Chapter9-1 チェーニ家(2)

 オレは膝上のカロンとニナ二人を起こし、駆け足気味にスキアの元へ近寄った。カロンたちも続く。


 本来は向こうが来るのを待つところだけど、プライベートまで堅いのは面倒だ。そも、交流下手な彼女の動きを待っていたら、相当の時間を消費してしまうと思う。


「も、申しわけございません。わ、わわ、わざわざ足を運んでいただくなんてッ」


 オレが近づくと、スキアは慌てた様子で頭を下げた。


 謝罪は不要と告げてから、オレは彼女へ問う。


「何かあったのか?」


「え、えっと、は、話すと長くなるんですが……」


 そう文頭に置いた後、彼女はココに至る経緯を語り始めた。


 スキアの話す内容を簡潔にまとめると、『実家から気掛かりな手紙が届いたので、相談に乗ってほしい』とのこと。最初はシオンに話を振ったんだが、ミネルヴァを経由してオレの元に回されたよう。


 シオンやミネルヴァの判断なら間違いないと思うが、オレが相談相手に選ばれるなんて何ごとか。


 どうせ厄介ごとだろうと諦めの心境になりつつ、スキアの相談に耳を傾ける。


「じ、実家から、『しばらく帰省するな』という、て、手紙が届きまして」


「詳細は?」


「な、何も……」


「……」


 なるほど、オレに回されたのも納得だ。ほぼ何も分からないに等しい内容では、アドバイスのしようがないに決まっている。


 定期的に行っている使用人との面談にて、たまにアドバイザーの真似事みたいなことをしているからな。今回もその腕を買われたんだろう。


 どうしたもんかねぇ。


 情報がほぼ皆無の現状では、下手なアドバイスはできなかった。状況を悪化させるわけにもいかない。


 オレは口元を手で覆い、ひとまず状況整理に務める。


「手紙の投函日時は分かるか?」


「い、一週間前ほど、で、です」


「その一つ前の手紙はいつ届いた? あと、前の手紙には『帰るな』と書かれていたか?」


「ひ、一つ前は……た、たたしか、し四月頭だったかと。と、特別なことは、かか、書かれていませんでした」


「最後にチェーニ領へ帰ったのは?」


「ね、年末年始です」


「以前帰省した際に、何か違和感はあったか?」


「い、いえ。こ、これといって、お、思い浮かぶことは、あ、ありません」


「ふーむ」


 つまり、四月頭から七月終わりまでの約四ヶ月の間に、チェーニ子爵分家の状況が変化したわけか。


 チェーニ領で問題が発生したのは間違いないが、実の子どもの帰省を止めるほどとなると、なかなか考えつかない。しかも、『しばらく』とあるため、事態が長期化する可能性も示唆している。


 正直、そんなに深刻なトラブルであれば、オレの耳に届いても良さそうなものだ。最近は勇者や聖女主人公たちに当てていた分の監視が浮いたお陰で、情報の幅が広がっていたし。


 であれば、前提が違うのか。実の子どもを呼べないほどのトラブルではなく、スキアを限定して『帰省するな』と告げている可能性。


「嗚呼、そういうことか」


 そこまで思考が巡った辺りで、ようやく心当たりに辿り着いた。


 オレの得心した反応を受け、スキアが僅かに前のめりになる。


「な、なな、何か分かったんですか?」


 彼女には珍しい前傾姿勢。よほど家族が心配らしい。


 前々から聞いてはいたけど、チェーニ家の家族仲はかなり良好の模様。ロラムベル公爵家も仲睦まじい方だが、スキアのところはそれ以上だ。


 一妻のみなのに子だくさんなのもそうだが、本当に近年まれに見る家柄だと思うよ。個人的には好感が持てる。


 オレは、スキアへ落ち着くよう諭してから語る。


「推測にすぎないことを踏まえた上で聞いてくれ。おそらく、スキアが光魔法師として覚醒した結果、チェーニ子爵分家に粘着する輩が現れてるんじゃないかな」


「それはあり得る話ですね」


「光魔法師は貴重」


 オレの予想に、隣で耳を立てていたカロンとニナも同意を示す。


 光魔法は適性持ちが少ないだけではなく、それを実際に行使できる者はさらに希少なんだ。聖王国内ではカロンやスキアを含めた四人しかおらず、森国しんこくに至ってはゼロ。他の周辺国でも一から三人程度しか確認できていない。


