Chapter8-ep 過去を糧に夢を掲げる
エクラを黒幕とした事件が終わり、一週間が経過した。その間、フォラナーダの主導による尋問が黒幕一同に行われたけど、新たに判明した事実は多くない。せいぜい“アウター”関連の研究成果くらいで、大半はエクラやキテロスがすでに語った内容だった。
関わっていただろうグリューエンについても、まったく情報は出てこなかった。オレも調査には携わったものの梨のツブテ。おそらく、彼女の発する認識阻害の魔力のせいだと思われる。直接感知するならまだしも、ヒトや物を間に挟むと、オレでも追跡は難しい。本当に厄介な能力だ。
ちなみに、二人の扱っていた
そして、様々な調査を受けたエクラ一行は、つい先刻に処刑された。今回の一件はウィームレイ――聖王家の依頼だったので、聖王国の法に則った形だ。危険薬物の散布と国家転覆の画策は、どう言い繕っても見逃せる所業ではない。
地下の訓練場で汗を流していたところ、ウィームレイからの【念話】によって、エクラたちの処刑が終わったと知った。
実は、今回の刑罰は秘密裏に行われている。というのも、隠れている魅了された連中がいるかもしれないからだ。下手に反逆者として公表すると、見境なく暴れられる可能性があったんだ。
まぁ、【魅了】の効果自体は、オルカが魔眼を破壊した時点で途切れているはずなので、あとは徐々に洗脳状態が薄まっていくのを待つしかない。
精神操作系は、同種の魔法で解除しない限り、即時に元に戻らないのが怖いところだと思うよ。長年魅了され続けた者に至っては、それが本物の感情だと錯覚してしまうから、さらに厄介だ。
改めて、安易に精神魔法を行使しないと自戒する。
オレは、自分が意思の強い人間だとは考えていない。楽な道があるのなら、ズルズルとそちらへ寄ってしまう自信があった。精神魔法の戒めを緩めれば、『これくらいなら大丈夫』のハードルを下げていき、最終的には他人と接する度に精神魔法を使うようになると思う。行きつく先は、文字通りの
そんな、家族に嫌われそうな覇王ルートは勘弁してほしい。いや、その道に進んだ場合、家族の価値観も精神魔法でいじるか? ……オレならやりかねないな。マジで気をつけよう。
「一度、休憩するか」
ウィームレイの報告を受けるため、わざわざ【刻外】を使わずに鍛錬していた。それが果たされた以上、ここから先は時間の有効活用をしたい。
ただ、このまま鍛錬続行するのも何なので、一息吐くことにした。訓練場の隅に置いておいたタオルと水筒を手にして、喉の渇きと流した汗を対処する。
しばらくして、続く鍛錬のために【刻外】を発動しようとした時、常時展開している探知術に反応があった。オルカが、ここを目指して階段を下りている。
この時間にオレが訓練場を使用することは、あらかじめスケジュールに組まれていたはず。となると、彼はオレに用件があるのだと予想できた。
タイミング的に、エクラの処刑に関する話かもしれないな。
そう考え、魔法を発動しようとしていた手を止める。それから、大雑把にしか拭いていなかった汗を、しっかりと拭い直した。
一通りの作業を終えたと同時に、オルカが鍛錬場に姿を現す。彼はこちらを認めると、頬笑みを見せて近寄ってきた。
以前よりも、オルカはオレへの態度が柔らかくなった気がする。前から懐いてはいたけど、今はふにゃふにゃといった感じだ。
嗚呼、原因は理解しているよ。現在進行形で、滂沱な愛情の波が拡散しているし。
きちんと対応しなくてはいけないと思いつつも、カロン以上にハードルが高いなとも思ってしまう。
申しわけないとは感じているが、グリューエンとの決着がつくまでには覚悟を決めるので、容赦してほしいところだ。
「ゼクス
ある程度距離が縮まった辺りで、オルカが声をかけてきた。
断る理由はない。オレは素直に頷く。
「エクラの件か?」
「無関係ではないけど、少し違うよ」
