Chapter8-6 後継者と商人(8)

「さすがはフォラナーダ伯、ウォードさまと同じ無属性持ちのだけはありますね。もしや、あの方と同様のお考えを?」


「バカ言うな。そんなテロリズム、まったく考えてないわ」


 つい声に魔力を乗せてしまい、足元にヒビが入る。


 おっと危ない。今までで一番の侮辱だったせいか、魔力の制御が乱れてしまった。


 ウォードと同類とか勘弁してくれ。故人を悪く言いたくはないけど、彼は『自分の目的を達成するためなら、精神魔法で他者の意思や尊厳を捻じ曲げても良い』と判断した外道だ。その辺りの一線を精いっぱい守っているオレを、一緒くたにしてほしくはない。


「どうやら、相容れないようですね。その様子では、交渉する余地もないと考えて宜しいでしょうか?」


 完全に警戒されてしまったらしい。


 まぁ、仕方ないか。情報は十分聞き出せたし、残りは尋問で何とかしよう。


 オレは首と肩を捻って体を解す。それから、静かに告げた。


「オレとそちらの道は正反対だよ」


 論ずるまでもない。事態を収拾するため、トドメの魔法を放とうとした。


 ところが、それは一つの声とともに中断される。


「ゼクスにぃ


 オルカだ。それほど大きな声ではなかったが、しかと周囲に響き渡った。


 可愛い義弟の言葉を無視するわけがない。幸い、エクラはこちらを警戒して動かないし。


 オレは問う。


「どうした?」


「ワガママ言っていいかな?」


「内容によるけど……」


 いくらブラコンと言えど、安請け合いはしない。悪影響しか与えない頼みはキッパリ断るのが正しい兄だと思う。


 対して、彼は苦笑いを浮かべた。


「この場は、ボクに預けてくれないかな?」


「エクラの相手をしたいってことか?」


「ううん。ここの全員を相手にしたい」


「……」


 驚いた。オルカらしからぬ大胆な提案だった。


 情も大切にするけど、彼はアリアノートのような合理思考に近い。だからこそ、エクラの相手はともかく、他の影者えいじゃまで倒したいと願うとは思わなかった。いつもの彼なら、確実を期す方法を選んだろうから。


 オルカは言葉を重ねる。


「大丈夫。勝つ手段はちゃんと用意してる。ボクが、彼女に引導を渡したいんだ」


「……分かった。任せる」


 逡巡は僅かだった。オルカの瞳に宿った確固たる意思を見て、それを一蹴する判断はできなかった。


 作戦はあるそうだし、何か不測の事態が起きたらフォローすれば良い。そう考え、オレは肩の力を抜く。観戦モードに移行した。


「エクラ。かつての友として、ボクがキミを止めるよ」


「何をするのかと身構えましたが……まさかオルカ一人に全員を任せるなど、私をバカにしているのですか?」


 エクラのセリフはオルカに向かっていない。あくまでも、この場で一番の実力者であるオレへ意識が向いていた。


 彼女の問いに、オレは答えない。もうオルカにこの場を託したんだ。あとは、彼の行動を見届けるのみ。


 すると、エクラは舌を打つ。


「チッ。良いでしょう。オルカ、まずはあなたを叩き潰し、人質とします。そうすれば、フォラナーダ伯への手札となるでしょう。彼は、これ以上は手を出さないようですから」


 エクラの戦意に反応して、今まで直立していた影者えいじゃたちが戦闘態勢へ移る。


 はてさて、オルカがどう対処するのか見物だな。


 正直、戦力差はエクラ側に傾いている。魔力操作が上手いとはいえ、オルカは戦闘特化ではないからな。影者えいじゃ三体くらいまでなら無傷で打破できるだろうが、六体でギリギリ、それ以上になると厳しいと思う。


「行きなさい!」


 エクラの号令とともに、影者えいじゃが襲いかかる。キテロスの時みたいに、技巧なき突進ではない。各々がタイミングを計った、技術ある襲撃だった。


 召喚主によって技量が変化するのか。面倒くさいな、グリューエンの魔法は。


 怒涛の攻めを敢行する影者えいじゃたち。それに対して、オルカは回避に徹した。十一の攻撃を、最小限の動きでヒラリとかわしていく。


 これは、以前にマリナが見せたものに似ているな。彼女ほどの感知能力はないため、複数の探知魔法を同時展開することで再現している。熱、振動、音の探知の使い分けは、オルカの魔力操作力があってこそだった。


 しかも、驚嘆すべき点は他にもあった。オルカは探知魔法を行使しながら、反撃用だろう別の魔法も構築しているんだ。オレから見ても、眉をしかめてしまうレベルの複雑怪奇の魔法を。


「うわぁ。何なんッスか、あれ」


 思わず漏れたんだろう、ガルナの声が聞こえる。


 まったくもって同感だ。あれは敵の攻撃を回避しながら、別の魔法を三つも発動しながら築ける術ではない。走りながら、両手両足で四つの裁縫を実行しているようなもの。要するに、あり得ない手腕だった。


 程なくして、ついにオルカの魔法は完成する。詠唱で補強することなく、無音で展開される。


 その魔法は、一見すると光る粒子だった。風に舞う砂粒の如く、彼の周りを飛来する。


 しかし、見るヒトが見れば分かる。あの粒子は極小の針だ。土魔法で生成した鉄針をベースに、灼熱の炎と高速で流れる風がコーティングされている。軽く触れるだけで、対象はズタズタに分解される凶器だ。


 そんな針が万以上も宙を舞っている。音も立てず目視もしにくい極小が、自由自在に虚空を飛んでいる。


 この魔法が放たれた時点で、勝敗は決した。


 次の瞬間、影者えいじゃのすべてが粉微塵に消えた。そして、


「……」


 声を上げる暇もなく、エクラも倒れ気絶した。手足が消し飛び、両のまなこが潰れて。


 幸いなのは、針の熱で傷口がふさがっていることか。出血多量で死ぬことはない。


「終わったよ、ゼクスにぃ


 悲しげにエクラを見つめるのは僅か。オルカは戦いの終わりを告げた。表情は、やはり沈痛なそれ。


 オレは彼に近づき、軽く抱き締めながら頭を撫でる。


「頑張ったな」


「……うん」


 声が潤んでいるのは、気づかなかったフリをしよう。彼だって、意地を張りたい男の子なんだからな。




 その後、それほど時間を置かずに施設の制圧は完了した。


 苦い後味を残しつつも、事件は一応の決着をつけるのだった。

 

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