Chapter8-6 後継者と商人(2)

 その報せが届いたのは、いつもの面子で昼食を取っていた時だった。


「はぁ!?」


「「「「「「「「……」」」」」」」」


 あまりにも予想外の報告だったため、周りの目を気にせず声を荒げてしまった。そのせいで、共に昼食を取っていたカロンたちの視線が集中する。


 オレは一つ呼吸を置いて、冷静に謝罪を口にする。


「すまない。ちょっと想定してなかった報告があってな」


「大丈夫なの?」


 皆を代表して、ミネルヴァが問うてきた。


 オレは「大丈夫だ」と首肯する。


「問題の芽が見つかったって報告だから、何かが起こったわけじゃない。ただ、その後始末に向かわなくちゃいけないんだ」


「……そう。手が必要なら遠慮するんじゃないわよ?」


 今の言い回しより何か感づいたか。ミネルヴァは怪訝そうな表情を浮かべ、一人で抱え込まないよう念を押してきた。態度こそ不機嫌そうだが、その心根は優しさの塊。オレの婚約者は相変わらずだった。


「分かってるよ。その辺りは誤魔化さないさ」


 オレは苦笑混じりに答えた。


 一人での解決に限界があるのは百も承知。そのために彼女たちも鍛えているんだから、今の言葉は本心だ。


「ならいいわ。お仕事頑張りなさい」


「「「「「「いってらっしゃい!」」」」」」


 こちらの真意は伝わったようで、ミネルヴァはそう返す。


 それに続き、他のみんなも快く送り出してくれた。


「いってきます」


 オレは笑顔で答え、【位相連結ゲート】を開いた。








 転移先はフォラナーダ城。その一画にある郵便物を保管する部屋だった。外部から届いた代物は一度ここに収集され、検査を受けた上で宛先の職員へ渡す仕組みとなっている。


 そこには先客が三人いた。


 一人はオレへ報告を上げた張本人、土精霊のノマ。オレと契約を結ぶ相棒だ。今は手のひらサイズの体躯を宙に浮かべ、室外への警戒に務めている様子。


 二人目はカイセル・ガウエーラ・ビャクダイ。オルカの実兄であり、現在はフォラナーダで文官の仕事をしている。彼は難しい表情で何か悩みこんでいた。


 最後の一人はガッド・ザウシューズ・ビャクダイと言い、こちらもオルカの実兄――カイセルの弟――だ。カイセルやオルカとは異なりガタイが大きく、うちの騎士団に入っている。彼も兄同様、盛大に顔をしかめていた。


 オレが入室すると、一斉に彼らの視線が集中する。同時に、幾分か全員の表情が和らいだ。それだけ部外者の侵入を警戒していた証左だった。


 挨拶のために膝を折ろうとする二人を制し、念のために周囲を防諜結界で覆ってから、問題の確認へと移る。


「それが報告にあった手紙か?」


 オレが視線を向けたのは、部屋の中央にあるテーブルにポツンと置かれた二通の手紙。白い封筒に包まれたそれには、それぞれカイセルとガッド宛てと記載されている。


 こちらの問いに答えたのはノマだった。


「そうだよ。主殿のなら分かると思うけど、この手紙には無属性魔法が付与されてるんだ」


 ――無属性魔法の込められた手紙が、カイセルとガッドの両名宛てに届いた。


 これが、オレに伝えられた緊急連絡だった。何でも、たまたまこの部屋の傍を通ったノマが発見したという。カイセルたちが集まっているのは、前述とは別に、郵送物が届いているとの連絡を受けたためだった。


 この件の何が問題なのか。“魔法が付与されていた”という点は、実は大きな問題ではない。そういう遊びを施す郵送物は稀にある。もっとも重視しなくてはいけないのは、“無属性魔法・・・・・が込められていた”という部分だ。とてもではないが、無視できるものではない。


 何せ、無属性魔法の神髄は精神魔法である。オレの『魔力を実体化させて武器とする』方法は邪道寄りで、本来は精神魔法に傾倒するもの。要するに、この手紙には、誰かの心を操る魔法が付与されているかもしれないんだ。


