Chapter8-4 遭遇(3)
「ガルナ。食事中にすまないが、時間をくれ。緊急だ」
グリューエンと対峙した日の夜、オレは、その正体が青の魔法司であるガルナの元を訪れていた。彼女は食堂にて他の使用人――テリアやマロンと食事を取っていたが、事は『西の魔王』が関わるため、慮ってはいられない。
「ふぁふぁふぃふぁふぃふぁ!」
「飲み込んでから返事をしなさいッ」
「行儀悪いよぉ」
リスのように頬を膨らませるガルナが答えると、同席していた二人が呆れた表情でたしなめる。本人から聞いてはいたが、魔法司暴露の一件以降も三人衆は仲睦まじいらしい。
おっと、ほっこりしている場合ではないな。
「お待たせしました!」
口に含んでいたものを飲み込んだガルナは、こちらまで駆け寄って一礼する。
それを認めたオレは、「付いてきてくれ」と告げてから歩き出した。
向かった先は、地下深くにある実験室。物は一切置かれてなく、【
オレとガルナの二人切りというわけではない。そこには先客が一人いた。
「あっ、シオン先輩」
ガルナの言葉通り、シオンがいた。
オレが先に呼び込んでいたんだ。彼女はカロン周りの事情を多少は理解しており、諜報部門の総括も担当しているからな。今回の話し合いには欠かせない人材である。
「待たせた」
「いえ。ゼクスさま自ら出迎えをさせてしまい、申しわけございません」
「構わないよ。ここはオレ以外に通れないんだ。気にしないでくれ」
軽く会話を交わした後、【
……お茶も出しておくか。確か、【
パパっと準備を済ませ、ようやくオレは口火を切った。このメンバーなら、回りくどい世間話なんて必要ないだろう。
「本日十八時頃に、学園敷地内にて『西の魔王』と遭遇した」
「「は?」」
目を丸くして硬直してしまうシオンとガルナ。どうやら、直球に話しすぎて思考が追いついていないよう。
失敗したと思いつつ、二人が再起動するのを待った。
程なくして、シオンが口を開く。
「申しわけございません。確認を宜しいでしょうか?」
「構わない」
「『西の魔王』とは、あの『西の魔王』で合っていますでしょうか?」
相当混乱しているらしい。他の『西の魔王』がいたら、とっくに世界は滅んでいる気がするよ。
オレは苦笑を溢しながら答える。
「聖王国の西に封印された魔王。百年に一度、神に選ばれた聖女によって、封印を補強し直す存在。その『西の魔王』だ」
「嗚呼……」
やっぱりといった感じに脱力するシオン。聞き間違い等の可能性に望みをかけていたんだろう。残念ながら、覆しようのない事実なんだよね。
ガルナも問うてくる。
「マジでグリューエンでした?」
「確認のために【念写】した似顔絵がある。見てくれ」
懐より一枚の紙を取り出す。そこには、先刻遭遇した少女の顔が描かれていた。
念写は、脳内のイメージや記憶を出力する精神魔法だ。たぶん、絵描きさんは喉から手が出るほど欲しい魔法と思う。
似顔絵を認めたガルナは、一瞬だけ
「ちょっと若いけど、間違いないッスね。これはグリュちゃんッス。魔法司は外見操作なんて容易いですし」
「ガルナ」
「あ、すみません」
「いや、いい。それくらいショックだったってことだ」
何せ、悪意を持った人類の最強格が復活しているんだからな。
『西の魔王』が外に出ていることを共有したところで、オレはグリューエンとの遭遇戦の詳細を語った。
「――というわけで、情報収集に留めてご退場願った」
「何というか……」
「ゼクスさまは相変わらずですね……」
あれ? 何故か、オレに呆れの視線が向けられている。
「どうかしたか?」
首を傾いで問うと、二人は乾いた笑声を溢しながら言った。
「『聖女を旗頭に人類総がかりで封印した』。そう語り継がれている『西の魔王』を、たったお一人で追い返したと聞かされた身にもなってください」
「聞いた感じ、グリュちゃんに奥の手がなかったら、あの場で始末できてたんですよね? 本当に人間か疑わしいですよ、ゼクスさまは。いや、あたしをボコボコにしてる時点で、何となく察してはいましたけど」
なるほど。オレの実力に驚いてしまったのか。まぁ、伝説の魔王を追い返したわけだし、気持ちは理解できる。
ただ、
「あの厄介な無効耐性さえなければ、シオンやカロンたちでも倒せるぞ。レベルに換算すると、精々120に満たないくらいだし」
そう。グリューエンの実力自体は、そこまで脅威ではない。無効耐性と結界系を無力化する二点、これらの組み合わせが嫌らしいだけだ。
そう説明すると、やはり呆れ顔のままの二人がいる。
「自分で言うのも何ですが、
「そもそも、色魔法に対して、属性魔法で対抗できるのがおかしいと自覚してください。無効耐性以前の問題なんですよ、普通は」
