Chapter9-1 チェーニ家(1)

本日よりChapter9開幕です。よろしくお願いします。


――――――――――――――



 八月頭。夏真っただ中とあって、太陽が燦々さんさんと照り、気温はジワジワと肉体を蒸すほどに高かった。


 まぁ、日本に比べたら湿度が低いので、死ぬほど暑いというわけではない。また、冷房の魔道具も一般に普及しているため、室内で過ごすのであれば何も問題はなかった。


 しかし――


「暑い」


「暑いですね……」


「しぬ」


 炎天下の元のフォラナーダ城の庭園。わざわざパラソルを差してまで、外でお茶会を開く奇特なヒトが三人いた。


 一人は言うまでもなくオレ、ゼクスである。薄手の半袖シャツと短パンを着用しているんだが、すでに汗でビショビショだった。ここまで来ると着痩せ体質も働かないのか、鍛え上げた我が筋肉がコンニチハしている。トレードマークである白髪も額に張りつき、割と鬱陶うっとうしい。


 もう一人は、オレの右隣に座る金髪紅眼の美女。名をカロラインと言い、正真正銘オレの妹だ。容貌もることながらプロポーションも抜群で、誰もがうらやむ美しさを備えた子だった。


 実は、一年半後に死ぬ未来を背負っているんだが、今はそれより前に倒れてしまいそうなくらいしおれている。心なしか、結わえているポニーテールもしんなり・・・・している気がした。


 ただ、オレと違って服は透けていない。淑女としての最後の一線らしく、光魔法を行使して誤魔化しているとのこと。


 そして最後の一人は、左隣に座る――というか、もはや上半身をオレの膝の上に投げ出している狼獣人の女性ニナだ。普段は三つ編み一本の彼女だが、暑苦しいとのことで、本日はお団子に結んでいる。


 しかし、ニナも我が妹カロンと負けず劣らずの美貌と体型の持ち主なので、現在の体勢は結構マズイ。色々と当たるため、オレの理性が試されていた。


 不幸中の幸いなのは、汗を掻きまくっているお陰で、不快指数の方が現状は上回っていることか。


 オレは膝上のニナの頭や獣耳を撫でながら言う。


「死にそうなら離れてくれ。いい加減暑い」


「そうですよ、ニナ。そんなうらやま……はしたないマネはダメです。お兄さまの迷惑にもなっていますし」


「それは嫌」


 次いでカロンも加勢? してくれるが、ニナは頑なに首を縦に振らない。


 それどころか、


「うらやましがるくらいなら、カロンも膝に乗ればいい。片方は譲る」


 と、片方の膝を空けて誘惑してくる始末。


 おいおい、勘弁してくれ。その口撃こうげきはカロンにとって特攻に等しいぞ。何せ彼女は、実兄に対して恋愛感情を抱くに至った重度のブラコン。この誘惑を我慢できるはずがない。


