Chapter8-3 歪な力関係(5)

 ニナとコボルの“闘技”以降も、オレは問題の一年生たちを調べた。


 結果から言うと、三十一人中二十七人が、本来とは異なる適性の魔法を行使していた。彼らが何らかの事件に関与している可能性は高く、早々に身柄を拘束している。幸い、全員の身分が低いこともあって、学園側の根回しにより騒動へ発展はしていない。


 拘束した一年を尋問したところ、魔法適性が増えた原因は薬物だと判明した。現物こそ入手できなかったものの、彼らは口をそろえて『都市国家群の方から流れて来た商人に貰った』と発言している。そこに嘘はないだろう。商人の身元が本当かは怪しいが。


 加えて、人道的な範疇で実験を行った甲斐もあり、薬――アウターと呼称する――の実物は手元にないものの、それの概要はおおよそ掴めた。


 “アウター”の効果は、主に二つ。


 一つは言わずもがな。魔法適性をランダムで一つ増やすというもの。魔力の流れを見た限り普段は潜伏状態で、使う意思を見せると発現する力のよう。その際、ヒトによっては髪や瞳の色に微量な変化が起こっていた。


 二つ目は魔力量の増加。全員が平均を大きく上回る魔力量だなと多少の違和感を覚えてはいたが、これも薬の効力だった模様。彼らの元の魔力量は知らないけど、自己申告によると二~三倍に膨れ上がったらしい。たった一度の投薬でその上昇量は、色々と異常だった。


 それで肝心の副作用は、定期的に魔力を発散しないとパンクしてしまうこと、気分が妙に高揚してしまうこと、その二点だとか。


 絶大な効果にしては、控えめな反動と言えるのかな? いやまぁ、ずっと気が昂り続けてしまうのはそこそこ・・・・重いデメリットだとは思うけどさ。


 ちなみに、副作用に関しては、こちらの調査で判明した内容だ。二十七人全員が、副作用をまったく気にしていなかったんだよ。いくら何でも頭が空っぽすぎるだろう。呆れ果ててしまった。


 また、これは現状の調査結果のため、将来的には別の副作用が現れる可能性もある。たとえば、『寿命を縮めている』とか『未来の魔力を前借している』みたいな制約があっても不自然ではない――というか、前者はほぼ確定している。


 何せ、彼らが魔力を使う際、肉体へメチャクチャ負担を強いていることが判明している。副作用で魔力を発散しなくてはいけない以上、寿命を自ら削るのは確定していた。


 “アウター”に対するフォラナーダの総評は、間違いなく禁止薬物。これは国へも上奏すべき案件だ。何故なら、彼らが“アウター”を手に入れたのは入学前。故郷での出来事なんだから。


 というわけで、ウィームレイ第一王子に報告を上げ、トントン拍子に“アウター”は禁止薬物指定を受けた。国内への取り締まり強化も同時に行われている。


 あとは様子見だな。新たな“アウター”使用者が現れたら、そちらは国が対応していくだろう。


 そして、一年生二十七人については、今後も要観察となる。ウィームレイに話を通したので、折を見て監視用の病院へ移す予定だ。以前にローレルを搬送したのと同じ、犯罪者用の病院にて“アウター”の調査が行われるんだ。




「――と、こんな感じだな」


「……そう、か」


 学園長室にて、オレと学園長は再び対面していた。今回は、一連の“アウター”事件の報告を上げにきたんだ。


 一通りの話を聞いた彼女は、目に見えて落ち込んでいた。定時報告は聞いていたはずだけど、改めて事実を突きつけられて落ち込んでいるよう。


 念のために指摘しておくと、この一件に学園長の非はほとんどない。“アウター”を摂取したのは学園外の出来事のため、彼女には防ぎようもないからな。また、新薬ゆえに早期発見も難しい。


 むしろ、被害は最小限に済んでいる方だろう。もし、『闘技制度』が導入されていなかったら、辻斬り的に学生の誰かが殺されていた可能性がある。溢れ出る魔力を発散するために、な。


 とはいえ、そう諭したとしても、学園長の気分は晴れないに違いない。彼女は根っからの教育者。自分の責任云々ではなく、未来ある学生を助けられなかったことに心を痛めているんだと思う。