まぁ、二人の言いたいことは分かるよ。魔法司とは人類の頂点であるため、普通はヒトに下せる存在ではない。
とはいえ、『ハイそうですか』と頷けないのが現実だ。相手はカロンの命を奪うかもしれないんだから、どんなに困難でも捻り潰すしかあるまい。
ふむ。二人の考えを聞いて、改めて実感した。グリューエンは、オレが相手するしかなさそうだ、と。
実力は大したことがないと前述したけど、色魔法と無効耐性の壁があるのは変わらない。これを打破できるのは、今のところ、オレしかいないんだ。
アレと戦うのは、とてつもなく面倒くさい。しかし、もはや『聖女に封印し直してもらう』という方針は無意味に等しくなってしまった。封印中でも外に出られるんだからな。これからは、オレがグリューエンを始末する方針に転換する他ない。
オレが小さく溜息を溢していると、シオンが再び尋ねてきた。
「あまりの衝撃に忘れていましたが、どうして『西の魔王』は外にいたのでしょうか。封印を破ったので?」
うん。本来なら、真っ先に出てきて良い質問だな。よほど、オレの話に驚愕していた証拠か。
シオンの疑問に対し、首を横に振ったのはガルナだ。
「それはないッスよ、先輩。あの封印は、世界そのものが考案した術式です。百年の周期で弱まっていくとはいえ、世界に縛られてる魔法司に突破できる代物じゃないです。というか、破られたら、その余波で呪いが充満してます」
「その通りだ。封印が破られたら、世界はここまで平穏じゃいられない。それに、魔王が封印されたままなのは、ついさっき確認してきた」
「いつの間に……」
「オレには【
西の封印地を確認したが、封印は破られていなかった。もちろん、小細工等の痕跡もない。
「というよりも、魔王が封印されたままなのですか? 外に出ていたのでは?」
「……分霊ですね」
さすがは魔法司といったところか。提示された情報から、すでに答えを導き出せたよう。
一方、知識の不足しているシオンは首を傾ぐ。
「分霊とは何でしょうか?」
「文字通り、分けた霊ですね。対象の魂を分裂させるんです。原理としては呪いに近いですかね。魔力の
「つまり、外に出ている魔王は、本体ではないと」
「おそらくは。となると、ゼクスさまの判断は正しかったことになりますね。分霊を倒しても、グリュちゃん本体は無傷ですから。記憶を共有されて警戒されます」
そう。ガルナの言う通り、あの場の判断は的確だったと思う。無理に倒そうとしていれば、自らの首を絞めていた可能性はとても高かった。
すると、ガルナが腕を組んで唸る。
「しかし、グリュちゃんが分霊とか認識阻害を使うんですか……。昔は光魔法のゴリ押しか、幻惑でヒトの心の闇を操るかの二択だったのに」
「封印されて、色々と行動を省みたのかもしれない。まぁ、もっと根本的な部分を反省してほしかったが……あの性格なら無理そうだな」
「無理ですね」
少し対面しただけで痛感した。グリューエンという女は、自己中心を極め、傲慢と強欲を煮詰めた感じの人物だ。他人への配慮なんて微塵もしないし、尽くされて当然だと考えているタイプだろう。
「話を戻そう。二人を呼んだのは、情報共有の他に協力してほしいことがあるからだ」
「お聞かせください」
「できる限り協力しますよ」
二人の頼もしい言葉に、オレは僅かに頬笑む。
「ありがとう。シオンは部下への指示をお願いしたい。具体的には二つ。封印地の監視を増員してほしい。グリューエンの認識阻害対策を作ったから、監視員たちに配ってくれ」
そう言って彼女に手渡したのは、サングラス型の魔道具。グリューエンの情報を元に、彼女の
もう一つの頼みは、
「今後のカロンの護衛は、シオンまたはガルナを必須とし、最低でも二人以上はつけろ」
グリューエンがカロンを直接狙う可能性は否定し切れない。他の使用人では些か力不足だが、目前の二人なら最低限の対応はできるだろう。
「承知いたしました」
シオンの応諾を認めたオレは、ガルナの方へ視線を向ける。
「で、ガルナの方は、グリューエンの情報の精査を手伝ってほしい。魔法司ならではの視点が必要だと思う」
「分かりました。今からですか?」
「嗚呼、すぐに行動したい。頼めるか?」
「任せてください」
自信満々に胸を叩くガルナ。
よし。これで必要事項は伝え終わった。
「何か質問等があれば聞くぞ」
「いえ、今のところは大丈夫です」
「右に同じです」
「宜しい。では、この場は解散だ。各々の仕事に励め」
「「はい」」
カロンにまつわる運命が、新たな局面に突入したのは間違いない。この事態を活かせるか否かは、オレの手腕に懸かっていると思う。頑張ろう。
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