Interlude-Nina 頑張る意味
「も、もう無理」
そう弱音を吐いて地面に倒れ伏すのは、アタシ――ニナの友だちであり弟子でもあるユリィカだ。愛らしい兎耳と艶やかな露草色の長髪がチャームポイントなんだけど、今は土埃で汚れているせいで魅力が半減している。
何故、彼女が汗だくの満身創痍で倒れているのかというと、アタシの修行をこなしていたからだった。冒険者ギルドに登録させて依頼を受けさせたんだけど、基礎練習に加えての仕事はさすがに堪えたらしい。
まぁ、この事態は最初から予想していた。アタシも通った道だからね。むしろ、ここでユリィカがケロッとしていたら、こちらの心が折れていただろう。
アタシとしては、あまり厳しい修行はつけたくない。でも、ユリィカ本人の意思が固かったため、心を鬼にして試練を課した。事実、どんなに大変でも彼女は踏ん張っている。
いつまでも地べたで寝転ばせておくわけにもいかないので、アタシは声をかける。
「ユリィカ、起きて。ギルドに依頼達成の報告に行く」
「す、少し休憩を……」
「ダメ。もう陽が落ちる。夜闇の中だと魔獣に襲われやすい。キリキリ動く」
駄々をこねるユリィカの肩を揺すり、さっさと立ち上がるよう促した。
すると、彼女は涙目で愚痴を溢す。
「あ、悪魔ですぅ」
「むっ。鬼は許容するけど、悪魔はダメ。これでも、ゼクスの修行よりは楽なんだから」
悪魔の修業とは、彼の課すモノを指すんだと断言できる。それに比べたら、アタシなんて鬼程度。
かつての修行を思い出して意識を遠くしていると、ユリィカが声を震わせた。
「は、伯爵さまって、そんなにスパルタなんですか?」
「……聞きたい?」
「え、遠慮しておきますぅ」
うん、その方が良いと思う。疲れた今のユリィカじゃ、耳にしただけで卒倒しそうだし。
改めて思うけど、よくもまぁ、アタシはあの修行を生き抜いたものだ。いや、ギリギリの瀬戸際を攻めたカリキュラムを組んでいたのは知っているけど、それでも感慨深く思ってしまうんだよね。それくらい過酷だった。
「お待たせしました」
そうこう考えているうちに、何とか足に力を入れて立ち上がるユリィカ。
それを認めたアタシは頬笑む。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい!」
帰還を喜ぶ彼女には悪いけど、帰った後は再度基礎練習だよ?
○●○●○●○●
本日のノルマを終えたユリィカを伴い、アタシたちは冒険者ギルドの併設される酒場に訪れていた。二人で夕食を取るためである。
本当はとっておきの定食屋へ行こうと思っていたんだけど、修行が長引いてしまったせいで、ラストオーダーの時間を超えてしまっていた。だから、妥協案として、ギルドの酒場に予定を変更したのである。
オススメの定食屋ほどではないものの、この酒場の料理もそこそこ美味しいので、アタシに文句はない。ユリィカは残念そうに肩を落としていたけど、自分が原因なのは理解しているようで、それ以上の不満を面に出すことはなかった。
運良く空いていた二人席に腰かけ、早速給仕を呼び寄せた。お肉と野菜をバランス良く注文する。修行後なので量は多めだ。
料理が届くまで時間があるため、雑談を交わすことにする。ざわざわと店内は騒がしいけど、会話ができないほどじゃない。
「初めての依頼はどうだった?」
「とにかく疲れました……」
アタシの問いに、溜息混じりに答えるユリィカ。長い耳がしんなり垂れている辺り、疲労困憊具合がよく理解できた。
すると、彼女は半眼をこちらへ向けてくる。
「初依頼から『グレーウルフの群れの討伐』なんて、難度が高すぎませんか? こういうのは、まず単独個体を倒すところから始めると思うんですけど」
言いたいことは分かる。初心者が魔獣の群れへ単身で突っ込むなんて、狂気の沙汰と思われても仕方ない。
でも、今回はきちんと理由があった。
「すでに説明されたでしょ。ユリィカは学園でトップ10の成績保有者。しかも、ダンジョンでの実習を履修済み。それらを加味してのランクDスタートだって。臨時の実技試験も合格したし」
