Chapter8-4 遭遇(4)

 グリューエン対策を開始してから数日が過ぎた。あれから色々と検証は進めているけど、そう簡単に成果が上がるものでもない。今のところは、これといって変化のない日常だった。幸い、グリューエンも姿を現していない。


「変わりない、か」


 場所は西の果てにある森林。周囲は緑が生い茂っているにも関わらず、目前だけはポッカリと地面が露出していた。半径五百メートルほどの不毛の地が、不自然に存在している。


 この大地こそ、グリューエンの封印地だった。


 魔王の封印地と聞いて、仰々しい儀式場を想像する者もいるだろう。だが、現実問題として、そんな分かりやすく壊しやすい場所は作らない。第三者による封印破棄は、絶対に避けたい展開だからな。


 ゆえに、封印の諸々は、すべて魔術的仕組みで構成されている。精霊レベルの魔力感知能力がないと、それらをイジることは不可能だろう。


 一応、ここから数百メートル離れた地点に、国軍の駐屯地は存在する。どこかの他国と接している場所ではないため、完全に魔王を監視するための施設だ。


 ただ、勤めている騎士たちにヤル気はない。魔王の封印地なんて呪われた場所ゆえに、近くには村一つ存在しないので、ここはとんでもない・・・・・・僻地なんだよ。魔王封印の当時ならいざ知らず、数百年も経過した今では緊張感もへったくれもない。配置された彼らにとって、この駐屯地への勤務は左遷にも等しい処遇だった。キャリアに傷がつくなんてことはないんだけどね。


 駐屯している騎士たちの話は置いておこう。今は封印地のことを優先したい。


 【魔力視】で確認した限り、経年劣化による封印の弱体化はあれど、それ以外に問題は見られなかった。封印術式はキチンと起動しているし、中身はちゃんと存在している。


 グリューエンとの遭遇戦以来、こうして毎日確認作業をしているが、現状は何も変化は窺えなかった。彼女の分霊と相まみえることもなく、不気味なくらい平和な時間が続いている。


 まぁ、何もない方が嬉しいのは確か。グリューエン対策はしているものの、被害を出さずに確殺できるとは断言できないからな。良くて九割五分くらいの勝率だろう。残り五分の確率で、どこかに甚大な被害が及ぶ。今後のためにも、それだけは回避しておきたい。


 自分でも臆病すぎると感じてはいるさ。でも、カロンの生死が懸かっているかもしれないと考えれば、慎重にならざるを得ない。ぶっつけ本番を成功させなくてはいけないんだ。


 最悪、周辺への被害を無視してでも倒す気概ではいるけど、それは最終手段だ。真相を知ってしまった時、カロンが心を痛めてしまう。


 ちなみに、オレが『西の魔王』の分霊と遭遇したという情報は、フォラナーダ全員が共有している。さすがに、カロン云々に関しては確証がないので喋っていないが、それ以外は知らせておかないと危険だ。


 交戦したと聞いたカロンたちに心配をかけてしまったのは、少し心苦しかった。


 ――さて、封印の確認は終わった。最寄りの街で待機しているシオンたち部下と合流し、王都へ帰ろう。


 部下の各員は、ここまで同行していない。何せ、封印地からは膨大な呪いが噴出しているから、防御できるオレくらいしか居座れないんだよ。国軍の監視も一応存在するし。


 【位相連結ゲート】を潜り、街の中まで移動する。場所は人気のない路地裏だ。転移する瞬間を目撃されたら、街に混乱を招いてしまう。


 一つ補足しておくと、姿は【偽装】済みである。凡庸な顔立ちに茶髪茶目といった容姿だ。目立ちようがない。


 転移先には、シオンが待機していた。オレと同様に【偽装】した姿で、慇懃に一礼している。


「お帰りなさいませ。どうでしたか?」


「問題ないよ。まったく変わりない」


「そうですか」


 ホッと安堵した様子を見せるシオン。


 無理もない。この大陸の人々にとって『西の魔王』は伝説の存在。いくら強くなろうと、幼い頃より培った常識が畏れを生むんだ。かの者を怖がらないのは、転生者であるオレや当事者たるガルナ、オレの教育を受けたカロンくらいだろう。


 いやまぁ、カロンはもう少し怖がっても良い気はするけどね。『お兄さまの敵ではありません!』って、目をキラキラさせて断言されたら、期待に応えるしかなくなる。可愛い妹の言葉を嘘にはできないからな。


