Interlude-Shion 精神魔法
何がおかしいのだろうと、戦闘に集中しながらも感覚を鋭くさせていく。
しかし、首を傾げるしかなかった。
私が感じた違和以外は、特に変わった様子は見当たらない。いつも通り、私の隠形は容易く見破られ、マリナさん&エシちゃんの火力は受け流され、私の手数の多い技はことごとく叩き伏せられ、マリナ&マイムちゃんの感知は強引に捻じ伏せられていた。
要するに、私とマリナさんのコンビは、ゼクスさまに対して手も足も出ずに翻弄されていた。まったくもって、普段と変わらない光景である。
不敬ではあるけれど、ゼクスさまは頭のおかしい挙動で戦う。私の魔法弾幕を足場にして回避しているし、マリナさんの感知対策に
結局、模擬戦中はゼクスさまの規格外さを改めて実感しただけで、違和感の正体を見極めることはできなかった。
「二番手はシオンかー」
悩んでも答えが出なさそうだったので、訓練後にゼクスさまへ素直に尋ねたところ、そんなセリフを仰られた。
私が訝しむと同時、周囲に結界が張られた。他人の耳目が届きにくいゼクスさまの私室で質問する配慮はしたが、それでは足りなかったよう。よっぽど外部に漏らしたくない情報らしい。いえ、展開したのが【
こちらが色々と憶測を重ねている間に、ゼクスさまは周辺の探知を済ませたのだろう。「さて」と声を溢され、いよいよ本題へと移った。
「シオンの覚えた違和感の正体は、オレが常時使っている魔法が原因だと思う」
「常時とは、探知術や【身体強化】のような?」
「その通り。その二つ以外にも、ずっと展開してる魔法があるんだよ。探知の方は、普段は範囲を絞ってるけどな」
自虐的にセリフを締めていらっしゃるが、ゼクスさまの行われていることは異常だった。
【身体強化】を修めているからこそ理解できる。私たちも常時発動できるように訓練したものの、それでも戦闘時よりは倍率が下がるのだ。一番【身体強化】を極めているニナさんでさえ、戦闘時十倍のところを平常時は五倍が精々だと言う。だのに、ゼクスさまの場合は、十倍を維持し続けていらっしゃる。しかも、探知術という他の魔法も併用して。
さらには、今の話が本当だとすれば、常時発動している魔法は二つに収まらない様子。言い回しからして、三つでも収まらないと思われる。どれだけの魔力量と魔力操作技術を有していらっしゃるのだろうか。ゼクスさまの底が知れない。
私は乾いた笑みを浮かべながら問う。
「どんな魔法を使ってるのでしょうか?」
こうして話題に出されたのだ。明かしてくれない、といった意地悪はされないと思う。
予想は正しく、ゼクスさまは惜しむ素振りもなく答えてくださった。
「簡単に言うと、
「
その答えは、私にとって予想外のものだった。何故なら、戦闘中の違和感となれば、真っ先に状態異常の類は警戒するためだ。当然、
こちらの内心を悟られたのか、ゼクスさまは肩を竦まれた。
「まぁ、なかなか信じられないよね」
「も、申しわけございません」
私は慌てて頭を下げる。主君の言葉を疑うなど、言語道断の所業だからだ。
面に出さないよう気をつけていたが、それがゼクスさまには無意味だったと失敗を悟る。
対して、ゼクスさまは気軽な様子で片手を振られた。
「いいよ、気にしてないから。むしろ、そういった反応の方が助かる」
「それはどういう……?」
「
「は? ……ッ、失礼いたしました」
思わず漏れてしまった失言に、再び頭を下げた。
だが、これにもゼクスさまは寛容に対応なされる。
「頭を上げてくれ、シオン。オレは全然気にしてないし、二人きりの状況で上下関係を示されると少し悲しい。シオンは大切なヒトなんだからさ」
「ぜ、ゼクスさま」
別の意味で、頭を上げられなくなってしまった。今の私は、絶対にとんでもない表情をしている。とてもではないが、ゼクスさまにはお見せできない。
しかし、あちらが所望している以上、頭を上げるしかない。頑張れ、私。表情筋を全力でコントロールするのよ!
何とか通常の表情に戻した――と思う――私は、ゼクスさまと視線を合わせて尋ねる。
「は、話を戻しましょう」
「あ、嗚呼」
「ゼクスさまは、一体どのような
動揺されているゼクスさまは努めて無視して、私は話題の核心を突いた。
すると、ゼクスさまは両の手を掲げ、その指を折りながら告げられる。
「さっきも言った『
「ち、ちょっと待ってくださいッ!」
とめどなく吐き出される魔法効果の数々に、慌てて制止をかけた。この展開は、ゼクスさまとの付き合いの長い私でも予想外がすぎる。
「ど、どれくらいの
それを受け、ゼクスさまはイタズラの成功した子どものような笑みを浮かべられた。
嗚呼。やっぱり、分かっていて実行した様子。子どもっぽいゼクスさまもステキと思ってしまう辺り、私も大概ですが。
「総数は約百種かな」
「ひ、ひゃく!?」
「といっても、どれも効果は微量だよ。じゃないと『
「だとしても、合わせれば、かなりの効果量では?」
「個人差はあるけど、だいたい一割減かなぁ」
「い、一割……」
僅かな差が致命となり得る戦闘に置いて、一割の差は大きすぎる。しかも、当の本人は、その減少を減少したと認識できない点が恐ろしい。
「内容から想像するに、精神魔法でしょうか?」
「そうだよ。オレの使える
「常時展開していると仰っていましたが、対象はどうやって判別を?」
まさか、近づく者すべてが対象とは仰らないとは思うが、念のために尋ねざるを得なかった。それくらい、ゼクスさまの打ち明けられた魔法は衝撃的だった。
ゼクスさまは苦笑いを浮かべられる。
「さすがに無差別ではないよ。『オレへ敵意を向けた』。これがトリガーとなって、
「敵意、ですか。それなら模擬戦でも発動しますね」
「そういうこと。殺意の方が分かりやすかったんだけど、それだと捕縛を目的とする敵には対応できない。だから、多少面倒でも敵意を引き金にしたんだ」
精神魔法の素養のない私では、『敵意』を引き金にすることの面倒くささは理解しかねるけれど、『殺意』より判別しにくいということは何となく察した。
しかし、色々と納得できた。一割も戦力を減らされていたのなら、違和感を覚えても当然というもの。【
――そのように考えていたのだけれど、
「ちなみに、
そうゼクスさまが仰られ、脆くも私のプライドはズタズタに切り裂かれた。
やっぱり、ゼクスさまは規格外すぎる。
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