おや? てっきり、エクラにまつわる話だと考えていたんだが、当てが外れたな。
こちらの内心を察したのか、オルカは苦笑を溢す。
「エクラについては、もう終わったことだから」
「あー……言われてみると、改めて何を話すんだって感じだな」
得心した。今さら話す内容なんて存在しない。すでに、彼女は処刑されてしまったんだから。思い出話に浸るくらいだろう。
「じゃあ、何の話だ?」
オレは再度問い直す。
すると、オルカは表情を真剣なそれに切り替えた。
「将来の話だよ」
これに対し、色恋云々が思い浮かんでしまったオレは、かなり周囲に毒されている気がする。
とはいえ、彼の雰囲気からして、そういう甘酸っぱいものではないと理解できた。
「エクラたちの事情を聞いて、色々と考えちゃったんだ。あんなに狂うほど目指したモノは何なのかって」
オレはオルカの話に耳を傾ける。
正直、犯罪者たちの動機等には微塵も興味はなかったが、幼馴染みの彼には感じ入る部分があったんだろう。そうして、自分なりに考えをまとめてきた。
大切な義弟が懸命に考えて出した答えを一蹴するほど、オレは狭量ではないつもりだ。
「たぶん、エクラやウォードさんは“平等”が欲しかったんだろうね」
「差別がないってことか」
「うん。貴族社会を壊すとか言ってたけど、根本にあったのは、無属性持ちや獣人に対する差別への
「なるほど」
筋は通っている……ほどでもないが、納得できる論理だとは思う。自らに降りかかる差別をどうにかしたい。そんな当たり前の気持ちが、紆余曲折を経て歪んでしまった。あり得る展開だと感じた。
だから、と彼は続ける。
「ボクは、無属性持ちや獣人への差別がなくなるよう、色々と行動してみたいんだ。二度とエクラたちみたいなヒトが生まれないように、社会を良くしていきたい」
そう力強く語るオルカの瞳は、目映いほど輝いていた。原作での、絶望や悲嘆に暮れた
「一般常識を変えていく苦労は、生半可じゃないぞ」
「分かってるよ。もちろん、ボクの世代じゃ達成できないことも。でも、新しい時代の足掛かりにはなれるかもしれない」
「差別撤廃への活動だけじゃ、食っていけない」
「仕事はキッチリこなすから安心して。だって、ずっと一緒にいるって言ったもん」
「後ろ指を差されるかもしれない」
「大丈夫。ボクにはゼクス
あえて覚悟を試す問いを投げたが、すべてに明確な答えが返ってきた。その目を見て理解はしていたけど、中途半端な意思による決断ではないらしい。
オレは肩を竦める。
「分かった。オレも全面的に協力しよう」
「えっ。そこまでしてもらわなくても」
こちらのセリフに、目を見開くオルカ。
どうやら、自分の決意表明だけのつもりだった様子。ふふ、見くびられたものだ。
笑声を漏らしながら、オレは言う。
「バカ言うな。大切な義弟の活動を支援しない兄はいない。そもそも、オレだって差別対象の無属性持ちだ。喜んで協力するよ」
「ゼクス
オルカは頬を上気させ、満面の笑みでお礼を口にする。その姿は、恋する乙女そのものだった。男だけどさ。
「……」
あまりの可愛さに、思わず言葉を詰まらせてしまう。
……オレの心が陥落するのは、意外と早いのかもしれない。
それから、オレたちは将来の打ち合わせをした。とりあえず、本格的に動き出すのは卒業後として、今は情報収集等に徹するとのこと。
頑張るぞ! と気合を漲らせるオルカに、オレは自然と口元を緩ませるのだった。
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これにてChapter8は終了です、ありがとうございました。
明日から23日まで幕間を投稿し、その後24日よりChapter9を開始する予定です。よろしくお願いします。
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