Chapter9-1 チェーニ家(4)

 オレたちの確保した宿は、チェーニ領で一番高級な場所だった。いわゆるスイートという奴で、リビングを中心に各々の個室が備わっている。


 荷物を片づけ、全員がリビングへ顔を揃えたところで、オレは口を開いた。


「この後、オレとスキアはチェーニ子爵に挨拶してくる。ついさっき帰ってきた先触れによると、向こうは準備を済ませているらしい」


 こんなにスムーズなのは、三日前の連絡時点でコチラの到着時刻を伝えていたためだろう。【位相連結ゲート】のお陰で予定が前後することないのは、やはり便利だった。


 みんなに問う。


「オレとスキア以外は自由時間なんだけど、どうする? 一応、大雑把にみんなの予定を把握しておきたい」


 すると、全員が一斉に喋り始めようとした。嫌な予感を覚えたオレは、すかさず言葉を続けた。


「――オレと一緒に行く、はナシだぞ」


 途端、開きかけていた口を閉ざすカロンたち。どんな予定を話そうとしたのかは、一目瞭然だった。


 ジトォと半眼を向けると、プイと目を逸らしてしまう彼女たち。唯一同行するスキアは、乾いた笑みを浮かべていた。


 オレは溜息を一つ吐き、改めて言う。


「チェーニ子爵の元へ向かうのは、オレとスキアだけだ。大勢で押しかけると先方に迷惑だし、何よりお忍びの意味がない。この人数が領主の城を出入りしたら、かなり目立つぞ」


 影の護衛を抜いても八人はいる。羽振りの良い商人という設定では通しているし、【偽装】で姿を偽れるとはいえ、目立つことには変わりないんだ。下手な行動を起こすと、あっという間に身バレしてしまうだろう。


 それに、スキアの父の心労も心配だったりする。フォラナーダ家当主だけでも負担なのに、そこへ公爵家の令嬢や『陽光の聖女』、『竜滅剣士ドラゴン・バスター』という面子が加われば、胃に穴が開くかもしれない。


 理由の筋は通っていたため、不服そうながらもカロンたちは『仕方ない』と折れた。それから全員が無言で視線を交わすと、ミネルヴァが代表して言葉を発する。


「そういうことなら、私たちは街を散策でもしてみるわ。一応観光地ではあるんだし、それなりに見どころはあるでしょう」


「できるだけ――」


「まとまって行動するわよ。いくら休暇だからといって、護衛に無理強いはさせないわ。安心しなさい」


 流れるようにオレのセリフを奪ったミネルヴァは、ニッと得意げに笑う。貴方の考えなんてお見通しよ、とでも言いたいんだろう。


 この辺り、慣れてきた感じがあった。まぁ、婚約決定より八年、共同生活を始めて七年も経過している。以心伝心くらいは容易いか。


 それを面白くなさそうに見つめる者が一名。誰であるかは言をまたない。


 彼女はちょうど隣に座っていたので、黙って頭を撫で回す。雑なフォローだけど、これだけで滲み出ていた嫉妬は薄まった。


 個人的にはリーズナブルで嬉しいんだが、こんなにチョロいと少し心配になるよ。


 オレは内心で苦笑しつつ、ミネルヴァに頷いた。


「分かった。気をつけてな」


「そっちもね」


 軽く雑談を交わした後、この場は解散となる。


 いよいよスキアの家族との対面だ。どんな問題が飛び出してくるかな。








 アポイントメントは取ってあったため、チェーニ城へは手早く入ることができた。娘であるスキアの同行も大きかっただろう。


 門番はこちらが二人だけなのを驚いていたけど、『お忍びなんだ』と囁いたら納得してくれた。これで、無駄に噂が広まる心配もいらないと思う。


 執事の先導の元、オレたちは城内を歩く。チェーニ子爵分家の城に、これといって特筆すべき点は見当たらない。爵位相応の規模や品格で、可もなく不可もなしだった。


 ゆえに、どこに何があるのかも見当がつきやすい。重要なところは隠蔽しているだろうが、オレらが通されようとしている場所くらいは予想できた。応接間ではなく、私室の類に案内されているようだ。


