Chapter8-5 恋路(5)

※2022/10/06:

誤解を招きかねない描写だったため、一部修正および追加いたしました。

『沈黙を破るように、ポツリと力なく呟くオルカ』以降が該当します。

ただし、物語に大きな影響はございません。


――――――――――――――



 要するに、わたくしが鈍感なせいで、オルカも鈍感になってしまったと。……たしかに、わたくしの責任とも言える事態ですね。


 しかし、


「責任を取るにしても、どうすれば良いのでしょう」


 何をどうすれば、この一件を解決できるのかが判然としません。わたくしの時とは状況が違いすぎますからね。


 わたくしが腕を組んで唸っていると、『仕方ないわね』と言ってミネルヴァは溜息を吐きました。


「一旦、その件は横に置きましょう。エクラ・ヴェルラデ・ランプロスの方を片づけるのが優先よ」


「そうですね。異論はありません」


「「「異議なし!」」」


 彼女の意見に、わたくしや他の三人も同意します。


「えっと……」


「あなたの疑問はもっともだけど、今は棚に上げておきなさい。近いうちに解決するものよ」


「うーん、分かったよ」


 当のオルカは状況に追いつけていないようでしたが、ミネルヴァに諭されました。


 問題を先送りにしただけですが、わたくしにも考える猶予が生まれたのは幸いです。オルカに恋心を自覚させる方法を検討しつつ、元の議題を進めましょう。


「色々と脱線しましたが、議題に戻りましょうか。オルカがエクラさんに求婚された一件について話し合います」


「まずは一人でゆっくり考えたかったんだけどなぁ」


「一人で考えたって、どうせ悪い思考に偏りますよ」


「うっ、否定できない」


 何やら文句を呟くオルカでしたが、即座に一蹴しました。


 甘いですね、オルカ。こちらだって、伊達に十年以上も一緒に暮らしてはいません。義兄弟の性格や傾向など、深く考えずとも容易く予想できます。


 そも、すでに悩みまくっているではありませんか。寝不足によって目元にクマが生じていますよ。


 結婚するか否かでそれほど悩む時点で、意中のヒトがいると言っているも同然なのですが、本人は全然気づいていないのですよねぇ。


 そういうわけで、わたくしは昨晩窺った内容をミネルヴァたちに伝えました。求婚はもちろん、エクラさんがランプロス家の復興を目指していることや派閥仲間を集められるというメリットも。


 これに対し、四人の反応は二つに割れました。


「それって、オルカくんを利用するってことじゃん。わたしは許せないなぁ」


 そう憤慨するのはマリナです。彼女は平民ですから、愛のない結婚に嫌悪感を抱いて当然ですね。ある意味、感情に素直な意見と言えます。


 しかし、残りの三人は違います。


「……なるほど」


「これは難しい問題ね」


「個人的には、あまり好ましいものではありませんが……」


 ニナは感情を押し殺したように頷き、ミネルヴァは腕を組んで眉を曇らせ、シオンは困りましたと頬に手を当てました。


 三者三様の反応ではありますが、全員に共通するのは、頭からエクラさんの申し出を否定していないこと。


 もありなん。貴族社会と何かしらの接点がある彼女たちは、今回の政略結婚による利益を理解しているのです。そして、貴族同士の婚姻がキレイな部分のみでは済まないことも。


 この中で、オルカに次いで政治に強いだろうミネルヴァが尋ねます。


「私は獣人貴族の派閥には明るくないんだけど、ランプロスの声掛け程度に中立派は応じるもの? 元は伯爵令嬢とはいえ、今は没落した平民よ?」


 もっともな質問ですね。現在は平民にすぎないエクラさんがどれほど影響力を持つのか、かなり重要な点でしょう。


 オルカは苦笑いを浮かべて頷きます。


「ランプロス家が復興すれば、間違いなく応じると思うよ。彼女の元実家は、ガルバウダに並ぶ家柄だったんだ」


「たとえ、すでに没落した家だとしても?」


「うん。獣人貴族は仲間意識が強いから、高確率で良い返事をくれるよ。まぁ、ただの平民のままじゃ援助してくれない辺り、所詮貴族は貴族ってことなんだけど」


「だから、今や一強たるフォラナーダに助力嘆願したわけか。要するに、確約できない報酬の後払い。信用できるかは調査次第でしょうけど、こすいやり口だわ。もしランプロスの言が正しいのであれば、安易に切り捨てるのは惜しい戦力だもの」


 この場の皆が、複雑そうな表情を浮かべておりました。


 感情面では、オルカの気持ちを優先したい。ですが、それのみで結論を出してはいけないと理性が諭してくるのです。ミネルヴァの仰る通り、捨てるには惜しい価値があるから。今は良くとも、将来的に数の力は必要になるから。