 だからこそ、光魔法師を巡って争奪戦が起こるのは常だった。今代の聖王国は、神に選ばれた聖女や聖王家の一員、フォラナーダという後ろ盾がある面々ゆえに、そういった蠢動しゅんどうが発生しにくかっただけ。


 これらの話を踏まえた上で、改めてスキアの身分を確認しよう。子爵分家の四女という、他に比べると圧倒的に低いもの。光魔法師の獲得によるアドバンテージを考慮すると、いつ誘拐されても不思議ではない立場だった。


 今まで彼女が無事だったのは、ひとえにフォラナーダの後ろ盾があったから。堂々とオレたちに同行していたお陰で、手を出されなかったんだ。


「正直な話、国内の貴族なら、フォラナーダの関係者ってだけで牽制できると考えてたんだよ。もしもこの推測が正しかった場合、結構驚きの結果だな」


「あ、あああ、あたしが、み、みみ、みんなに、ま、また迷惑をッ」


「うわっ、落ち着けって」


「スキア、どうどう」


「今回はスキアさんのせいではありませんよ。悪いのは仕掛けてきた方ですから」


 できるだけ気楽さを心掛けたんだけど、当のスキアは軽くなんて受け止められなかったよう。全身を震わせて、その場にうずくまってしまう。


 そういえば、彼女の自立したかった理由は、『魔法が使えなくて家族に迷惑をかけっぱなしだったから』と言っていたか。さらなる迷惑をかけたと知れば、重責を感じるのも当然か。


 とはいえ、カロンの言う通り、スキアが悪いわけではない。


 オレは気休め程度に【平静カーム】をかけつつ、努めて優しく告げる。


「気負うなって言うのは無理だろうけど、安心しろ。今回の件は、オレたちも対処するから」


「そ、それは……」


 バッと顔を上げたものの、気まずそうに言葉を詰まらせるスキア。


 もありなん。実家の事情に上司を巻き込むなんて、進んで頼めるはずがない。相手が格上の貴族なら尚更。


 だが、今回ばかりは気を咎めなくても良い。


「事の発端は、オレがスキアの病気を治したからだ。アフターケアはしっかり行うって言っただろう? だから、気にしなくていい」


 そう。チェーニ子爵分家に光魔法師にまつわる厄介ごとが降りかかっていた場合、原因を作ったのはオレだ。オレが関わらなければ、余計な問題は発生しなかった。


 今回は自分の不始末を片づけるだけ。ゆえに、スキアが責任を感じる必要はなかった。


「で、でも」


 ところが、スキアの表情は優れない。


 まぁ、オレのセリフで納得できるくらいなら、最初から悩まないよな。しかし、もはや決定事項だ。諦めてほしい。


 オロオロし始める彼女を余所に、オレはチェーニ領へ向かう予定を考える。


 そこで、ふと気がついた。


「スキア、一つ尋ねたいんだが」


「な、なな、何でしょうか?」


 めちゃくちゃ警戒するスキア。


 今の流れだと仕方ないけど、質問自体は全然関係ない内容なのが申しわけない。


「キミの実家って、山のふもとに広がってて、国内でも気温の低い地域だったよな?」


「は、はい。よ、よく冷害が起こるので、の、農作には不向きな土地です」


「たしか、湖のある街があったと記憶してるんだが」


「は、はい。あ、ありますよ。か、観光に寄る、ふ、富裕層もいらっしゃいます」


 スキアの返答を聞き、オレはニンマリ笑顔になった。


 それを見て、カロンとニナが目を見開く。


「お兄さま、まさか……」


「なるほど、盲点」


 二人は気づいたらしい。


 涼しくて、観光名所にもなる湖がある。まさに、お忍び旅行に打ってつけではなかろうか。


 スキアの問題もあるから純粋な休暇とはならないだろうけど、それでも一時の憩いにはなるに違いない。


 大丈夫。ちゃんと問題を解決してから遊ぶさ。心配はいらない。


 こうして、残る夏休みの予定は決定した。

 

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