Chapter8-5 恋路(7)
オルカのご両親の墓は、フォラナーダ領都の霊園に置かれていた。失脚した貴族家の者を、旧ビャクダイ領に埋葬するわけにはいかなかったためだ。
他よりも少し大きめの墓を前に、瞑目して手を合わせるオルカ。何を祈っているのかオレには分からないが、きっと今までのことを色々とご両親に報告しているんだろう。
それにならい、オレもオルカについてのアレコレを報告する。彼は精いっぱい今を頑張っています、自慢の義弟です、と。
程なくしてオルカは両手を下ろし、閉じていたマブタを開けた。それから、先に報告を終えていたオレの方へ向き直る。
「ゼクス
「分かった」
「ボクがエクラと結婚した方が、フォラナーダにとっては助かる?」
「嗚呼、助かるな」
今のフォラナーダに群としての力はない。単独で群に匹敵する今は良いかもしれないが、世代が進むにつれて難しくなっていくのは確実だった。いつかはこの力は劣れてしまうため、どうしても派閥は必要だ。
時間をかけて超えていくべき問題を早々に解決できるのは、フォラナーダの大きな一助になる。その分の労力を、他に回せるわけだからな。
「じゃあ、次の質問。ボクが結婚しないと、派閥問題は解決しない?」
「それはあり得ない。派閥に関する問題なんて、所詮は将来的なものだ」
結局のところ、即時性を求められるものではないんだ。大きな力を持つ者が急に現れれば、周囲が遠巻きになるのは当然の流れ。元々、派閥関連はゆっくり時間をかけて解消していく段取りだった。外務担当とも会議を重ねている。ゆえに、オルカの結婚が必須かと尋ねられれば、否と断言できる。
というか、ここまでの回答は、聞くまでもなくオルカは理解していたはずだ。未だ内政面しか携わらせていないけど、この程度の外政なら勘が働くと思われる。
だからこそ、オレはエクラの行動を問題視していなかった。オルカなら、きっちり自分で対処できると踏んでいたために。
まぁ、カロンたちが想像以上に動揺したのは驚いたけどな。おそらく、家族の政略結婚の話が不意に湧いたせいで、浮足立ってしまったんだろう。何だかんだ、求婚されただなんて騒動は、ニナ以来だったからなぁ。
とはいえ、ミネルヴァやシオンまで、冷静に答えを出せなかったのは想定外だった。それだけオルカが大切だったん……あー、いや、違うのか。前提知識をしっかり有する二人だから、安易に切り捨てられなかったのかもしれない。
普通の貴族家は派閥を組むのが前提かつ基本。国の成り立ちだって、元は貴族同士の協定だ。フォラナーダみたいに、後回しで大丈夫なんて判断が異常すぎるんだ。
テコ入れを検討するべきかなぁ。
当主のオレにまず話が来ると考え、彼女たちへの外政面の勉強は、学園在学期間中にゆっくり教えていく計画だった。だが、今回の一件に直面してしまうと、悠長すぎる判断だったと反省するしかない。オルカやカロンが、法上だと分家扱いなのを失念していた。
――おっと、盛大に思考が逸れたな。今はオルカとの会話中だ、自己反省は後で行えば良い。
オレの言を受け、オルカは『やっぱり』という風な表情を見せ、セリフを続ける。
「ボクさ。エクラと顔を合わせる度に、指先が震えるんだよね」
彼は両の開手を掲げ、視線を少し落とした。
「だって、ボクだけ
「それは……」
「うん、分かってる。これが、ただの被害妄想だってことは。ボクがそう思い込んでるだけってことは。でも、それでも、考えずにはいられないんだ。エクラを含めた友だった彼らは、今のボクを恨んでるんじゃないかってさ」
掲げた両手を握り締めたオルカは、瞳と肩を揺らしていた。恐怖に似た黒い感情が、彼の内面を焦がしていた。
こんなにも、オルカは内乱について気負っていたのか。
義弟の心のケアを怠ってしまった自分を不甲斐なく思いつつも、彼の言葉に耳を傾ける。
「最初は、ボクの身を捧げれば
「だから、エクラの申し出に悩んだのか?」
「そうだね。自己犠牲に酔ってた」
オルカは自虐的に答え、言葉を重ねる。
「今はもう大丈夫だよ。ボクの悩みを一緒に考えてくれるカロンちゃんたちを見て、今のボクにも大切な繋がりがあるんだって改めて知った。ボクはみんなと一緒にいたいんだって自覚した」
