Chapter8-6 後継者と商人(7)

 魔眼を爛々と耀かせるエクラ。彼女は、まっすぐこちらを見据える。


「やはり、フォラナーダの面々には魅了が通じないようですね」


「なるほど。あの手紙を出したのもお前たちだったか」


 オレの呟きに、エクラは肩を竦める。


「ええ。お陰さまで、計画が大いに狂ってしまいましたよ。結果はご覧のありさまです」


「事を急いだ理由はそれか」


 将来の布石として手紙を出したのに、それが潰されてしまった。彼女としては身バレの可能性を考慮せざるを得ず、オルカに迫るという強硬手段に出てしまったと。


 少々お粗末な理由だが、相手が未成年の学生だと思えば納得もいくか。


 それにしても――


「白い魔力を宿す魔眼に、魔法適性を後天的に追加する“アウター”。……なるほど、胸クソ悪い話だ」


「あら、気がつかれましたか。フォラナーダ伯は、ずいぶんと魔法研究に明るいようですね」


 渋面を浮かべるオレに対し、当人たるエクラは他人事のようにコロコロと笑う。


 エクラにとって、この施設で行われた人体実験なんて、笑って済ませられる程度ということか。本当に、過酷な奴隷生活だったんだな。


「どういうこと?」


 オルカは未だ状況を把握できていないらしい。不安げな声を漏らす。


 無理もない。彼はオレほど情報を有していないし、研究職でもない。この残酷な結論を下す土台がなかった。


 どう答えたものかと言葉を選んでいたところ、無遠慮にエクラが口を開く。


「簡単な話ですよ、オルカ。この施設では、魔法適性の移植・・を研究していたのです。私の魔眼や“アウター”は、その研究過程で誕生した代物ですね」


「魔法適性の移植……移植!?」


 最初こそ首を傾げたオルカだったが、すぐに言葉の意図に気づいたみたいだ。瞠目どうもくし、一気に顔色を悪くする。


 チッ。もう少し相手に配慮して発言しろと物申したい。こっちの気遣いが台無しだ。


 しかし、エクラが断言してくれたお陰で、色々と得心した。“アウター”の製造方法や、三属性持ちトリプルのエクラが何故に無属性の魔眼を覚醒させているのか。疑問点が一気に解消された。


 魔法適性の移植と聞いて、どのような手法が考えつくだろうか。素人だと【魔力譲渡トランスファー】みたいに『魔力を直接植えつける方法』を連想すると思う。


 ところが、その手の研究に触れたことがある者の見解は異なる。物理的に移植するんだ。一番手頃そうなのは“血を飲む”。もっとも効果がありそうなのは“骨髄を移植する”か。


 何故、そんな結論に至るのか。それは、魔力とはヒトの血液に紐づいているためだ。我らの先祖が、血液を依り代に世界と契約した。ゆえに、『血肉を取り込むことで、魔法適性も取り込めるのではないか』と推察できるのである。


 まぁ、普通は、考えついても実行に移さないけどな。猟奇的な実験になるもの。そも、魔力の由来に辿り着くまでが至難の業だ。


 それに、この階層に存在するホルマリン漬けの人体パーツを見るに、ただ血を飲むだけでは適性を追加できないと予想できる。死に至らしめるレベルの血肉を奪わないと、新たな魔法適性は得られないんだろう。


 エクラは狂ったように笑う。


「あはははははは、理解したみたいですね。そう、“アウター”の原材料はヒトの血肉。殺した奴隷の肉体を薬品とともに混ぜて抽出した代物ですよ。まさしく、ヒトの魂が詰まった薬です」


「じゃあ、エクラは……」


 オルカは愕然としながらも問うた。


 対し、エクラは笑みを浮かべたまま答える。


「嗚呼、私はプロトタイプですから、もっと原始的ですよ。ここに来る前に目を失っていたので、ちょうど良いとこの両目を移植されたのです」


「ウォード・イセンテ・ガルバウダの眼か」


「はい、仰る通りです。我が愛しの君の瞳をいただきました。そうしたら、この魅了の力に目覚め、現在に至るわけです」


 瞳自体はウォードのモノだから、分析でも術者がウォードと出ていたらしい。これは【白煌鮮魔びゃっこうせんま】の思わぬ弱点だな。情報を鵜吞みにしすぎると、そのうち痛い目を見るかもしれない。今後は気をつけよう。


「まさに運命でしょう。ウォードさまがお亡くなりになられたと聞かされた際は絶望しましたが、この能力に目覚めて確信いたしました。ウォードさまは私の中に生きていると。あの方が、私に悲願を成就せよと仰っておられるのです!」


 陶酔したように、うっとりと瞳の周囲を撫でるエクラ。壊れた噴水の如く、愛の感情が溢れている。狂愛とも言うべき、ドス黒い色の感情だった。正直、これを愛と表現するのは抵抗があるくらい、彼女の抱く想いは拒否感がある。


「あはは、次は私が質問する番でしたね。といっても、大体の事情は理解できたのですが……。では、あなた方は、私を見逃すつもりはございますか?」


「ないな」


 キッパリと言い切るオレ。


 すると、エクラはさらに笑みを深める。


「理由をお伺いしても?」


「ウォードの悲願とやらを、叶えさせるわけにはいかないからだよ」


「あら。ウォードさまが何を目指していらっしゃったのか、お分かりになるので?」


 不思議そうに首を傾ぐエクラに、オレは肩を竦める。


「ウォードはオレと同じ無属性だったんだろう? で、ガルバウダ家では扱いが良くなかった。そんな奴が魅了なんて力に目覚めたとすれば、目標は一つしかない」


 長年の疑問だったんだ。今回の事件のキッカケとなった内乱は、どうして発生したのかって。


 もちろん、一神派が十年以上も下準備に費やした結果なのは理解している。二大派閥の片割れが用意周到に準備を進めたのなら、そうそう防げるものではない。


 だが、数少ない手札でそれを容易く覆せる人材に、オレは心当たりがあった。


 アリアノート第一王女。彼女の政略に長けた手腕と明晰な頭脳をもってすれば、あんな内乱なんて未然に防げただろう。国力の低下を招く争いだったのだから、止める理由しかなかったはずだ。


 だのに、彼女は何もしなかった。幼少ゆえの手抜かりかとも考えていたけど、今は違うと断言できる。


「――国家転覆。ウォード・イセンテ・ガルバウダは、現聖王国の貴族制度を潰そうとしていた。違うか?」


 オレの答えに、オルカと背後のガルナが絶句する。


 バカバカしいと思える発言だったが、肝心のエクラは二人とは異なる反応を見せた。感心と驚愕をい交ぜにした、嬉々とした顔を見せる。


「素晴らしいです、フォラナーダ伯。あなたの仰る通り、ウォードさまは現政権の打破を掲げておりました。差別のない社会を目指しておられたのです」


 アリアノートは、何らかの手段でウォードの思惑と魅了の能力を知ったんだろう。そして、国家の危険分子と判断した。


 内乱を見逃したのは、それに乗じてウォードを始末するためだったに違いない。魅了による反乱と謀略の末の内乱であれば、後者の方が被害軽微で済むと勘定したんだと思われる。


 本当に冷徹な女性だよ、アリアノートは。ウォードが危険すぎるというのは賛同できるけど、オレは彼女のように決断を下せそうにない。

 

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