Chapter8-6 後継者と商人(5)

 最奥にたたずんでいた人物とはキテロスだったんだ。血に濡れた短剣を持っていることより、ルデンシを殺したのもコイツだと推察できる。彼の死因は、背後から心臓を刺されて起こったショック死だもの。


 オレの姿を見てもキテロスに動揺はない。


「その通りですよ。私が“アウター”を売買していた組織の黒幕です」


「ずいぶんとアッサリ認めるんだな。こちらはルデンシが頭だと予想してたんだが」


 そう。オレたちフォラナーダは、キテロスを怪しんではいたものの、“アウター”との関連性を見出せていなかった。見つかった繋がりも、あまり深い縁とは言えなかった。


 だから、何かしらの犯罪行為に手を染めているだろうが、別件だと考えていたんだ。ルデンシが主犯という証拠が挙がったのもある。


 正直言って、キテロスがどうして黒幕なのか、さっぱり分からなかった。


 こちらの反応を受け、キテロスは笑う。


「はははははは。そりゃ、こうして対面してしまいましたからね、認めますよ。もしかして、まったく証拠が出てこなかったから驚いてます?」


「……そうだ」


 業腹だが、頷くしかない。


 対し、彼は笑い続ける。


「でしょうねぇ。せいぜい、この国でも商売していた程度ですから、無理もありません。とはいえ、そちらの捜査も間違っていませんよ。元々、ここのトップはルデンシでしたもの」


「乗っ取ったのか?」


「はい。手段は秘密ですが、ここにある全部を奪いました。まぁ、表向きはルデンシさん主導とさせていただいていましたが」


 どうりでルデンシの名前しか出てこないわけだ。この地下に立てこもっていた連中以外、誰もがルデンシがリーダーだと思い込んでいた。ゆえに、キテロスが関係しているなんて情報が出てこない。


 外部に一切漏らさず、組織を乗っ取った手段は不明だ。しかし、それが事実だろうことは、これまでの状況が証明してしまっている。そこに疑問を抱くのは時間の無駄だろう。


 今のオレが為すべきは、目前の敵を捕縛して尋問することだった。


「大人しく捕まるのと、ボコボコにされて捕まるの、どっちがいい?」


「おや。もう勝った気でいるのですか? 私にはコレがいるのに」


 そう言って、影者えいじゃの背後に隠れるキテロス。


 なるほど。彼が事ここに至っても強気なのは、アレの護衛があるからか。たしかに、普通のヒトでは太刀打ちできない強さを、あの影者えいじゃは保有している。たいていの不利は一気に覆せるはずだ。


 しかし、オレには通用しない。ただの神化状態で突破できるレベルの無効耐性なんて、物の数ではなかった。


 というか、キテロスは何で油断しているんだ? いや、その方が楽で助かるけど、オレが影者えいじゃを吹き飛ばしたのは目撃しているだろうに。


「嗚呼。まだ混乱してるのか」


 口内で転がすように呟く。


 必死に隠そうとしているけど、彼の奥底にある感情は極度の混乱だった。不意打ちとはいえ、自身の持つ最大戦力が簡単に蹴り飛ばされたんだ。慌てるのも当然と言える。それゆえに、現実をしっかり受け止め切れていないと判断できた。


 これは良い機会だ。混乱中であれば、幾分か口が軽くなっているかもしれない。尋問の手間が省けると考えると、ここで会話を交わした方が得策だろう。


「何故、ルデンシに関わった? “アウター”なんて危険薬物に関与すれば、破滅一直線だと分かるはずだ」


「簡単な話ですよ」


 オレの思惑通り、キテロスは話に乗ってくる。


「あの薬が儲けに繋がるからです。我が家は成り上がりの男爵家として、昔から虐げられていましたからね。自分の場所を守るためには、お金の力が必要だっただけです」


「それが、他者を不幸にする手段でも、か?」


「何を仰っているのやら。幸せとは、誰かの不幸の上に成立しているのですよ。私は、それを自らの手で明確に実行したにすぎません」


 それに、と彼は続ける。


「“アウター”使用者は、みんな幸せそうでしたよ。この都市国家群は乱世。戦力増強手段は、とてもとても歓迎されます。実験体となった学生たちも、落ちこぼれから返り咲けて大変満足したと仰っておりました。不幸者はいません」


