Chapter8-6 後継者と商人(4)

 先行した部下たちが地下への出入口をマーキングしてくれたので、そちらに直接移動してしまう。


「作戦中だ。姿勢を正す必要はない」


 オレの登場に敬礼しそうになる部下たちを留め、地下へと降りていく。


 当主が最前線へ向かうなんて普通は言語道断な事態だけど、その辺は今さらの話。誰かに制止されることはない。


 階段は結構長い。先行する部下たちの足音の残響からして、地下三階分は続いているか?


 ……嗚呼、最深部まで階段が繋がっているのか。秘密施設の割に、防衛能力が低い気がするけど、階段を分けるほどの余力がなかったのかもしれないな。


 とりあえず、オレたちは最深部へ直行しよう。他は部下たちが調査してくれる。


 道中も、部下からの報告が【念話】で入ってくる。


『こちらボア3。地下一階の制圧を完了した。研究者と思しき面々を確保した。尋問のために連行する。当フロアは資料保管庫のようなので、収集および精査の人員を求める』


『こちらボアヘッド。了解した。捕虜の受け渡しが完了し次第、追加の人員を送る。それまで警戒を怠るな』


『こちらボア3。了解』


『こちらボア4。地下二階の制圧完了。このフロアは“アウター”の製造施設の模様。稼働中の製造魔道具を停止しても宜しいか?』


『こちらボアヘッド。破損なく停止できる場合に限り、許可する』


『こちらボア4。了解した。魔道具の停止を敢行する。……無事に完了。これより、捕縛した者たちを輸送する』


 部下たちは、順調に仕事を遂行しているらしい。作戦開始から三十分と経過していないが、滞りなくこの施設を制圧していっていた。


 ただ、未だにルデンシは捕縛できていない。おそらく、最奥エリアまで到達できてないんだろう。といっても、三十分程度で敵の首魁が捕まえられるのは無理か。作戦が順調なことに変わりない。


 そうこうしているうちに、オレたちは階段を下り切った。一枚の重厚な鉄扉があり、最深部に続いているのだと思われる。


 鉄扉の前には暗部五人も集まっていた。上階の制圧組より派遣されたメンバーなんだろう。彼らもこれから地下三階の制圧へ乗り出す様子。


 部下たちが、視線をこちらへ向けてくる。指示を仰いでいるんだ。オレが、この場の最高責任者だから。


 オレは淡々と言う。


「作戦通りに行動せよ」


「「「「「ハッ!」」」」」


 身を引き締め直した彼らは、キビキビとした動きで鉄扉を開き、室内へ雪崩れ込んでいく。


 オレ自身が先行するのが、一番安全で確実なのは事実だ。しかし、それでは部下が育たないし、彼らの仕事を奪ってしまう。将来を考慮すると、『全部オレが解決すれば良い』なんて結論ではダメなんだ。