 そんな危険物を放っておけるはずがない。土精霊のノマでは詳細が分からないゆえに、専門家のオレがスッ飛んできたわけだ。


 ノマは、茶の瞳に真剣な色を宿して説明する。


「ワタシが見つけなくとも、『魔力視メガネ』を装着した点検員が発見しただろうけど、この手紙に込められた魔法はちょっと強力すぎる。主殿やワタシくらい抵抗力が強くなければ、直接目視するのは避けた方がいいね」


「視えるのも一長一短か」


「うん。視えるとは繋がりができること。術が通りやすくなるのも必然さ」


「『魔力視メガネ』に、そういった効果を加えた方が良さそうだな」


「だね。こんな爆弾が見つかった以上、今後も同じ案件が発生しないとは限らないし」


 そう。今回の一件は、かなり予想外の出来事だった。


 魔道具作成にも使用される“魔法を付与する”という技術。これは結構難度が高い。普通にその魔法を行使するよりも、高い技量が求められるんだ。分かりやすくたとえると、『火魔法レベル5を付与したいのなら、火魔法レベル8が要求される』といった感じか。


 この世界において、精神魔法は未知の分類だ。魔法司が生まれた時代には認められていたらしいが、現代では影も形も残っていない。古い文献にさえ、まったく記述されていない。そも、精神魔法を得意とする白髪は、無能の烙印を押された迫害の対象だ。


 つまり、オレ以外の精神魔法使いが出現すること自体、信じられないほど低い確率だった。それを付与するなんて、なおさらあり得ない事態と言って良い。


 頭の痛い問題だ。ノマが『ちょっと強すぎる』と言うレベルの精神魔法を、手紙へ付与できる使い手が存在するわけだから。込められている魔法如何いかんでは、フォラナーダの敵と判断せざるを得ない。


 精神魔法は敵に回すと厄介だ。フォラナーダの上位層はともかく、【身体強化】を常時維持していない面々は、簡単に操られてしまうだろう。


 オレはその力に溺れないよう、そういった使い方はしない。だが、相手が正常な倫理観を有しているとは限らないのがネックだな。本当に面倒くさい。


「とにかく、手紙を調べるか」


 考えるのは後だ。まずは、どんな魔法が付与されているかを確認しよう。


 精神防御に加えて【身体強化・神化オーバーフロー】を発動し、万が一にも精神魔法が貫通してこないように備える。


 それから、ようやくくだんの手紙を手に取った。


「……たしかに、精神魔法が込められてるな」


 ただ、術式の詳細は分からない。封筒ではなく、中身の方に付与されている模様。


 魔法が周囲に拡散しないよう、自らを強固な結界で包む。そして、いよいよ手紙を開帳した。


 擬態語で表すとしたら、『むわっ』だろうか。手紙を開いた瞬間に漏れだした魔力は、まるで夏場のロッカールームの如き気色悪い粘度を感じた。


「はぁ……」


 オレは溜息を溢す。


 一目で理解した。この手紙を送った者は、フォラナーダの敵対者だ。何故なら――


「【魅了】の魔法が込められてる。しかも、強度は魔眼レベルだな、こりゃ」


「【魅了】、ですか……」


「そりゃマズイ」


「魔眼!?」


 三者三様の反応を見せる彼ら。


 立場を考慮し黙していたカイセルたちも、魅了という言葉には沈黙を通せなかったらしい。精神魔法は認知されていないものの、語感で効果の察しはつくからな。


 一方のノマは、後半のセリフに大きく反応していた。このメンバーで魔眼を知るのは彼女だけなので、想定内の展開ではある。


 ここで彼らに対応しても話は進まないため、オレは手紙の内容に目を通すことにした。


 とはいえ、ほんの数秒でそれも終わる。実に簡潔な中身だったんだ。




『ガルバウダの真の後継者が、今立ち上がる。同胞諸君、共に剣を掲げ、現政権に立ち向かおう』




 どこからどう見ても、反乱――武装蜂起の打診である。【魅了】の初期命令も、『戦力を溜めつつ、普段通りに生活せよ』だから、勘違いの線はない。完全に敵対が確定した。


 しかし、ガルバウダねぇ。原作ではオルカやリナの物語のキッカケにすぎなかったものが、ここに来て面倒ごとを持ってくるとは。


 考えてみれば当然か。むしろ、あれほど苛烈な戦火が起こったにも関わらず、これまで平穏が保たれていた方が不自然だ。上手く誤魔化していた部分が、十年の時を経て露呈しただけなんだろう。