「詭弁だな」


 キテロスの弁は、たしかに事実を突いている部分はある。しかし、だからといって、認められるかは別問題だ。彼の行いが人道に悖り、倫理に欠けたものであることも、また事実なのだから。


「そもそも、どうやって“アウター”を知った? この施設の設備や規模からして、十年は研究していたように見受けられる。それなのに、表沙汰になったのは今年度から。時期を考えると、お前が関与したために、表へ出たんだろう?」


 推測にはなるが、ルデンシは薬が完成するまで、閉じこもる方針だったんだろう。すべてを秘密裏に行い、実験等も身内で完結させるつもりだったんだと思う。オレたちが“アウター”を察知できたのは、組織の方針転換のお陰にすぎない。


 では、キテロス自身が“アウター”を知るキッカケが何だったのか。そこが疑問だった。


 キテロスは肩を竦める。


「脱走した彼女・・と出会った。そして、彼女・・の力は私に効果が薄かった。それだけです。お互いにメリットがあったから手を取り合い、このような展開となった……っと、話すぎましたね。そろそろ、フォラナーダ伯爵にはご退場願いましょう」


 チッ、冷静さが戻ってきたか。


 だが、重要な部分は聞き出せた。キテロスの語る『彼女』とやらが、この騒動の中心人物のようだ。自らを黒幕と表したキテロスだが、真の黒幕は『彼女』の方だろう。彼は“協力者の商人”が妥当なところだ。


「あの男を殺しなさい」


「……」


 影者えいじゃに声帯は存在しないようで、返事は一切ない。しかし、キテロスの命令には忠実の模様。大きな両手斧を構え、音速にも近い速度で突貫してきた。


 あまりにも遅い。一般的には“目に留まらぬ速さ”でも、このオレにはアクビの出るような進行。武術等の技量が含まれるのなら違っただろうが、影者えいじゃのそれは無造作な直進。


 ダンジョンの時も感じていたけど、影者えいじゃは壁役が本質なんだろう。身をていして対象を守護するのが役割。


 とはいえ、レベル90と無効耐性だけでも普通の相手には勝てるわけだから、攻めさせる運用も間違ってはいない。この場における相応しい対処ではなかっただけ。


 ただの突進なんて的に他ならない。


 【三重トレブル・螺旋ヒ―リックス


 螺旋を描く魔力で対象を絡め取り、捻じり切る。生物へ行使したら、とても悲惨な末路を辿る魔法。それの三重発動によって、影者えいじゃは一瞬で消滅した。


 騒がれては面倒なので、ついでにキテロスも【スリープ】で無力化しておく。


「お疲れさまです、ゼクスさま」


 すべてが終わると同時に、待機していたガルナが労いの言葉をかけてきた。


 オレはキテロスを【位相隠しカバーテクスチャ】に放り込みつつ、彼女の方に振り返る。


「ありがとう。部下たちの容態は?」


「ゼクスさまの仰いました通り、ただの昏倒ですね。命に別条はありませんし、後遺症なんかの心配もないでしょう」


「そうか」


 ホッと胸を撫で下ろす。大丈夫だと分かってはいたが、第三者のお墨つきがあると安心感は段違いだった。


 さて、と気持ちを切り替える。


 キテロスという重要人物の一人は捕らえたけど、まだ施設全体の制圧は終わっていないし、『彼女』とやらも見つかっていない。仕事は残っていた。


 とりあえず、現状を他の部下に報告しよう。


 そう考えて【念話】を発動しかけたところ、突如として足元の魔法円に、魔力が通い始めた。紋様は仄暗い光を放ち、部屋全体を照らす。


「転移ですか?」


「そうだ」


 ガルナの冷静な問いに、オレは首肯する。


 この魔法円によって転移系闇魔法【シャドーウォーク】の効果が発動することは、事前に把握していた。十中八九、ここから人員や資材の搬入を行っていたんだろう。


 オレの【疑似世界デミ・ワールド】により、内側から外へ出ることは叶わない。しかし、外から内への制限はかけていなかった。のこのこと敵が現れてくれると嬉しい程度の仕掛けだったんだが、上手くハマってくれたらしい。


 光は次第に影を生み出し、床全体を埋め尽くす。続いて、影は十数の物体を吐き出した。そのほとんどは影者えいじゃだったが、二つだけ異なる者が紛れていた。


「失敗しましたね。こちらも制圧されていましたか」


「エクラ……」


 その正体は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるエクラと、それを悲しそうに見つめるオルカだった。

 

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