Chapter8-3 歪な力関係(4)

 学園長から一年生の異常を窺って三日。大雑把にだが、後輩たちの事情が収集できた。『闘技制度』の管理システムはオレたちが作ったので、普段より諜報活動がしやすかったのは良かったよ。まぁ、まだ概要にすぎないので、引き続き情報収集はするべきだが。


 一年のうち、上級生に圧勝している面子は三十二人。一人はターラなので除外しておく。何でも、男爵子息に妾になれと命令されたので、“闘技”に勝てたらと要望した結果らしい。


 さて、肝心なのは残る三十一人。学園長の言った通り、その面々は土地も派閥もバラバラで、ザっと調べた限りでは繋がりは見られなかった。唯一の共通項は、全員の身分が子爵以下という点。平民も混じっているので、共通項というには些か説得力が不足するが。


 さらに怪しいことに、全員が成績上位者でもないんだよね。入学時の成績が絶対とは言わないが、一年のBクラスが三年のBクラスに勝つのは些か度が過ぎている。


 嗚呼。もう一点加えると、三十一人の中にオルカの幼馴染みエクラの元主人であるキテロスも含まれていた。先入観を持つのは宜しくないけど、頭の片隅に置いた方が良い情報だろう。


 大まかに情報は得られたので、追加の情報がもたらされるまでは、自分の足で調べることにした。


 といっても、難しい話ではない。件の一年の“闘技”を見学するだけである。百聞は一見に如かず。何か発見があるかもしれない。


 都合良く“闘技”と鉢合わせられるかと疑問に思うだろうが、そこは大丈夫だ。彼らの大半は調子に乗っているようで、かなり頻繁に“闘技”を行っている。加えて、オレは管理システムへのアクセス権を持っているため、どこで誰が“闘技”を行っているか確認できるんだ。


 よって、行動開始して僅か十分で目的は叶った。というか、対戦相手がニナだった。


 ニナの二十メートル前方に立つのは、一年の男子生徒。体格はヒョロヒョロ。どことなく下卑た笑みを浮かべており、とても優秀な腕を持つようには見えない。


 まだ戦い始めてはいないよう。本当に“闘技”を受けた直後だったのか、試合開始のカウントダウンも始まっていなかった。


「ニナ」


「……ゼクス」


 僅かにイラ立ちを声に乗せるニナ。


 おおう。いつも表情に乏しい彼女がここまで感情をあらわにしているなんて、相当神経を逆撫でされた模様。何を言ったんだか。


 すると、対戦相手もコチラに気づいたらしく、胡散臭い笑みを向けてくる。


「これはこれは、二年首席のフォラナーダ伯爵ではありませんか。私はしがない商家の息子、コボル・レーサ・バトッブと申します。いずれ、あなたにも“闘技”を申し込ませていただきますので、よろしくお願いします」


「オレに?」


 堂々とした宣戦布告だ。このオレの噂を知っての発言か? いや、知らないんだろうな。知っていても断片的な情報だろう。でなければ、こんな阿呆なセリフは飛び出さない。


 こちらの呆れなんて露知らず、コボルは意気揚々と語る。


「これまでにA、Bクラスの先輩方と“闘技”を行ったのですが、全然歯応えがないんですよ。そこで考えたのです。『このまま二年制覇を狙えるのでは』と」


 狙えねーよ。そうツッコミを入れたくなるのをグッと我慢する。


「そして、本日ついに二年A1の方に挑む運びとなりました。最初の一試合を飾るお相手が二つ名持ちなんて、とても見栄えが良いとは思いませんか?」


 にこやかなコボルに反比例して、ニナは青筋を立てている。


 ……そういうことか。自分の実力をものすごくナメられているから、ニナは怒っているわけだ。というか、あんな風に言われたら誰でもキレる。


 しかし、くだんの一年全員がこんな感じとか言わないよな? それだけは勘弁してほしいなぁ。見ているだけで気疲れするもの。嗚呼、キテロスは当てはまらないから、まだ希望はあるか。お願いだから、コボルが例外であってほしい。


 その後も自分語りを酔った風に続けるので、無視してニナへ声をかける。


「ニナ、頼みがあるんだけど」


「……なに?」


 嫌な予感を覚えたのか、彼女は僅かに眉を寄せる。その勘は正しいよ。


「瞬殺せず、相手の出方を窺ってほしいんだ」


「何故?」


「一年の様子がおかしいから調査してほしいって、学園側から依頼を受けてるんだよ」


「アレがその一人で、手の内を知りたいと」


「そういうこと」


 話が早くて助かる。


 オレが首肯すると、ニナは眉間にシワを寄せたまま黙考を始めた。


 とはいえ、それもほんの一分ほど。彼女は嫌々ながら応じてくれる。


「分かった。でも、貸し一つ」


「ありがとう。今度の週末、デートしよう」


「ッ! がんばる!」


「いや、頑張らないでほしいんだからな?」


 お礼のつもりの一言が、彼女の熱意を燃え上がらせてしまったよう。瞬殺だけはやめてくれよ?


