Chapter8-6 後継者と商人(6)

 エクラたちの登場に、そこまで驚きはない。『嗚呼、やっぱり』という気持ちが強かった。オルカも一緒なのは意外だったけど、そちらも仰天するほどではない。


 先刻の会話から察せる通り、キテロスは決して情に厚い人間ではない。そんな人物が、タダでエクラを奴隷より解放するわけがないんだ。彼女がこの地に売り払われた経緯等を鑑みるに、キテロスの言っていた『彼女』とは、エクラのことを指していたに違いなかった。


 はてさて、どう動こうか。


 オレは心のうちで呟く。


 現状、目前にオルカとエクラが対峙している。オレから見てほぼ横並びの立ち位置で、本来なら即座に救助したいところ。


 しかし、転移してきたのは二人だけではなかった。十一に及ぶ影者えいじゃが、オルカとエクラの周囲に入り乱れて展開していた。このまま戦闘に移れば、乱戦は避けられない。


 まぁ、オルカを無事に確保する術は持っているけど、素直に行動するには、少し惜しい状況なんだよな。エクラ視点だと、オルカを人質に取って優位に立てている風に映るわけだし。


 とりあえず、オルカに事情を窺うか。今後の方針も、彼の意向に沿った方が良い気がする。


 この緊張状態の中、悠長に会話を交わす時間があるのかと疑問に思うかもしれないが、その辺は解決できる。元々、【身体強化】の一環で思考速度は加速している上、今や時間操作もできるもの。魔法って便利だね。


 そう、現在地はオレの結界内部。時間系魔法の適用範囲内だった。


 オレは周囲の体感時間を鈍化させ、オルカへ【念話】を送る。


『オルカ、状況報告を頼む』


 あまり魔力を無駄遣いはしたくない。緊急時ゆえに、端的に質問を投げかけた。


 彼も冷静さは失っていなかったよう。動揺を面に出す愚は犯さず、これまでの経緯を語る。


『クラブ活動中、急にエクラが尋ねてきて、告白の返事を催促してきたんだ。カロンちゃんたちの前なのも気にせずね。こっちは折りを見て、近日中に伝えようと思ってたんだけど、形振り構わないって感じだったよ』


 もしかしたら、こちらの急襲を察知された? いや、それはあり得ないか。そういったものには最大限の注意を払っていた。それに、転移してきた直後のエクラは、ここが制圧されていることに驚いていた。別件により、急いで動かざるを得なかったと踏むべきだろう。


 オルカは続ける。


『仕方ないから、その場でお断りの返事をしたんだよ。そうしたら、エクラは鬼気迫る様子で迫ってきたんだ。なだめようと頑張ったけど、こっちの言葉に耳を傾けてくれないほど錯乱してて……。最終的には、カロンちゃんたちも止めに入るレベルさ』


『落ち着かせようとしたら、影者えいじゃ――黒いアレをび出したのか?』


『うん。黒い水晶玉みたいなものを地面へ叩きつけて、あいつらを召喚してたね。で、襲いかかってきたから戦闘開始。不意打ちかつ結構強かったから乱戦になっちゃって、気がついたらゼクスにぃのところに転移してた感じかな』


影者えいじゃは、全員こっちに転移してるか?』


『全員じゃないと思う。何体か倒したから正確じゃないけど、多くて五体くらいは向こうに残ってるかもしれない』


 おおむね、現状に至る流れは理解した。カロンたちの方は、とりあえず置いておこう。影者えいじゃが五体程度ならば、彼女たちだけで十分対処できる。


 となると、やはり問題はこちら側だ。影者えいじゃを召喚する水晶玉や【シャドーウォーク】の行使など、エクラが抱えている秘密は多い。そこはキチンと聞き出さなくてはいけなかった。


 速攻で捕らえて尋問も良いが、それだと時間がかかりすぎる。あの手の輩は何かしらの信念を持っており、なかなか口を割らない場合が大半だ。


 であれば、現状を利用するのがベストか。まやかしとはいえ、エクラにとって有利な状況。誘導次第でペラペラ喋ってくれる可能性はある。徒労に終わっても、普通に尋問すれば良い。リスクヘッジは十分だった。


 よし、方針は決まった。


『現状を維持して、エクラに情報を吐かせる。身に危険が迫るまで待機してくれ』


『……できれば、穏便に済ませてほしいかな』


『それは向こうの行動次第だな』


『うん、それは分かってる。できれば、でいいよ。ゼクスにぃの負担になるのなら、ボクに遠慮する必要はないから』


『……善処しよう』


 せっかくの可愛い義弟の頼み。普段なら即座に快諾するんだが、今回に限っては難しかった。エクラのような手合いは、自ら始末以外の道を閉ざす行動に出てくるもの。


 ただ、彼にも言った通り、善処はする。政治家のポーズではなく、本気で努力はするつもりだ。


 最後に、ガルナを含む施設内の部下たちへ『こちらへの介入禁止』を言い渡し、オレは時間の流れを元に戻した。


 長々と【念話】で連絡していただなんて微塵も知らないエクラは、自分の優位を信じて疑わない笑みを浮かべる。


「フォラナーダ伯、ここは話し合いで矛を収めませんか?」


 転移前は錯乱していたという話だったから、まずは気を鎮めさせる段階だと考えていた。だが、想定していたよりも彼女は理性的の様子。


 理由は判然としないけど、怒涛の展開すぎて、逆に冷静さを取り戻せた口かもしれない。状況が複雑化するほど、かえって落ち着く者は稀にいる。


「こちらにメリットを感じないが?」


 オレは努めて冷静に振舞う。がっつかないよう心を落ち着け、不自然さを抱かれない会話を心掛ける。


「あなたの大切な弟さんが、傷つかなくて済みます」


「この程度の連中では、オレたちは倒せない」


「でしょうね。私も驚きましたよ。あなたの婚約者方が、あれらと対等以上に戦えていたのですから。ですが、こちらも後がないのです。全力で抗えば、オルカに重傷を負わせるくらいは可能でしょう」


