Chapter8-4 遭遇(5)
冒険者を尋問した結果、いくつかの事実が明らかになった。
前提として、彼が“アウター”使用者なのは間違いない。こちらの勘違いという線は消えた。
そして、もっとも重要なのは、この街の商業組合に、例の商人が所属しているという話だ。二年前に街へ訪れ、『度重なる戦争に嫌気がさして、国から逃げ出してきた』と言っていたらしい。身分証の確認も取れており、都市国家群の小国出身の肩書は本当だったとか。
何とも言えない内容だな。正直、“アウター”なんて代物を商っている時点で、背後に大きな組織がいることは確定している。そういう連中は、小国程度の身分証なら偽証も容易いだろう。戦乱の地ゆえに、情報も錯綜しやすい。
商人の背後関係については、一旦置いておこう。
商人は、若手で勢いのある冒険者に先行投資という名目で“アウター”を配っているよう。効果の説明に関しては、『潜在能力を引き出すもの』と騙っていた模様。
実際に強くなっているものだから、この街の冒険者は『英雄の素質を持つ者が選ばれる』なんて噂が流れている始末。冒険者ギルドの方も、特に気に留めていないらしい。
……いや、バカだろう。流れの商人が配り始めた薬物なんて、普通は怖くて飲めんわ。百歩譲って、薬を渡された奴らは経験の浅い若手冒険者だから仕方ないとしても、何で他の面々は怪しまんのよ。
特に、噂を絶対に聞いている冒険者ギルド。あと、薬の副作用によって街の治安が悪化しているだろうから、領主陣営もだな。内通者が上へ情報が行くのを握り潰しているのでは? と疑うレベルだわ。
これは、街全体を一斉捜査する必要があるかもしれない。下手に商人のみを確保すると、潜伏中の敵に情報を流されそうだ。アドバンテージを失いかねない。
「どうしますか?」
「どうするも何も、根回しは必須だな」
尋問を終えた後、オレと同じように眉をひそめていたシオンが尋ねてきた。それに、肩を竦めて返す。
一斉捜査となれば、こっそり隠密ともいかない。この地の領主に話を通しておく必要がある。
ただ、領主は難しいな。情報を握り潰しているのがトップの可能性も捨て切れない。となると、ここは更に上へお伺いを立てるべきだろう。
「一度、フォラナーダに戻るぞ。シオンは捜査班の編成をしてくれ。荒事もできる人員で頼む。その間、オレは捜査許可をいただいてくるよ」
「承知いたしました」
はてさて、許可自体は簡単に降りるとは思うが、この街から何が出てくるかねぇ。
鬼が出るか蛇が出るか。きっと、ロクでもない情報なのは確実なんだろうさ。
想定していた通り、捜査権は容易く手に入った。さすがは、最近では聖王よりも勢力を伸ばしている我が親友殿だ。この調子なら、五年以内に代替わりしそうかな?
