は他人であるフォラナーダに何ができるんだ。無関係だろう』と発言したに近かったんだから。


 だいぶマイルドな言葉選びをしたので、こちらより難癖をつけるのは難しい。だが、不興を買っても仕方のない内容ではあった。


 言いたいことは理解できるため、オレは全然気にしていないけどな。向こうから見たら、フォラナーダが無関係に感じるのも当然だろう。


 ただ、こんな言い回しをしてくるとなると、相当追い詰められていると考えて良さそうだ。単なるチョッカイ程度であれば、『困ったものですよねー』なんて笑いながら返せる。


 スキアを求める相手方は寄親――チェーニ本家くらいだと踏んでいたが、思った以上に大物っぽいぞ。


 とはいえ、相手が誰であろうとオレは、フォラナーダは引かない。かつて、聖王家を相手取りながら表舞台に上がった時点で、オレたちに遠慮という選択肢は消えたんだ。


 力を有しているのに身を引くなんて、周りに配慮する必要性がなければ選ばない。ましてや、今回はスキアという身内の進退が懸かっている。なおさら遠慮はできなかった。


 ゆえに、オレは踏み込む。


「無論、その問題の一切合切を振り払おう。必要とあれば、根元を断ち切り、根源を燃やし尽くそう。どうだ、この回答では不満かな?」


 一瞬だけ【身体強化・神化オーバーフロー】を発動し、威風堂々と宣言した。


 この魔法に、威圧のような効果はない。だが、神の使徒へと存在を近づける術である。チェーニ夫妻は、一変した雰囲気を確実に感じ取っただろう。オレが、何者をも寄せ付けぬ絶対者だと、その肌身で実感したはずだ。


 現に、アーヴァスとフロノアの両名は、呆然と目を見開いている。スキアも僅かに気当たりしてしまったかな。申しわけない。


 呆気に取られる面々を放置し、オレは畳みかけるように言葉を重ねる。


「今回の件は、私がスキアの才能を目覚めさせたことが原因だろう。ならば、後始末を負うのも当然だ。後になって、何かを請求するつもりもない。その辺りは、きちんと書面に残そう」


「……本当に、手を貸してもらえるのでしょうか?」


 ようやく、アーヴァスは折れた。


「あなた」


「フロノア、キミも分かっているだろう。これ以上、私たちのみで対処するのは難しいと。だったら、この手を掴むしかあるまい。なに、スキアの信頼した御仁だ。悪いようにはならないさ」


「そう、ですね。スキアを信じましょう」


 夫人の方は最後まで渋っていたが、最終的には夫の説得に応じた。オレを信用したというよりは、スキアのヒトを見る目を信じた形だが。


 そのせいか、隣のスキアが今にも嘔吐しそうな表情をしている。こういうタイプのプレッシャーには弱いらしい。助けてほしいという旨の視線を送ってくるけど、オレからは『頑張って耐えろ』としかアドバイスできない。


 顔色悪いスキアは放っておき、オレたちはチェーニ家に迫る問題を話し合う。


「この三ヶ月ほどに渡り、我がチェーニ子爵領は、周辺の領地より経済の締め付けを受けています」


「具体的には?」


「徐々に絞られていき、一週間前には商人の行き来が完全に途絶しました。多少はいた観光客もゼロです。ランクB以上の冒険者はかろうじて足を運んでくれていますが、僅かな人数のみとなります」


「輸出入およびヒトの出入りを断絶しているのか……。かなり大規模だな」


「はい。流れの冒険者のお陰で、事態を早期に察知できたことが幸いでした。今すぐ物資が尽きる心配はありませんし、今のところは市民への影響も最小限です」


「とはいえ、ジリ貧には違いない」


「はい。どのように切り詰めようと、一年が限界でしょう」


 経済的に責められているとは、想像以上に厄介な状況だな。


 その後も問答を続け、判明した事実は二点。一つは、周辺領主は全員結託しており、どう足掻いても抜け道は見当たらないこと。二つ目は、この経済攻撃が一切外へ露見していないこと。


 そんな荒業があり得るのかと言えば、この地方に限っては実行可能だった。何故なら、この辺り一帯の貴族をまとめ上げているのが、公爵を冠するハンダールーグ家のためだ。


 爵位的には、聖王家に次ぐ権力を持つ公爵家。それが、光魔法師であるスキアの身柄を求めて、此度こたびの強引な手段に打って出たわけである。


「ハンダールーグは、スキアの生後すぐにも『ぜひとも我が家へ』と打診してきていたのです。魔法が使えないと分かった途端、手のひら返しでしたが」


「今回の接触は、予想できていたわけか」


「はい。まぁ、ここまで強引に迫ってくるとは考えませんでしたが」


 そりゃそうだ。身内を経済攻撃してもデメリットしかない。これが他に知れ渡れば、多方面から非難されること必至だろう。入念に準備を進めていた、あの内乱とは状況が異なりすぎる。


 他より非難を浴び信用を落としてでも、光魔法師が欲しいということか?


 どうにも解せない。ハンダールーグ家は、ロラムベル家とは違って王宮派に属している。あちらにはアリアノート第一王女がいるため、無理をしてスキアを手に入れる必要性は薄い。


「派閥ではなく、自らの手元に光魔法師が欲しいのか?」


 そうとしか考えられない。貴族としての利点以外に目的があるのは明白だった。


 すると、アーヴァスが「おそらくですが」と意見を口にした。


「去年、ハンダールーグ公爵には孫娘がご生誕なされました。しかし、周囲へのお披露目が一切行われていません」


「先天性の病気かケガを患っているかもしれないと?」


「はい。かの家は、似たような事態が以前にもありましたから」


「嗚呼、その話は聞いている」


 たしか、現ハンダールーグ公にも妹がいたが、生来の病気によって早く亡くなったとか。


 実妹の死を目の当たりにしているからこそ、過剰に孫の安否を気遣っている。愛する妹を持つ身として、その可能性を否定はできないな。


 他人事とは思えない事情だけど、実際はどうか分からない。今のは、あくまでも推測の域を出ない意見だ。


 現状考えるべきは、身内への被害を潰す方策だった。


 オレは溜息を吐く。


「情報が足りなすぎる。相手の動機を探るのは後回しだ」


「……そうですね」


「経済攻撃が実行されているのは事実なんだから。出来るだけ早く対策を考えよう」


「よろしくお願いします。私としましては――」


 アーヴァスは、自家の事情を考慮した方策を口にしようとしたんだろう。だが、それが語られることはなかった。その前に、闖入者が現れたために。


「フン。分家の分際で俺を待たせるなんて、調子に乗りすぎではないか?」


 吹き飛ばす勢いで扉を開け放ったのは、二メートル近い体格を持つバカだった。

 

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