ありがとうございますごちそうさまです!」


 予想通り、カロンは速攻でオレの膝の上に頭を乗せた。ただでさえ近かった距離がゼロになり、余計に体温が上昇してしまう。


 テーブルは広々としているのに、ゼロ距離で密集する三人。しかも、パラソル下とはいえ猛暑の中。何をやっているんだろうな。


 まぁ、彼女たちが喜んでいるからと拒絶しないオレも大概なわけだが。


 それから、五分ほどは同じ体勢で踏ん張るオレたちだったけど、


「もう限界だ。魔法使うぞ」


「さすがに、これ以上は体調を崩しそうですね」


「仕方ない」


 オレが【天変】を行使し、周囲数メートルのみの環境を塗り替えた。気温と湿度を、快適な数字へ変更する。一気に変えると逆に体を壊しそうなので、徐々に下げていく。


 続いて、カロンが上級光魔法の【浄化】を使ったようで、汗だくだった体と衣服が一瞬でキレイになった。


「ふぅ。やっぱり、この季節に外でお茶は無謀だったな」


 テーブルに置いていた温いお茶で喉を潤してから、オレはそう呟く。


 すると、膝上の二人も口を開いた。


「ですね。お茶会を開くにしても、冷房は欠かせません」


「そもそも、どうして外でお茶?」


 ニナの疑問はもっともだが、キミに首を傾げる資格はないと思うぞ。


 カロンも同意見だったようで、溜息を吐いた。


「どの口が仰っているのですか。『避暑地でのバカンスが潰れた代わりに夏を味わいたい』と仰ったのは、他でもないニナでしょうに」


 そう。今回のお茶会の提案者はニナだったんだ。誰も同行したがらなかったため、仕方がなく婚約約者のオレと親友のカロンが付き合った次第である。


 それを受け、ニナはスッと目を逸らした。


「文明の利器の大切さを実感できた」


 いや、その通りではあるんだけど、キミが言うのは少し引っかかるよ。ほら、カロンも笑顔が強張っている。


「ニナ~」


「ちょっ、カロン!?」


 カロンがくすぐり攻撃を始め、ニナが必死に抵抗する。そんな可愛い戦いが繰り広げられた……オレの膝の上で。


 どうせなら舞台を変えてほしかった。見ている分には楽しい余興のはずが、近すぎて鬱陶うっとうしい以外の感想が浮かばない。


 オレは自身のお茶を抱えて守りつつ、事の経緯を反芻はんすうする。


 前述したが、ニナが無謀な提案をしたのは、避暑地でのバカンスの予定が潰れたせいだった。


 フォラナーダには、夏場の観光地としてそこそこ・・・・有名な湖畔の街がある。オレたちは毎年、そこのコテージで休暇をすごしていたんだけど、とあるハプニングのせいで今年は中止になってしまったんだ。


 その問題というのが、コテージの損壊である。何でも、先にバカンスを満喫していたオレたちの両親バカ二人がやらかしたらしい。


 久しぶりに上がった話題がハプニングとは。変わりないようで逆に安心したよ。


 そういうわけで、今年のオレたちはフォラナーダ城でダラダラすごす運びとなったのである。


 ニナの蛮行は、ストレス発散の意味があるんだろう。恒例の休暇が台無しにされたんだから、イラ立っていても不思議ではない。この程度で済むだけ、彼女は穏便な方だ。発覚当初のカロンなんて、二人を誅殺しに向かおうとしたからな。全力で止めたけどさ。


 しかし、割と寛容なニナでもこうなら、他の面々も少なくない心労を湛えていると見るべきか。


 となれば、何か代案を考えた方が良い。いつもの休暇ほど長くは無理でも、お忍び旅行の計画くらいは組みたいところだな。オレが全力を尽くせば、問題を起こさず実行可能だろう。


 まずは場所の選定。下手に選ぶと騒ぎの元になるので、慎重を期したい部分だ。


 騒がしいカロンとニナを余所に、国内にある避暑地を思いつく限り上げては棄却していく。


 熟慮すること幾許か。なかなか決定を下せないでいたオレに声が掛かった。


「お兄さま」


「お客さん」


 ふと気づくと、カロンたちは争う手を止めており、庭先の一方へ視線を向けていた。


 追って目を向けると、庭園の出入り口付近にヒトが立っていた。


 クルクルとクセの強い深紫こきむらさき色の長髪に目映い金眼、スタイルは良い方なのに猫背が台無しにしている、見るからにインドア派の女性だった。


 彼女はスキア。チェーニ子爵分家の四女であり、将来はフォラナーダに就職が決まっている人物だ。同級生なので共に行動することが多く、この夏も一緒にフォラナーダへ訪れていた。


 もっぱら室内で読書している彼女が炎天下の庭園に足を運ぶなんて、いったい何があったんだ?


 スキアは重度の引きこもり気質ゆえに、現状がかなり異様だと判断できる。


 オレは膝上の二人を起こし、駆け足気味にスキアの元へ近寄った。

 

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