国より捜査権を貰えたので、今回は堂々と乗り込むつもりだ。制圧地点は、商業組合と冒険者ギルドの二つ。加えて、隠密でも調査を行う。後者側は領主邸宅も対象だ。
いわゆる囮捜査のようなものだった。大々的に調べれば、そちらに注目が集まるのは必然。その隙に、本命の隠密部隊が色々と探るわけである。内通者が焦って証拠隠滅に走る可能性もあるし。
ちなみに、この地の領主は、とても協力的だったよ。国の認可が下りているんだから当たり前だけどね。相手が色々と噂されるオレだったのもあるだろう。
『バイヤー2、クリア』
『バイヤー3、クリア』
『バイヤー1、クリア。商業組合の制圧完了。資料の押収に移行します』
『フール3、クリア』
『フール1、クリア』
『フール2、クリア』
『――冒険者ギルドの制圧も完了いたしました。こちらも押収作業に移行します』
仮拠点とした民家より、【念話】で届く部下の報告を受けていく。目視はできないが、探知した限りだと、滞りなく一斉捜査は進んでいる様子。まぁ、こちらには聖王家の発行した令状があるから、めったなことでは反抗しないと思われる。
とはいえ、
『こちらターンコート1。商業組合より逃亡した者を確保しました』
『ターンコート2。同じく逃亡者を確保』
『ターンコート3。冒険者ギルドの推定内通者を拘束しました』
このように、真っ黒な連中は悪あがきする。想定の範囲内なので、ことごとく捕まえられているけども。
そして、
『ターンコート4。主犯である商人を確保しました。……申しわけございません。自害を試みようとしたため、かなり手荒な捕縛となりました』
「構わない。命があれば、情報は引き出せる。ご苦労さま」
『ハッ。ありがとうございます! 商人の身柄は、これより移送いたします』
“アウター”を配り歩いていた商人も、無事に確保できた。移送が完了し次第、尋問が始まる。
それにしても、考えていたよりも内通者が多かったみたいだな。あとで提出される報告書にどう記載されているかは分からないが、【念話】でもたらされた報告では、両手で収まらない人数が捕縛されたように思う。
今回の敵は、予想した以上に大きい組織なのかもしれない。
尋問は、当初の予定よりも難航した。内通者たちが
とはいっても、最終的には口を開かせた。元々存在する技術に加え、シオンのもたらした
商人より得られた情報で、重要度の高いものは二つ。
一つは、彼がどこの所属か。
やはりと言うべきか、都市国家群の小国は嘘っぱちだった。頭の痛いことに、聖王国内に“アウター”を開発している連中がいるらしい。商人自身は下っ端ゆえに黒幕が何者かは知らなかったが、彼同様の末端が国中に散っていること自体は既知だった。そのため、その組織力を考慮すると、どこかの貴族家が関わっている
ここから先の調査は、ウィームレイと相談しながら進めないと面倒くさい展開になるだろう。
もう一つの情報は、商人が薬売りに加担していた――ひいては頑なに口を開かなかった理由だ。
彼は元々、辺境の田舎町で細々と商いを行っていたらしい。結婚もしており、子宝にも恵まれ、質素ながらも順風満帆の生活だったとか。
しかし、その平穏は崩される。薬売りの組織が商人の妻と子どもをさらい、協力しないと一人ずつ殺していくと脅されたらしい。
納得だ。家族の身に危険が迫るなら、そう容易く口を開いたりしない。フォラナーダの技術がなければ、もっと尋問は難航していただろう。
この件のさらに面倒なところは、大体の末端が商人と似た境遇だということ。全員、人質を盾にされ、嫌々“アウター”をバラ撒いているようだ。
「どうしたもんかねぇ」
諜報部隊より提出された資料を読み終えたオレは、独りごちる。
これはフォラナーダというよりも、聖王国全体の問題。まず、ウィームレイの判断を仰いだ方が後々の面倒ごとは回避できる。
だが、結局はオレにお鉢が回ってきそうではあった。何故なら、敵は人質を抱えているから。『大義をなすの前の必要な犠牲』と切り捨てるのは簡単だけど、その規模次第では笑っていられなくなる。
なれば、隠密行動で鎮圧しなくてはいけなくなるんだが、そちらも難しい。
商人の吐いた情報は一部の末端のみ。他の末端も同様の知識量と想定するなら、地道に少しずつ潰していくしかない。そんな時間のかかる作業を、敵に悟らせず行えるのはフォラナーダくらいだと思われる。
また、今回押収した“アウター”も懸念の一因だ。魔力の関わる研究において、【魔力視】を有するオレの右に出る者はそうそういない。時間をかけられるのなら別だが、物が物だけに、調査には
よって、この事件はオレたちフォラナーダに一任されると予想された。
「ややこしい事態に発展しなければ良いんだけど」
つい溢してしまったセリフ。
“アウター”を無差別にバラ撒く謎の巨大組織に、人質の存在。これらの情報を得ておいて、容易に解決が図れると考えるほど、頭はお花畑ではなかった。
しかし、それが儚い願いだと理解しつつも、乞わずにいられないのが人間なんだと思う。
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