そう。ユリィカはランクFではなく、飛び級でランクDを得ていた。たぶん、学園の成績優秀者を逃がしたくないという、冒険者ギルド側の思惑なんだろう。基本、冒険者は落ちこぼれが集まる場所だからね。
無論、学園の成績のみで決定されてはいない。ランクB冒険者と模擬戦を行い、問題ないと判断されての結果だった。むしろ、ランクBも行けると太鼓判を押されたほど。
そういった事情もあって、彼女の初依頼は『グレーウルフの群れの討伐』となったわけだ。森の奥まで赴き、約六十体は相手取ったかな。アタシの指示で魔法の使用は制限させていたから、かなり討伐に苦労していた。
「魔法を制限させるなら、もっと少ない数を相手にしたかったです」
涙目で文句を垂れるユリィカだけど、実際のところは無傷で突破できている。何だかんだ、基礎練習によって実力が向上している証拠だった。
「無傷で済んだ」
「それはそうですけどぉ」
「方針に変更はない。がんばれ」
「うわぁん」
ユリィカは
この子、割と図太い性格をしている。いや、繊細な部分があるのは間違いないんだけど、妙に胆力があるというか……。
というか、
「冗談言う余裕があるなら、もっと厳しくしても良さそう?」
修行を終えてから時間が経過しているとはいえ、ずいぶんと余力が残っているように思う。手を抜きすぎたかな?
すると、ユリィカが慌てて頭を上げて叫んだ。
「勘弁してください!!」
かなり切羽詰まった様子の声音で、周囲で騒いでいた冒険者たちも静まり返るほど。
「軽い冗談だから」
両手を掲げて落ち着くように促すと、彼女は頬を膨らませて抗議した。
「質が悪すぎますぅ!」
「ごめん」
修行のお代わりがよっぽど嫌だった模様。……うん、アタシも同じ立場だったら全力拒否していたと思う。反省。
こうして師匠の立場に立ってみると、ゼクスのすごさが身に染みて理解できてしまう。無茶な特訓をさせられたと感じていたけど、アタシたちの限界を見極めていたわけだ。彼の観察眼には脱帽する。
「お待たせしましたー」
「とりあえず、ご飯を食べよう」
「はい、お腹ペコペコです」
ちょうど良いタイミングで料理が運ばれてきたので、一旦話を区切る。
お喋りをしながらの食事も楽しいけど、修行で疲れ切ったユリィカにそんな余裕はないだろう。アタシの経験上、黙々と食べるのは分かり切っていた。実際、彼女はバクバクと料理を口に運び始める。
すごい勢いで食事を進める姿を眺めながら、アタシはずっと疑問だったことへ思考を回した。
どうして、ユリィカは修行を頑張るんだろうか。
彼女自身より、友のためだとは語られた。でも、それだけなのか疑わしいと個人的には考える。
かつて同種のものを受けていたアタシだからこそ、実感していた。この修行は、強い信念を持っていなければ続かないと。死にたくないと願っていたゆえに、アタシはここまで辿り着いたんだと自負していた。
『友だちのため』という意思が弱いとは言わない。しかし、それにしてはユリィカの態度は必死すぎる気がした。まるで過去のアタシの如き、命の懸かった真剣さが窺えるんだ。
「あなたは、何でそこまで頑張るの?」
口内で小さく呟く。
この質問を投げかけたところで、ユリィカは『友だちを助けたいからです』としか答えないだろう。事実、以前に尋ねた際は、それ以外の返答はなかった。
無自覚の必死さ。ある意味での呪縛。
ゼクスは、彼女が何か悩みを抱えていると察しているみたいだった。たぶん、この辺りが関係しているんだろう。
助けになりたい。アタシはそう強く思う。
でも、今は我慢だ。こういった無意識の問題は、安易に触れると厄介さを増すと彼は心配していた。だから、アタシも機を見るべきだった。
いつか、この心優しき友が救われる日を信じて、アタシは彼女を鍛えよう。
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