Chapter8-5 恋路(6)

※2022/10/06:

前話ですが、一部修正および追加しております。

簡単に説明しますと、「カロンたちはオルカの求婚を認めたくない」旨が伝わるよう改善いたしました。

ただし、大筋に変更はございません。

興味のある方は一読してみてください。


――――――――――――――



 普段なら仕事をこなしているだろう日中。オレ――ゼクスは、自室にて優雅にお茶をたしなんでいた。久方振りに自らの手で淹れた紅茶を喉に通すと、幾分か心にゆとりが生まれるような気がする。


 この一年は色々とトラブルが盛りだくさんで、特に多忙を極めていた。すべてを解決できたとはいえ、知らず知らずのうちにストレスを募らせていたのかもしれない。いくら強くなろうと、精神面は一般人と変わらないし。


 今後は、こういった時間を設けるべきなのかな。【刻外】で書類仕事や休息等は圧縮できるようになったから、以前よりも余裕は多くなったもの。どんどん仕事を詰め込むのは、少し加減する方向で調整しよう。


 しばらくお茶とお茶請けのお菓子を楽しんでいたところ、部屋にノックの音が響く。続けて、扉の前に待機していた使用人より、来訪者の報せが伝えられた。


「オルカさまがお見えです」


「通してくれ」


 二つ返事で許可を出す。


 義弟ならば歓迎して当然というのもあるが、今回は事前に彼との予定が組まれていたんだ。だからこそ、こうして待機していたわけである。


「お待たせ、ゼクスにぃ


「ずいぶんと気合が入ってるな」


 オルカは、ベージュのフレアシャツに白のチノパンという格好だった。めちゃくちゃ豪華とまでは言わないが、シンプル嗜好の彼にしては飾り気が多いように見える。


 すると、オルカは苦笑を溢した。


「あはは、カロンちゃんたちに人形にされちゃって。似合ってないかな?」


「そういうことか。いや、十分可愛……似合ってるよ」


 うっかり本音が漏れるところだったけど、事情は納得した。オレとオルカの二人で出かけると聞いて、女性陣が張り切ったんだろう。彼女たちはオシャレにうるさいからなぁ。


 お互いに苦笑いを交わした後、本題を口にする。


「さて。今日一日が丸々空いてるとはいえ、時間は有限だ。早速移動しようか」


「うん、ボクもその方が嬉しいかな」


 オルカの同意も得られたので、手早く【位相連結ゲート】を開いた。そして、各々が【偽装】をまとってから、二人そろって足を踏み出す。


 目的地は、現在は一神派の子爵領になっている土地――旧ビャクダイ男爵領だ。








 転移先は、かつてビャクダイ男爵が居を構えていた村に程近い街道だった。広大な草原となだらかな土の道が続く、見晴らしの良い場所。遠くには村と思しき家々と複数の畑が見えた。そこまで大きくない村の近くとあって、全然人気ひとけがない。


 直接村の中に転移しても良かったんだが、外からの様子も見たいとオルカに要望されたので、この場所を指定したわけだ。


 そう。今回のお忍びの訪問は、オルカたっての希望だった。過去に自分たちが住んでいた土地がどうなっているのか、それを改めて確認したいと。


 どうして今さらと考えなくもなかったが、原因はハッキリしていた。エクラからの求婚がキッカケなのは、まず間違いないだろう。


「遠目に見た感じ、あまり変わってない……いや、少し規模が大きくなったかな?」


 【偽装】によって獣耳と尻尾を隠したオルカが、目を細めて遠くの村を確認する。両手をひさしにして頑張っている姿は愛らしいけど、ここから村の詳細を認めるのは【身体強化】込みでも無理があった。大雑把な規模や外周の様子を見るのが精々だろう。


 オレは頬笑みながら返す。


「今のこの辺は、他の領地と合併して子爵領になっているみたいだし、その影響かもしれないな。とはいえ、ここにいても詳しくは分からない。村へ向かおう」


「そうだね。ここでウダウダしてても仕方ない」


 そう言ってオレたちは歩いていく。


「そうだ。これを背負っておいてくれ」


 道中、【位相隠しカバーテクスチャ】より出したリュックサックを手渡すと、オルカは不思議そうに首を傾いだ。


「これは?」


「偽装用の荷物。手ぶらだと、村人たちに疑われるからな」


「なるほど」


 オレたちは長距離移動でも手荷物はまったく必要なくなっているけど、それは魔法による恩恵。一般人からすれば、手ぶらの旅人なんて怪しいことこの上ないんだ。目立つのが目的ではない以上、ある程度の偽装工作は必須だった。


 そんなやり取りを経て、ようやく村の出入り口に到着する。


 先のオルカの発言の通り、村は男爵領時代よりも拡大していた。敷地面積もそうだが、村を囲う高さ一メートルほどの立派な壁も出来ている。もう少し拡張すれば、小さな町を名乗っても良い規模だった。


 内部も外観に劣らなかった。村落にしては頑強な家々が立ち並び、そこに住まう人々のにぎわいが聞こえてくる。まぁ、一神派の領地とあって人間しか見かけなかったが、それを差し引いても見事な村だと評価できた。


 意外にも、この発展具合はオルカにも予想外だったらしい。彼は目をパチクリと瞬かせて呟く。


「生き残った領民は全員、フォラナーダへ移住したのに……」


 嗚呼、なるほど。そこに住まう民がまったくいない状況から、どうやって盛り返したのか疑問なのか。


 彼の反応を得心したオレは、その疑念への答えを口にする。


「フワンソール伯爵陣営が尽力した結果だな。あっちは十年単位で計画を立ててたんだ。無論、土地を奪った後のこともキチンと予定していたんだよ」


「そっか。資金と人員を十分に集めたんだね」


「そういうこと。土地や建物自体は残ってたわけだし、村の開拓よりは楽だったんじゃないかな」


 村を発展させるのに並々ならぬ苦労があったのは確かだろう。しかし、一から村を作るよりも初期投資や労力が少なく済んだのも確かだと思う。その上で、複数の貴族が協力して立ち上げた計画なんだ。ここまで発展するのも当然と言えた。


「『獣人憎し』だけじゃなかったんだね」


「さすがに、な。派閥をまとめる貴族が、領地運営もできない阿呆のはずもないさ。……いや、その類の阿呆もたまにいるけども」


「考えてみれば当然だったね……」


 日常を謳歌する民を見るオルカの視線は、どこか悲哀染みたものを湛えていた。


 それから、オレたちは村を歩き回った。『ここで遊んだんだよ』とか『ここはイタズラがバレてお父さまに怒られた場所』とか、そういったオルカの思い出とともに村中を移動した。


 村の発展に際して、過去の建物の多くは解体されてしまっていたけど、それでも彼の思い出は色あせていなかった。そこにあったはずのモノを想起し、慈しむように語り続けていた。


 村を回り終える頃には、すでに夕暮れだった。一日の終わりを告げる風に鳥の鳴き声が響き、自宅に帰る人々の会話が耳に届く。


 日々を営む彼らを無言で眺めるオルカは、ポツリと溢した。


「ゼクスにぃ、最後に寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」


「構わないよ」


「じゃあ、お父さまとお母さまのお墓に【位相連結ゲート】を開いてくれる?」

 

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