 それくらいの機微は、感情を読まずとも理解できた。学園長と出会って一年弱しか経過していないが、事件の度に顔を合わせているので、為人ひととなりを知るには十分な関係性を築いているからな。……知りたくもない彼女の性癖も知ってしまったけど。


 オレは、気持ち優しめに語りかける。


「落ち込むなとは言わないけど、今回は仕方ないさ。入学前の子どもの行動なんて、教員にはどうしようもない。そこはもう、彼らの家族の管轄だ」


 あえて、今回もっとも不甲斐なかった者を上げるとするなら、“アウター”使用者たちの家族だ。自分らの子どもを、『都市国家群から流れて来た商人』なんて胡散臭い奴と接触させてしまったんだから。特に、貴族家にとっては大失態に他ならない。


 まぁ、だからこそ、“アウター”使用者は子爵家以下の身分だったんだろう。家格が低いほど護衛の質は下がっていく。平民に至っては護衛なんて存在しないもの。相手さんにしてみれば、格好のカモに違いなかった。


「ケガ人は一切出てないし、彼らには申しわけないけど、約十三万のうち二十七人が減っただけ。学園に被害はないに等しい」


「それでも、二十七人の学生は守れなかった……」


「それを言うなら、残る四十余万は守ったんだぞ?」


 たしかに、少数の被害者へは手を差し伸べられなかったかもしれない。だが、それ以外の大多数が巻き込まれずに済んだんだ。それはひとえに、一年の異常を早期に察知して調査へ乗り出した結果だとオレは思う。事態を重く見て、フォラナーダを頼ったのも慧眼けいがんだった。


「これが、学園内で“アウター”を手に入れたって話なら、学園長の責任だ。でも、今回はそうじゃない。胸は張れないかもしれないけど、後悔はするだろうけど、己を卑下する必要はない。そんなんじゃ、守られた学生たちが不安がる。あんたは、この学園のトップなんだから」


 組織のトップは組員に弱音を吐いてはいけない。常に堂々と振舞わなくてはいけない。頭の感情は、末端にまで伝播してしまうんだから。


 オレの真っすぐの視線を受け、学園長は些かたじろぐ。


「お主、もう少し優しい慰め方はないのかぇ?」


 うん。弱っている相手へ投げるセリフではないことは自覚している。でも、


「この程度でへこたれるほど、柔な経験はしてないだろう?」


 見た目こそ十歳前後の少女だが、彼女は長い年月を生きてきた魔女なんだ。オレの洗礼を受けても立ち上がったんだし、この程度で膝を折られては困る。


 学園長は苦笑いを浮かべる。


「そりゃそうじゃけども……」


「まっ、愚痴を溢したくなったら、少しくらいは付き合うさ。オレだけは、すでにあんたの情けないところを目撃してるし」


 初対面でブッ潰した時の土下座は、今でも覚えている。一級土下座職人の称号を与えたいくらいだった。


 オレとしては、ちょっとシリアス風味だった空気を換えるためのお茶目だった。


 ところが、学園長の反応は妙だった。


「そ、そうじゃな。お主だけには、ワシも弱音を見せても大丈夫そうじゃ」


 照れた様子で視線を逸らす学園長。


 あっれぇ? ここは『あの時のことは思い出すでない!』とか怒る場面じゃないの? 何で、そんな乙女チックな反応をしていらっしゃる?


 突然の甘い空気に、オレは困惑する他にない。


 感情に……恋愛方面のものは見当たらない。ただ純粋な好意があるだけ。ということは、あれか。魔女時代は孤高に、学園長になってからは最前線に立って過ごしてきたため、寄りかかれる相手がいなかった。そこへオレという強者が現れたゆえに、気を許し始めている感じか?


 ベタな、なんて感想を抱くのは失礼だろうか。


 このままの関係を続けると、普通に惚れられそうな気がするぞ。でも、今さら関係解消や方向転換は難しいし……。


「なるようになるしかない、か」


 口内で言葉を転がすオレ。


 もはや賽は投げられた後。くよくよ戸惑うよりは、堂々と未来を待ち構えた方が良いだろう。気にしすぎても疲れるだけだし。


 こういう物事への耐性が、転生してから一番鍛えられたかもしれない。


 これまでの恋愛のゴタゴタを思い出し、オレは諦観混じりに遠い目をした。

 

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