 まぁ、その辺の裏事情の考察は置いておく。今は現実的な問題へ対処しなくてはいけない。とりあえず、残存する魔力から術者を探れるか試そう。即座に左目の魔眼【白煌鮮魔びゃっこうせんま】を開放。手紙を精査する。


「魔力の追跡はさすがに無理か。でも、術者名は判明した」


「誰なんだ、主殿」


 魔眼使いが敵対者にいる危険度をよく理解しているノマは、少々前のめり気味に問うてくる。


 オレは素直に答えた。


「ウォード・イセンテ・ガルバウダ。手紙の内容からして、ガルバウダ元伯爵家の一族みたいだが……二人はこの名前に聞き覚えあるか?」


「まったくないですね」


「残念ながら私も。しかし、妙ですね。いくらビャクダイが男爵程度とはいえ、寄親の家系は把握していたのですが……」


 やはり、カイセルやガッドも知らないらしい。


 カイセルの言う通り、妙な話だ。寄子だった彼らが聞き覚えないとは、ほぼあり得ないこと。加えて、フォラナーダの情報網にも引っかかっていないんだ。


 考える可能性は一つ。ガルバウダ家がウォードの存在を徹底して隠蔽していた。


 伯爵家が後継者候補を隠すなんて、通常ならあり得ない話だ。しかし、今回の場合はあり得てしまう。何せ、相手は【魅了】の魔眼の持ち主。精神魔法の使い手かもしれないんだ。


 精神魔法は誰でも行使できるけど、術に何の制限もない適性は無属性――つまりは色なしである。


 世間的に差別対象である色なしが伯爵家に生まれた。それは家の評判を落とすのに十分すぎる内容だ。隠し通そうとするガルバウダの対応は、当然のものだと言えた。フォラナーダの対処が頭おかしいのである。


 ただ、断言はできない。魅了系統なら火や光、闇の適性持ちでも扱える。また、魔眼発現は当人の魔質が重視される。オレが火属性の【皡炎天眼こうえんてんがん】を使えるように、色なし以外が無属性の魔眼を使えないとは言えないわけだ。


「情報が足りない中で考えても無駄だな。カイセルとガッドは、知っている限りの旧知に連絡を取れ。おそらく、これと同じ代物が送られている可能性が高い。その辺りを探り、【魅了】の影響下だった場合は報告しろ。オレが対処する。この任務は何よりも優先される。各部署の上司には、オレが通達しておこう」


「「承知いたしました」」


 異口同音に返事をした二人は、そろって退室していった。


「こっちは、二人が網羅できないところの捜査だな。優先度の低いところは後回しにして、こっちの捜査に当てよう。……人手が足りない」


 さすがのフォラナーダでも、対象範囲が広すぎる。ガルバウダ関連となれば、多くの獣人が警戒対象に該当してしまうからな。


 あとは、これをウィームレイに伝えるかだが、


「今はやめておこう」


 余計な混乱を招く気がする。聖王家が【魅了】された者へ適切な対応をできるとは思えない。


 また、この件を要因に、人間と獣人の間に無駄な軋轢あつれきを生む蓋然性がいぜんせいも高かった。


「ノマ。これから【魅了】の術式精査と、解除用の魔道具作りだ。しばらく缶詰だぞ」


「あはは、数日は徹夜じゃないか」


「心配無用。【刻外】があるから、現実では一瞬だし、眠る時間も確保できる」


「……笑えないほど真っ黒だよ」


 オレたちはそんな冗談を交わしながら、地下の工房へと転移する。


 はてさて、魔道具完成まで魔力は持つだろうか。その点だけは心配だった。

 

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