「状況は?」


「異常ありません。各エリアで監視中の部下たちも、例の者は発見していないと」


「OK。各員に通達。指定ポイントA、B、Cに集合し、【位相連結ゲート】の開通を待て」


「承知いたしました。復唱します。『指定ポイントA、B、Cに集合し、【位相連結ゲート】の開通を待て』」


「宜しい」


「それでは、少々お待ちください」


 魔電マギクルを使って、シオンはテキパキと伝達を行っていく。三分ほどで作業は終了した。


「お待たせいたしました」


「ご苦労さま」


「恐縮です――あっ」


「おっと」


 ただ一礼しただけで、何故かつまずくシオン。ドジは相変わらず健在だった。


 予期できていたことだったので、オレはサッと彼女を抱き留めた。


「も、ももも、申しわけございません」


 途端に、瞬間湯沸かしの如く、シオンは顔を真っ赤に染める。アワアワと体を震わせ、力が抜けたのか離れることも叶わない。


 先程までクールな美人秘書だったのに、あっという間に可愛らしい女性に変わってしまった。これが彼女の味だよな。


「ほら、落ち着けー」


 余計にユデダコになると理解しつつも、オレはシオンを優しく抱き締めた。彼女の顔を胸に押し当て、恋人のように包み込む。


「あうあう」


 予想通り、混乱を極めたシオンは脱力してしまう。もはや、なすがままだった。


 そんな彼女を幾許か堪能した後、横抱き――お姫さま抱っこで抱え上げる。気絶寸前のせいで些か持ち上げづらかったが、鍛えているし、【身体強化】もあるので問題なし。


『こちら監視班アルファ。すべての班が指定位置に到着いたしました』


 不意に、部下より【念話】が届いた。


 シオンの指示を遂行し終えたらしいので、遠隔で【位相連結ゲート】を三ヵ所開いた。数秒後、転移完了の旨を伝えられたため、ゲートを解除する。


 残るはオレたちだけだな。


 さっさと【位相連結ゲート】を開いて撤退しようと思ったんだが、


「はぁ」


 練った魔力を霧散させ、溜息を溢す。


 それと同時に、腕の中にいたシオンが飛び降りた。


「ゼクスさま、お下がりください」


 先までのポンコツ具合は消え去り、緊張感の漂う表情を浮かべていた。オレを庇えるよう、一歩前に出る。


 察しがつくと思うけど、この場に第三者が現れていた。路地裏で定番のアレである。


「こんな場所で乳繰り合いやがって。見せつけてんのか? ああん?」


 何とも分かりやすい発言をするのは、これまた分かりやすい恰好をした男だった。おそらく、冒険者だろう。粗雑な衣服の上に革の鎧をまとい、片手にはブロードソードが握られていた。


 装備は量産品。髪はボサボサで筋肉量も多少多い程度。ランクEかDくらいかな。初心者を脱し、ようやく冒険者業が板についてきたレベル。うん、【鑑定】したらレベル19だし、間違いないな。


 すでに剣が抜き身のことから、かなりケンカっ早い性格なんだろう。瞳のギラツキ具合からして、元々スラムの出身辺りと予想できる。


 面倒くさい手合いと遭遇してしまった。シオンが可愛いからと、長居しすぎたらしい。オレの失態だな。


 警戒するシオンの肩をポンポンと叩いてから、冒険者の男へ語り掛ける。


「何の用かな? オレたちは、もうお暇するつもりなんだが」


「ハァ? この俺さまをイラ立たせておいて、簡単に返すわけねぇだろ。バカかお前は」


 なるほど、意思疎通のできない輩のようだ。無駄な労力はかけたくなかったが、言葉が通じないのなら仕方ない。


「じゃあ、押し通らせてもらうよ。お前に付き合っているほど、こちらも暇じゃない」


 そう宣言し、【威圧】を発動しようとした。


 だが、次の冒険者のセリフは、とうてい聞き逃せるものではなかった。


「ハッ、女に守られてる奴が偉そうに。新しい魔法・・・・・を手に入れた俺さまに、お前みたいな貧弱が敵うわけねぇ」


 ――新しい魔法だって?


「シオン、捕縛しろ。すぐに尋問する」


「承知いたしました」


「なっ、動けねぇ!? お前ら、何も――もごもご」


 オレの命令を受けたシオンがえせミスリルワイヤーで冒険者を拘束し、騒ぎ出す前に口も封じてしまう。完封だった。


 ここに来て、“アウター”使用者の登場か。いや、まだ確定ではないけど、もしも服用していた場合、その時期次第では“自称・都市国家群から流れてきた商人”を確保できるかもしれない。知っているすべてを吐いてもらおう。


 はぁ、残業は確定だな。不幸中の幸いなのは、シオンが傍にいることかな。退屈はしないだろう。


 手早く【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を展開し、【刻外】も適用。たっぷり残された時間を活かし、オレたちは尋問を始めた。

 

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