 この世界の風習として、プライベートエリアでの対応は、身分関係なしに身内に限る。寄親だったり、政略結婚等で縁戚になった相手だったり。


 つまり、このチェーニ子爵分家側の対応は、そういうことである。見事に勘違いしていらっしゃる。


 実家の内装は、当然頭に入っているんだろう。スキアも現状を把握し、あわあわと慌て始めた。


 この家の者として止めてほしいんだけど、交流下手な彼女には酷か。となれば、当主に直接訂正を入れるしかない。幸い、今回はお忍びだから、事態が大きく発展する心配もいらないからな。何か指摘されても、知らぬ存ぜぬを通せる。


 程なくして、一つの部屋に辿り着いた。扉の前でお決まりの問答が交わされ、オレたちは入室する。


 当主の私室だろう部屋は、すべての壁に本棚が並んでいた。出入り口側にもあり、彼が相当の本好きだと分かる。実にスキアの父らしい場所だと思うよ。


 中央にはソファとテーブルが置かれていて、そこにチェーニの当主と奥方が揃って立っていた。


 彼らは貴族の礼を行い、口を開く。


「我が領へようこそお出でなさった、フォラナーダ伯爵。私はアーヴァス・ビオーノ・ガ・タン・チェーニ、この地の領主を拝命している者です」


「妻のフロノアです」


 スキアの両親とあって、彼女によく似た美男美女だ。二人ともインドア派なのか、線の細い印象を受ける。


 また、かなり緊張しているのが見て取れた。フォラナーダの噂を色々と耳にしているようで、畏怖の感情も窺える。


「歓迎を感謝しよう、チェーニ子爵。私がゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダだ。こちらこそ、よろしく頼む」


 オレも礼を返した。爵位の関係上、相応に偉ぶらなくてはいけないのが面倒くさいけど、こればかりは仕方ない。


 とはいえ、今回はお忍びの訪問。


「これは非公式の面談だ。立場を考慮すると難しいかもしれないが、もう少し肩の力を抜いてほしい。頼まれてくれるな?」


「フォラナーダ伯がそう仰られるのなら、否はありません」


「私もです」


 身分差の絶対を認識する一幕だな。学園が頑張って実力主義を維持していることを、改めて実感したよ。あと、フォラナーダの平穏具合も。


 その後、スキアにも『おかえりなさい』と声をかけ、オレたちは着席する。思いのほか軽い挨拶だったけど、家族ならこんなものかな?


 用意されたお茶を遠慮なく口に含んでから、オレは言う。


「まず、最初に伝えておこう。此度こたびは、私たちの旅行を受け入れてくれて感謝している。問題が起こり、毎年赴いている場所が今年は使えなくてな。本当に助かった」


 素直な謝意を伝えると、チェーニ子爵――アーヴァスは首を横に振った。


「感謝されるほどのことではございません、フォラナーダ伯。我々は身内も同然でありますれば、この程度の協力に遠慮は不要です」


「夫の申す通りですわ。あのスキアが将来の行末を決められたのです。こちらが全力で謝礼を差し上げたいくらいです」


 夫人の方も追随する。彼女に至っては、感極まって泣き出しそうな気配があった。


 やはり、勘違いしているみたいだ。二人の反応は、感情を読むまでもなく分かりやすかった。


 いつまでもすれ違いを続けるわけにはいかない。オレが訂正のセリフを告げようとしたところ、それより前にスキアが立ち上がった。顔を真っ赤にさせて拳を震わせている。我慢の限界だったよう。


「あ、ああ、あたしは、よ、嫁入りするわけじゃないから!」


「「へ?」」


 予想外の言葉だったんだろう、目をパチクリさせるチェーニ夫妻。


 そう。スキアのご両親は、彼女がオレへ嫁入りすると勘違いしていたんだ。ゆえに、こうして私室へと通されたわけだ。


 スキアは勢いのまま続ける。


「し、就職するのッ。ふ、フォラナーダに、ひ、光魔法師として仕事に行くの!」


 まさにその通りである。だが、そんな顔を真っ赤にして否定したら、照れくさくて嘘を言っていると誤解されるぞ。


「あらまぁ」


「あのスキアがここまで……」


 ほら、やっぱり誤解された。フロノアはニヤニヤと笑い、アーヴァスは男泣きを始める始末。


 それを見て、余計に慌てふためくスキア。


 ……これ、どうやって収拾つけるんだ?


 家族仲が良いのは結構だけど、部外者のオレを置いてきぼりにしないでほしい。


 騒がしいチェーニ家を余所に、オレはひっそりと溜息を吐くのだった。

 

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