 基本は優秀な部下たちに任せ、必要に応じてオレが出張れば良い。


 しばらくすると、入室していった部下たちの報告が入る。


『――こちらボア4.5。目標を発見。しかしこれは……』


『――こちらボアヘッド。ボア4.5、どうした。詳細を報告せよ』


『――こちらボア4.5。目標ルデンシと思しき死体を発見した。私見になるが、おそらく他殺だと思われる』


「なんだって?」


 想定外の報告に、オレは思わず声を漏らした。


 探知術を用い、報告してきた部下の居場所を探る。そこには部下の魔力反応しか存在せず、その傍にあるルデンシは確実に死んでいた。


 何で首謀者であるルデンシが殺されているんだ? いや、落ち着け。単純に仲間割れしたと考えるのが妥当だ。安易に決断は下せないけど、焦る必要性はまったくない。


『――こちらボア4.5。ルデンシは死後間もないため、犯人が近くにいると判断。死体の監視を一人立て、そちらの捜索を優先する』


「オレたちも動くぞ」


 その【念話】を聞いたと同時に、オレは駆けだした。探知術には、さらに奥にてたたずむ反応を捉えていた。その人物が怪しいのは確定している。


 いつもなら、この程度で自ら動いたりはしない。だが、今回は何となく嫌な予感を覚えた。経験上、こういったタイミングでの勘には従った方が良い。


 そして、その判断は正しかった。


 実験室なんだろう。人体パーツがホルマリン漬けされた巨大なビーカー。それが所狭しと並ぶ間を駆け抜け、くだんのルデンシの死体に辿り着いた時だった。


 そこに待機していた部下に話を聞く寸前。ブワッと、オレたちの髪をなびかせるほどの魔力が一帯を撫でていった。


 実体に干渉するくらいの魔力が、広々としたフロアを埋め尽くす。それはすなわち、規格外の魔力量を有する何かが出現した証左。普通のヒトでは手に負えない何かが、迫っていることに他ならなかった。


 【身体強化・神化オーバーフロー


 決断は早かった。


 魔力を感知した瞬間には、オレは魔力源へと走った。【位相連結ゲート】を開き、目的地へ飛び込む。無論、周辺被害には配慮したが、多少は風であおってしまったかもしれない。それほどの焦燥感に駆られていたんだ。


 全滅する危険性を摘むため、【位相連結ゲート】は間を置かず閉じた。全員を置いてきぼりにしたと思ったけど、気配からしてガルナは追随している模様。さすがは魔法司を務めているだけはある。


 要した時間は一秒にも満たなかったと思う。探知術で特定した部下の居場所は、床に魔法円の描かれた広場だった。部下たちは四肢を投げ出して倒れている。


 それからもう一つ。真っ黒に染まったヒト型の何か。それが、手にした巨大な両手斧を部下へ振り下ろそうとしていた。


 奥にもう一人いる気がするけど、確認する暇はない。


 遠距離攻撃よりも、このまま突っ込んだ方が早いッ!


「――ッ!!!」


 裂帛の気合を込め、繰り出される最中だった斧に向かってハイキックを放った。


 神化状態の蹴りは凄まじい威力を生み出す。こちらの脚が触れた瞬間に大斧は塵と化して消え、それを握っていた両腕は肩ごと爆散した。本体の方も、勢いに巻き込まれて吹き飛ぶ。


 敵に一撃入れておしまいとはいかない。オレは着地と同時に、次の行動へ移った。倒れ伏す部下たちを回収し、ガルナの控えている場所まで一気に後退する。もちろん、彼らにダメージを与えないよう細心の注意を払って。


 一連の行動が終わって、ようやく色と音が戻ってきた。神化を発動してから現時点まで、たぶん二秒かかっていないと思う。我ながら人間をやめている気はするが、深くは考えまい。


 それよりも重要なのは目前の敵だ。


「ガルナ、彼らの保護を。魔力に当てられて、気絶しただけだ」


「承知いたしました」


 状況をきちんと理解している彼女は、即座に首肯する。


「ゼクスさま、あの黒いのはグリュちゃんの魔法です」


「……分かってる」


 日々の訓練のお陰で、【白煌鮮魔びゃっこうせんま】は一瞬で発動できるようになった。それによって、あの黒いヒト型はダンジョン最深部で遭遇したモノと同様、【極閃光】の副産物だと判明している。


 薄々感づいてはいたけど、ローメに協力していた強者は金の魔法司グリューエンの分霊だと確定した。自由に外へ出られることを利用して、色々と暗躍しているらしい。今回の“アウター”もその一つだったわけだ。


 神化状態の攻撃を受けたというのに、黒いアレ――以後、影者えいじゃと呼称する――は腕の再生をすでに終えていた。得物も体の一部らしく、塵にした大斧も元通りである。


 影者えいじゃも劣化版の無効耐性を有していた。その上で再生能力持ちとか、かなり面倒くさい敵だ。


 また、さらに面倒くさい事実があった。


「キテロス。お前がココにいるってことは……」


 最奥にたたずんでいた人物とはキテロスだったんだ。

 

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