「やっぱり、受けた方がいいよね」


 沈黙を破るように、ポツリと力なく呟くオルカ。


 それに対し、わたくしたちは慌てて返します。


「そうではありませんよ、オルカ」


「そうよ。あなたの気持ちをないがしろにするつもりは毛頭ないわ」


「問題は反論材料」


「ですね。明確なものがあれば良いのですが……」


 彼が乗り気ではないのは一目瞭然。しかし、留める強い理由がないのも確か。皆で考えれば何か打開策が浮かぶと期待しましたが、今のところは有効なアイディアは出てきません。


 一体どうすれば、納得できる答えを導き出せるのでしょう。


 浅学な身を呪いたくなります。もっとわたくしの頭が良ければ、オルカの助けになれたかもしれませんのに。


 暗い空気が室内を支配する中、ふと力強い声が響きました。


「みんな、顔を上げて!」


 いつの間にかうつむいていた顔を上げると、マリナが拳を握り締めて立っていました。


 彼女は普段ののんびりした雰囲気ではなく、どこか気合に満ちたものをまとっています。


「何も迷うことはないと思うなぁ。わたしには貴族の詳しいことは分からないけど、それでも分かってることが一つあるよ」


「分かってること?」


 オルカが首を傾ぐ。それはわたくしたちも同じだった。マリナの続く言葉に、耳を傾けます。


「それは、わたしたちがこんな・・・暗い顔をすることを、ゼクスさまが望んでないってこと。あのヒトは、いつもみんなの笑顔のために頑張ってると思う。きっと今だって」


 マリナのセリフは目から鱗でした。まさしく彼女の言う通りです。お兄さまは、いつだって家族の笑顔のために邁進してこられました。


 いくら利益があろうと、わたくしたちが悲しむのなら別の方法を模索される。どれほど楽な道があろうと、わたくしたちの幸せのためなら苦しい道を選ばれる。お兄さまとは、そういうお方でした。


 そのような方の傍に立とうと願うわたくしたちが、それらを真っ先に諦めるわけにはいきません。最後まで足掻いてこそのフォラナーダでしょう。


 どうにも、わたくしたち貴族関係組は、責務等を念頭に置いていたせいで、思考が凝り固まってしまっていたみたいです。自分の気持ちを偽らずに意見できるマリナの存在は、こういう時に希望をもたらしてくれて助かります。


 ――嗚呼。そういえば、未だオルカの意思さえも訊いていませんでした。断るという前提は変わらないでしょうが、本人の口から聞かないのはダメです。まったく、会議が聞いて呆れます。彼の意思確認が第一だと言うのに。


「オルカに問いましょう。あなたは、今回の求婚に対し、どのように考えていますか? 貴族としての立場やフォラナーダの利益は一切無視した、あなた個人の意見をお聞きしたいです」


「ボクは……」


 わたくしの質問に、オルカは戸惑いながら声を溢します。おもむろに、自身の気持ちを整理するように、言葉を紡いでいきます。


「……ボクは、エクラと結婚したいとは……思えない。この感情の源が何なのかは分からないけど……ずっとゼクスにぃの、みんなの傍にいたいって強く思うよ」


 万感の想いを込めた、そう言い表せるほどの声音でした。


 オルカの意思はわたくしたちへ届いたと、確信をもって断言できます。


 現に、この場にいる全員が良い笑顔を浮かべております。


「うん。ずっと一緒」


「やっぱり、全員そろってないと楽しくないよね~」


「では、それを実現するための方策を考えましょう」


「フン。将来の義弟の気持ちを、無視するわけにはいかないわね」


 四人は、それぞれの言葉でオルカの意思に応えました。


 そして、それはわたくしも同様です。


「ミネルヴァはもっと素直に返した方が良いですよ。っと、わたくしも力を惜しみません。弟を支えるのは、姉として当然です!」


 家族は支え合うもの。かつてお兄さまより頂いたこの言葉は、常にわたくしの支柱となっています。絶対に、見捨てるわけがありません。


 ……おや?


「皆さん、どうかしましたか? 何やら、呆気に取られていますが」


 何故か、全員がわたくしを僅かな驚きとともに見つめておりました。


 わたくしが小首を傾げていますと、皆が口をそろえて仰います。


「どちらかというと、カロンの方が妹じゃないの?」


「あー、うん。オルカくんの方がしっかりしてるもんねぇ」


「……右に同じ」


「オルカさまの方が、お誕生日が早いですから……」


「えーっと。しっかりしてる云々は置いておいて、ボクは別にどっちでも構わないよ?」


「むぅぅ、失礼ですよ!」


 シオンはともかく、他の方々の言いようでは、まるでわたくしが不真面目みたいではありませんか。お兄さまに恥じない、わたくしは真面目でしっかり者の優等生ですよ!


 そう反論したところ、皆が苦笑いを浮かべられました。


 まったくもう。とっても失礼ですッ。いつか絶対に、ギャフンと言わせて見せますからね!


 しかしながら、お陰さまで重い空気は一蹴され、明るい雰囲気で会議は進行できました。


 お兄さまがどういった動きをなさるかは分かりませんが、わたくしたちの後方支援はバッチリです。どうか、無理をなさらぬよう願います。

 

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