Chapter8-6 後継者と商人(3)
結論から言うと、【魅了】騒動は事態が大きくなる前に鎮静した。懸念した通り、聖王国に所属する多数の獣人貴族が魅了状態に
平民に魅了された者が紛れ込んでいる可能性も否定できないため、完全に気を緩めることはできない。だが、即座に大事件が発生する芽は潰せたので、ひとまず安心できるのは正しかった。
あと、『魔力視メガネ』の改善は完了している。正味一週間、【刻外】内で缶詰した甲斐あって、ある程度の量産体制も整った。重要拠点や役職にはすでに配布しているので、さらなる問題は起こらないと思われる。
この件に関して、他に目ぼしい進展はない。ガルバウダの関係者としてエクラに監視をつけているけど、特に怪しい動きはないんだよな。元主人であるキテロスも同様。両者とも、普通に学生生活を営んでいる。
魔眼持ちなんて爆弾はさっさと処理したいところだが、尻尾を掴ませてくれない以上は待つしかない。現状は警戒と監視に務めるのみだった。
一方、“アウター”方面はいよいよ大詰めだ。カーシヨ王国に存在するルデンシの拠点は、現在暗部の者たちが包囲している。もはやネズミ一匹たりとも逃がすことはない状況だった。
残るは、オレが現地で【
というわけで、本日は突入作戦を実行する予定だ。普通に学園があったため、放課後が作戦決行の時間となっている。
無理に休んだ場合、どこに潜んでいるとも分からない敵に、察知される可能性が考えられたからな。あの組織は人質作戦で無駄に規模が大きいから、行動一つ一つに気を遣わなくてはいけないのが厄介だった。
【
「お待ちしておりました」
「ご苦労」
こちらの到着を待っていた部下の男が一礼する。オレは鷹揚に返し、周囲を見渡した。
何の変哲もない内装だ。おそらく、裏ある者に気づかれないよう、余計な改良は施していないんだろう。
「カーシヨも、家の感じは変わりないッスね」
「戦乱激しい小国だからぁ、独自文化が育つ余裕なんてないんだと思うよ~」
「なるほどッス」
「二人とも、仕事中ですよ」
ふと、背後より
声の主はメイド三人衆でお馴染みのガルナ、マロン、テリアだった。シオンの代わりに、今回はオレの補佐として同行させたのである。
というのも、オルカがエクラ関係の問題を抱えているため、そちらに対応力の高い人材のシオンを残したかったんだ。また、将来有望なマロンやテリアに、多くの実戦を積ませたかったのも理由の一つだ。ガルナを含めた三人は、秘書の補充要員の最有力候補だもの。
緊張感のない三人に呆れつつ、オレは現地で待機していた部下へ問う。
「首尾は?」
「問題ありません。物理的にも魔力的にも、隙のない包囲網が完成しております」
「宜しい。現段階で判明している情報は?」
「表向きは小さな商店となっておりますが、魔力による走査により、地下に大きな空間を発見いたしました。地下にて“アウター”を製造しているのだと推測されます。ただ、材料等を搬入している様子がなく、裏で入手した記録にも一切影はございません」
商店以外に何かを行っている痕跡が、まったく見つからないわけか。魔力走査で地下空間を発見しただけでは、正面突破の根拠に乏しい。やはり、隠密行動による急襲が最適か。
それに――
「外部からの搬入がないのは不自然すぎる。転移系魔法があると疑うべきだな」
「私も同意見です。過去にあげられたゼクスさまの報告書によると、【シャドーウォーク】なる転移魔法を付与した呪物が存在したとか。前例を認識している以上、想定しなくてはなりません」
西の魔女と手を組み、ニナの命を狙っていたクシポス伯爵家当主ダグラス。彼が転移魔法を用いてオレから逃亡せしめたのは、約一年前のことだ。暗部の彼の言うように、その線を怪しむのは当然の思考だろう。
「転移によって、目標がすでに脱出している可能性は?」
「脱出はあり得ません。配布された『魔力視メガネV2』を使用し、三人体制で監視しております。この二日間での魔力的な移動は、つい先程確認されたもののみとなります」
「先程?」
「はい。部下の探知によると、新たに一名が、施設内に出現した模様です」
「……それなら問題ないか。警戒は怠らないように」
「ハッ!」
転移系は、肉眼で見える以上に魔力拡散が派手だ。三つの『魔力視メガネV2』の目を欺けるとは考えられない。探知による人数の確認も行っているので、部下の報告は正しいだろう。
派手さを抑えた転移をあちらが使えるなら別だが、オレでさえ開発できてないものまで考慮していたらキリがない。今回は除外して良いと思う。
その後もいくつかの問答を重ね、一通りの情報は得た。オレは
「今から三十分後、一七〇〇より作戦を決行する。作戦内容に変更はない。各自、時間までに持ち場で待機するよう伝えよ」
「ハッ。それでは、御前より失礼いたします!」
勢い良く返事をした彼は、そのまま姿勢を正したまま退室していく。今の命令を展開している部隊へ伝えに行ったんだろう。部下たちも
「私たちは、どういたしましょう」
一部始終を見守っていた三人衆のうち、テリアが尋ねてきた。
オレは、彼女たちの方に振り返りながら答える。
「三人はオレの補佐、帰還するまではオレの傍にいるように。今回は研修みたいなものだから、基本的に流れを見ているだけだ。本作戦が終了後にレポートの提出を求めるので、その内容でも考えておくこと」
シオンから教わることもあるだろうが、今回は現場の空気を――オレが実戦で何をするのかを肌で感じてほしい。百聞は一見に如かず。きっと、彼女らには良い刺激になると思う。
すると、三人は各々の反応を示す。
「承知いたしました」
「うへぇ、レポートですー……」
「頑張りますぅ!」
平常心を保ち、慇懃に一礼するテリア。研修後の課題を知り、げんなり肩を落とすガルナ。口調こそ普段同様おっとりしているけど、声音は気合入りまくりのマロン。
彼女たち三人は、使用人たちの中でも突出して個性が強いゆえに『三人衆』と呼称されているんだが、それがとても分かる一幕だった。
一人は荒事を前にしても眉一つ動かさず、一人は当主を前に図太いセリフを漏らし、一人はマイペースを崩さない。
他領の場合、この三人は扱いに困るんだろうなぁ。能力は高いけど、色々と尖りすぎている。絶対に上司と衝突するタイプだ。
まぁ、だからこそ、フォラナーダでは出世頭になれる。オレを含め、性能が尖りまくっている面子が多いんだ。まさに天職だよ。
作戦細部の確認やら雑談やらを交わしていたら、三十分はあっという間に過ぎ去る。
「【
それは結界とは似て非なる術理。魔力で覆った場所をズラす魔法。これにより、ルデンシのいる建物が空間は、肉眼で認められながらも決して触れられない場所へと変貌した。無論、
『こちらボア1。地上一階の制圧完了』
『こちらボア2。地上二階の制圧完了』
『こちらボア3。地下階層への出入口を抑えました。部隊の一部を残し、ボア4と共同で突入します』
さすがは我がフォラナーダの精鋭部隊。魔法の展開と同時に動き出し、もう地上階はすべて抑えたようだ。本命の地下はこれからみたいだけど、何が出てくるのやら。
「オレたちも行こうか」
「「「承知いたしました」」」
三人衆に声をかけ、【
オレたちの出番なんて必要ないことを願うが……どうなるかな。
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