 エクラの瞳が狂気の色を宿す。


 あれは本気の目だな。オレが交渉を蹴れば、今言った内容を迷いなく実行するだろう。


 たしかに、十一の影者えいじゃが形振り構わずオルカに集中すれば、彼を傷つけられるとは思う。彼女の見解は正しい。まぁ、オレがオルカたちと同レベルの場合という但し書きが付随するけどさ。


 とはいえ、素直に『キミの戦力じゃ、こっちにかすり傷一つ付けられないよ』なんて言う必要はない。逃げ道はふさいでいるんだから、ゆっくり情報を聞き出す余裕がコチラにはある。


 オレは肩を竦め、会話に応じる旨を伝えた。


 それを受け、エクラは「ありがとうございます」と礼を言い、笑みを深めた。カロンたちのような魅力的なものではなく、凶悪と表すべき邪なそれだ。


「早速交渉を、と申したいところですが、お互いに状況を整理できていないと思います。情報交換と参りませんか?」


「……構わない」


 是非に! と食いつきたい気持ちを必死に抑え、無難な返しをした。


 いやはや、まさか求めていた情報を、あちらが進んで提供してくれるとは思わなんだ。


 よく考えてみれば当然か。向こうにとっても、オレたちの襲撃は寝耳に水だったんだろう。学生の“アウター”使用者が捕縛されたことは既知だと思うが、それ以外はまったく情報を得ていなかったはず。末端組織は秘密裏に処分し、情報統制によって外部に一切漏洩していなかったんだから。


「交互に一つずつ質問する形式で如何いかがでしょうか?」


「妥当だな」


 一方がすべてを話してしまえば、もう一方が口を開く必要性が消えてしまう。信用皆無の敵同士ゆえに、この辺りの調整は必至だった。


 オレが承諾すると、エクラは言う。


「では、まずはコチラからお教えしましょう。信用されていないでしょうし。何をお聞きしたいですか?」


「そうだな……。エクラ嬢。キミは、元はこの施設の実験体として買われた奴隷、で間違いないか?」


「ええ、その通りです。様々な場所で酷使されボロボロとなった私は、最後の墓場として、この施設に連れて来られました」


 そう答えるエクラの声音には、強い怒りが滲み出ていた。


 やはり、彼女の奴隷生活は過酷だった模様。話し振りからして、文字通りボロボロだったんだろう。現在、こうして外見こそ取り繕えているけど、内部が大きなダメージを負っていることは想像に難くない。


「次は私の質問ですね。どうやって、この施設を突き止めたのでしょう?」


「末端組織を潰し回った結果だ」


「それにしては一切報告が……嗚呼、フォラナーダの暗部は優秀ですものね」


 一瞬訝しんだエクラは、すぐに納得の表情を浮かべた。


 予想していた通り、彼女たちは末端組織の壊滅を知らなかったよう。ともすれば、なおさら不思議に思うのは、どうしてオルカの返事を急いたか、だ。焦る原因が別にあったんだろうけど、それが何なのかが判然としない。


 浮かぶ疑念は心のうちに留め、オレたちは質疑応答を繰り返す。


「キテロスと手を組んだ経緯は?」


「私がこの施設を脱走した際、その道中で彼とお会いしたのですよ。私は彼の援助が、彼は私の力が欲しかった。持ちつ持たれつの関係を築きました。今の質問から察するに、キテロスさまは既に?」


「捕縛済みだ。生きてはいる」


「ハァ。彼は影を一体しか保有していませんでしたからね。過剰戦力は経費の無駄だとか言って。最後の詰めが甘いというか何というか……」


 呆れ果てた様子のエクラ。そこに彼の身を案じる感情は見られなかった。先の回答を考慮すると、二人の関係は真にビジネスライクだったんだと分かる。利益が得られなくなれば、それまでという。


「次の質問だ。エクラ嬢、キミの目的はなんだ? “アウター”を作り、何をしたかった?」


「……」


 一歩踏み込んだ問いに、彼女は一拍の間を置く。


「一つ勘違いを正しておきましょう。“アウター”の製造を続けたのはキテロスさまであって、私ではございません。彼が欲したから私は手伝った、それだけです」


「キミの目的に、“アウター”は必要ないと?」


「資金源でもありましたから、一概に不必要とは申しませんが、ほぼ無関係なのは間違いありませんね。私の目的はずっと一つ、ランプロス家の復興との意思を叶えること」


「彼?」


 エクラの雰囲気が変わった。『彼の意思を叶える』と口にした瞬間より、一般的な推移だった彼女の感情が、スッと凪のように静かになった。


 こちらが身構えると同時に、エクラの内包する魔力が波打つ。体外へ放出していた魔力の色が、徐々に徐々に透けていく。


 オレは、その様子を見て即座に理解した。発動状態を維持していた【白煌鮮魔びゃっこうせんま】が、彼女が何をしようとしているのかをあばいた。


「魔眼かッ」


「魔なるまなこ、ゆえに魔眼ですか。言い得て妙ですね」


 得心しながら笑うエクラの瞳は、普段の二人静色より極めて薄くなっていた。まるで白い絵の具でも塗りたくったかのように、その色彩を欠落させていた。


 白い魔力をその両玉から放ちながら、彼女は高らかに告げる。


「私がウォードさまの意思を継ぎましょう。彼の眼・・・に、彼の願った景色を望ませてあげるために!」


 白い輝きを放つエクラは、狂気に染まった哄笑を上げるのだった。

 

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