力強い意思を瞳に宿し、オルカはそう断言した。声音には、すでに黒いものは抱えていなかった。
昨日、カロンたちがコソコソ動いていたのは把握していたけど、オルカに良い影響を与えたらしい。結果的に、彼女たちの行動が正しかったようだ。これは、あとで礼を言わないといけないな。
「だから、確認することにしたんだ。昨日は元ビャクダイ領民だったヒトたちに話を聞いて、今日は元ビャクダイ領を見に行った。過去を見つめ直せば、心の整理ができると思って」
「どうだった?」
オレが柔らかく問うと、オルカは苦笑いを浮かべた。
「元領民のみんなは全然気にしてなかった。元領村は戦火の跡なんて微塵も残ってなかった。気にするだけ無駄だって、みんな前に進んでるんだって、そんな現実を突きつけられたよ」
「そっか」
先程までの様子を見るに、完全に払拭できてはいなさそうだが、割り切れるくらいには心の折り合いをつけられた様子。
自分の気にしている物事ほど、他人は大して気にしていない。その逆も
「それじゃあ、最後の質問」
「まだあるのか?」
てっきり、もう終わりだと思っていたが。
オルカは意味深に笑う。
「あはは。実は、この質問が一番大事なんだよね」
「よく分からんけど……どうぞ」
怪訝に思いながらも先を促す。
一呼吸置いてから、彼は問うてきた。
「ボクは、ずっとゼクス
「……それは、そういう意味でのセリフか?」
「やっぱり、バレちゃうかぁ」
オレの返しに、イタズラがバレた子どもの如く頭を掻くオルカ。
今の問いかけは、普段なら即答でイエスと答えていただろう。しかし、そこに込められていた真意に感づいてしまったオレは、安易に返答できなかった。
真意なんて
以前より薄々気になってはいたけど、ついに自覚してしまったか……。
微かな頭痛を堪えている間に、オルカは言う。
「本当は黙ってるつもりだったんだけど、ダメだね。自覚しちゃったら自制が利かないみたい」
「昨日までは、いつも通りだった気がしたけど」
「さすがに、カロンちゃんたちがボクについて話し合ってるのを見たら、色々と疑うよ。鈍い云々って言ってたからね。それで昨晩のうちに自分を見つめ直した結果、気がついちゃったってわけ」
あっけらかんと喋る語調からは、とても恋しているような気配は感じられなかった。飄々とした物言いは、いつもの彼と相違ない。
だが、感情は違う。見覚えのある恋の色が認められていた。
正直、この日が来ることは覚悟していた。何せ、前もって感情が見えていたからな。感情は、自覚の有無を問わないもの。
とはいえ、いざ事態に直面すると困惑してしまう。
同性愛に偏見はないし、オルカが嫌いなわけでもない。でも、自分がその立場に立たせられると戸惑ってしまった。情けないという罵倒は、甘んじて受けるしかない。
すると、こちらの困惑を感じ取ったのか、オルカは苦笑を溢す。
「戸惑うのも無理ないよね。義弟に告白されたら、誰だって混乱すると思うよ」
「すまない」
素直に謝罪を口にするオレに対し、彼は両手を振る。
「いいよいいよ。すぐに答えが欲しかったわけじゃないから。ゼクス
「……知ってたのか」
「本人たちが話してたからねぇ。優先しなくちゃいけないことがあるなら、いくらでもボクは待つよ。その方が勝率は上がりそうだし。というか、ボク的には真っ向から拒絶されなかっただけ御の字なのさ」
オルカの発言も一理あるか。今の世論にとって同性愛は逆風だから、オレの反応は良い方だと解釈できるだろう。
まぁ、何だかんだ。受け入れる方向で思考を回しているんだよな、オレ。そっちの趣味はないけど、オルカは嫌いじゃないし、傷つけるのは
ハァ……。何か、オレの恋愛遍歴がものすごい方向へ走っている気がする。えーっと、エルフメイドにツンデレ公爵令嬢、元貴族令嬢元奴隷現冒険者、原作主人公のヒロイン、実妹、義弟。カオスすぎるわ。
とりあえず、オルカに関しては、ゆっくり考えよう。本人も許してくれているし。
その後、オレたちは共に城へと帰った。オルカが終始ご機嫌だったのは、言うまでもないだろう。
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