 そうこうしているうちに、腕輪のカウントダウンが始まる。十の数字が刻まれ、いよいよ“闘技”が開始された。


 ――ピッ。戦闘を開始してください。


「「……」」


 場に静寂が包む。どちらも動く気配はなかった。


 出方を窺う必要のあるニナは当然として、コボルはどうして動かないんだ?


 オレとニナは怪訝に彼を窺う。


 十秒ほどして、『嗚呼』とコボルは納得した態度を示した。


「私は寛大です。そちらに――」


 おそらく、『先手を譲ります』とでも言おうとしたんだろう。だが、そのセリフは最後まで紡がれなかった。


 何故なら、


「……いい加減にしろ。さっさと来い」


 ニナが強烈な怒気を発し、コボルを威圧したためだった。限界突破レベルオーバーした者の強い意思は、物理的な圧力を伴う。それに彼は脅かされてしまった。


「ヒッ」


 先程までの威勢はどこへやら。全身を震わせて怯えるコボルがいた。まぁ、気絶や失禁をしないだけマシだと思うよ。


「く、クソッ、調子に乗るなよ!」


「ほぅ」


 悪態を吐くコボルに、多少の関心を寄せるオレ。あれほど威圧されておいて、まだプライドが折れていないのは驚きだ。たぶん、本能が鈍感なだけだとは思うけど、それも活用すれば才能になるからなぁ。


 髪や瞳、魔力の色より、コボルの魔法適性は土と火だろう。彼は先手として中級の【フレアランス】を十本放ってきた。


 調子に乗るだけはある。中級魔法を同時に十も撃てれば、確かに二年にも通用する。


 ただ、圧勝には足りない。先手だけでは見極められなさそうだ。


 その辺りはニナも理解している様子。不得手の土魔法で攻撃を防ぐに徹し、反撃は行わなかった。


 それからコボルの魔法攻撃が続くけど、それらは一切通じない。ことごとくをニナは防いだ。


「ぜぇはぁ」


 細い体格通り体力が少ないらしい。まだ試合開始より十分程度にも関わらず、コボルは息を荒げている。


 これが上級生に圧勝を収めたなんて、正直信じられない不甲斐なさだった。ニナが強すぎるとかいう次元ではない。彼が弱すぎるんだよ。


 魔力量は多いし、中級を複数発動できる技術力は及第点と言えるけど、それ以外は落第。入学時の成績通りの評価だと思われる。


「終わり?」


 “闘技”が始まってから一歩も動いていないニナに、すでに怒りはない。あまりの弱さに呆れの感情が上回ったよう。


 彼女の言葉を受け、顔を真っ赤に染めるコボル。相変わらず、プライドは高々と積もっているみたいだ。


 彼は舌打ちをしてから呟く。


「やっぱり、アレを使わなきゃダメか。フォラナーダ伯爵の手前、温存しておきたかったんだが……」


 何とまぁ。彼我の実力差があるのに、温存なんてセリフが飛び出すとは思わなんだ。あー、せっかく収まったニナの怒りが再燃してるよ……。


「くらえ、これが私の必殺技だ。【ライトニングメテオ】!」


 コボルが唱えたのは火、土、風の合成魔法、雷を帯びた隕石を一発落とす最上級の術だった。


 彼の詠唱と同時、ニナの頭上に五十メートル大の大岩が現れる。膨大な熱を帯び、バチバチと稲妻を走らせる凶悪な物体が、ゴゴゴゴゴゴゴと轟音を鳴らして落下する。


「は?」


「え?」


 オレとニナは思わず呆けた声を漏らしてしまった。


 コボル程度の魔法師が、合成の最上級魔法を発動したことにも驚きはあったが、最大の驚愕はそこにない。一番問題視しているのは、彼がどうやって【ライトニングメテオ】を発動させたか、だ。


 もう一度確認しよう。【ライトニングメテオ】は、火と土と風の合成魔法である。一方、術者であるコボルは火と土の適性しか持たない。いくら技量が足りていようと、どう足掻こうと、この魔法を行使できるはずがないんだ。彼の行ったことは、世界の摂理を捻じ曲げていた。


「……いや、違う」


 オレは改めて、コボルを【魔力視】で見る。彼のまとう魔力には、先程までは存在しなかった風のソレが流れていた。


 原因が何にせよ、カラクリがあるのは瞭然。これが、一年生の異常に関わっている可能性は高いだろう。


「ニナ、もういいぞ」


「わかった」


 情報は得た。ならば、この茶番も終幕だ。


 ニナの返事の直後、落下する隕石は、小指大にまで細切れになって消滅する。そして、ほぼ同時にコボルのHPゲージもゼロになった。ニナが一瞬ですべてを斬り伏せたんだ。


 ――“闘技”を終了します。


 腕輪より試合終了の合図が流れ、展開されていた結界は消失する。


「確保っと」


 必殺技を破られ放心していたコボルを気絶させ、さっさと【位相隠しカバーテクスチャ】へ回収した。


 暗部に彼の身柄を引き渡して尋問を任せよう。


 はてさて、どんな秘密が飛び出してくるのやら。


 適性を変えるなんて常識外れが起こった以上、今回の事件も簡単には終わらないんだろうなぁ。


 今後に発生する面倒事を憂い、オレは小さく溜息を吐くのだった。

 

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