Chapter8-3 歪な力関係(2)
フォラナーダ城の地下に存在する、秘匿用の特別訓練場。そこには現在、三つの影があった。一人は無論オレ、二人目はオレの秘書を務めるシオン、そして最後の一人は――
「【ハイドロウェーブ】」
オレに相対して水の上級魔法を放つメイドのガルナ――否、青の魔法司レヴィアタン・ルーシュウェだった。
遥か昔より自由気ままに世界を放浪していた彼女は、オレに興味を持ってフォラナーダの門戸を叩いたらしい。こちらは最初から正体には気づいていたんだが、特段敵意もなかったので、ごく一部のみに情報共有をして放置していた。
しかし、状況が変わった。大物の魔女だと思っていた彼女は、実のところ、西の魔王と同種の存在である魔法司だと判明したんだ。カロンを死に誘う者のヒントが得られるのであれば、放っておく選択肢なんてありはしない。
幸い、ガルナ――そちらで呼んでほしいと本人が要求した――は協力的だった。まぁ、実力差を知らしめたせいもあるけど、彼女自身が今の生活を気に入っていた様子。情報提供以降、普段通りメイドの仕事に戻っている。
ではどうして、彼女がオレへ向かって上級魔法を撃ち出しているのか。
端的に言えば、西の魔王――金の魔法司グリューエンを仮想敵とした模擬戦を行っているんだ。何でも、魔法司全員が自属性以外の無効耐性を有しているとのことで、耐性貫通の実験には持ってこいの相手なんだ。
シニョンにまとめた青髪を僅かに濡らしながら、全力で魔法を操るガルナ。殺す気で来いと伝えてあるので、本気の殺意がこちらへ圧をかけてくる。
広大な訓練場を覆い尽くす大波。しかも、面積だけではなく、その体積も大きい。滂沱の水がオレを圧し潰さんと襲いかかってきた。
並の魔法師では、たとえ上級魔法でも、これほどの威力は発揮できないだろう。魔法を司る者と呼ばれるだけはある。
とはいえ、この程度でオレを葬ることは叶わない。特に慌てたりせず、一つの魔法を発動する。
――【
心のうちで唱えたソレは、即座に効力を発揮した。大波はこちらへ向かう勢いを失い、失敗したジェンガの如くバラバラに解かれ、最終的には水蒸気と帰していく。
今回行使した【
この術の最大の利点は、やろうと思えば、原子単位をピンポイントで停止させられるところだろう。どれだけ対象が強大でも、僅かな労力で解し崩すことが可能。極限まで無駄を省いた魔法といっても過言ではない。
大波が消えたお陰で、見通しが良くなった。オレはガルナへ反撃する。
「【
殺傷能力が高すぎるゆえに、あえて朗々と語り、
「――コンプレッスキューブ】」
一瞬でガルナを圧し潰した。
対象を四方八方より潰す【コンプレッスキューブ】の五重掛け。一つでもヒト一人殺すのは容易い術が、五倍になってガルナを襲った。
とはいっても、彼女は死んではいない。こちらがわざわざ詠唱したんだ、防ぐ余裕はあったはずだ。
「殺す気ですかぁぁぁぁぁ!?」
予想通り、ガルナは五体満足で立っている。大声で抗議してくる余力まであるとは、さすがは伝説に謳われる魔女だな。ついでに、上級魔法の【ハイドロアロー】十発を撃ち込んできているし。魔力防壁で受け止め切ったけども。
じゃあ、こっちもお返しに【
「うわっ、よっ、ふぁっ!?」
ノールックショットは想定外だったのか、慌てて回避行動を取るガルナ。やっぱり、魔力感知能力の高い相手には、【
改良案を考えるため、色々と試行錯誤しながら連射していくが……全部避け切られてしまった。ちぇっ。
というかさぁ。
「避けるなよ。魔法司にも攻撃が通じるかの実験なんだからさ」
そう。この模擬戦は、オレの攻撃が無効耐性を貫通できるか否かを測る意味もあった。ああやって回避されては、その辺りの実験にならないんだよ。
すると、ガルナは涙目で叫ぶ。
「無茶言わないでくださいよ! ゼクスさまの攻撃、どこからどう見ても、あたしたちに通用するやつじゃないですかッ。わざわざ体で受けるまでもないです、見たら分かります!」
どうやら、こちらの攻撃を目視するだけで、どのくらい攻撃が通るのか判別できるらしい。彼女は模擬戦開始直後から、そう訴えていた。
では何故、模擬戦が続投されているのか。
「どの程度の威力が発揮するのか、自分の目で確かめておきたい。だから、諦めてボコボコにされてくれ」
まぁ、そういうことだ。実験である以上、影響力の調査は必須なんだ。実物を目にしないと、今後の改良もままならないし。いくら魔法司本人が太鼓判を押そうと、そこは譲れない。
「そんなご無体な!?」
ガルナの悲鳴を余所に、オレたちの模擬戦は続いた。
数時間後。訓練場にはボロボロになったガルナが転がっていた。
ボロボロとはいっても、全身が魔力の魔法司ゆえか、徐々に傷は癒えている。魔力が枯渇しない限り、彼女たちは延々と活動できるみたいだ。この辺りは、今後の研究で考慮しないといけないな。
新たな発見にホクホクしていると、様子を見守っていたシオンが駆け寄ってくる。
「お疲れさまです、ゼクスさま。こちらタオルとお水です」
「ありがとう」
我が愛しのメイドは、本当に気が利く子だ。これで、ここに来るまでにズッコケていなければ完璧だったよ。
手渡されたタオルで額を拭い、水筒より水分補給もする。ついでに、シオンの頬についた土汚れも拭っておく。
すると、地に伏せて四肢を投げ出していたガルナが、ぬるっと立ち上がった。もう回復したのか。
まだ傷の癒え切っていない彼女は、こちらへ抗議の声を上げた。
「シオン先輩。ちょっとはコッチの心配もしてくれたっていいんじゃないッスか? 後輩がボロ雑巾になってるんッスけど!」
「ガルナ、口調を正しなさい!」
「あっ、申しわけありません。……って、そうじゃないですよ! こっちはボコボコにされて、そこまで気が回らないんですぅ」
「ゼクスさまのお役に立てているのですから、それで満足でしょうに」
「ダメだ、先輩はゼクスさま信者でした。話が通じないッ」
信者って、おい。シオンは、オレの意見を全肯定しているわけではないぞ。ダメな時はダメだと言える子だ。
まぁ、そういうことを言いたいのではないことは理解している。実験に付き合ってくれた彼女を蔑ろにしすぎるのも申しわけないし、オフザケはこれくらいにしておこう。
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