Chapter8-3 歪な力関係(1)

 六月。『闘技制度』が開始されてから二ヶ月ほど。このシステムは、ようやく学生たちの中に浸透したようだ。一年生が無鉄砲に勝負しまくっているのは変わらないが、他学年でも一日に数度くらいは“闘技”が実施されている。


 さすがにオレたちへ吹っかけてくる輩は、そうそう現れなかった。いくら無謀な一年でも二つ名持ちにケンカを売る度胸はないらしく、オレやカロン、ミネルヴァ、ニナの四人は一度も“闘技”を行っていない。


 一方で、オルカやマリナ、スキアは度々戦っている。特に、後ろの二人は頻度が多かった。片や平民、片や最近まで魔法が使えなかった。それらのレッテルが原因だろう。……まぁ、他に比べたらマシだが。


 この一ヶ月の状況を見た限り、他の学生たちは週一くらいのペースで“闘技”を行っているよう。身近ではダン、ミリア、ユリィカの三人が当てはまった。彼らは勝利を収めているものの、多くの学生より勝負を申し込まれていた。オレたちフォラナーダが牽制しても、である。対戦拒否のルールと防波堤がなければ、スタミナ切れで倒れていたかもしれない。


 ただ、今回のもっとも問題になりそうな点は、利用者の多さではなかった。


「ちと、一年の様子がおかしい。」


 そう渋面を浮かべて語るのは学園長だ。一見すると、艶やかな黒長髪の美しい十歳程度の少女だが、その実態は『生命の魔女』と畏れられた者。ウン百歳は固いロリババアである。


 現在、彼女の呼び出しによって、オレは学園長室のソファに腰かけていた。“美少女と二人きり”と言葉に表すと華やかそうに感じるが、実際は重苦しい空気が場を支配している。


「今年の一年上位は強すぎる。お主たちフォラナーダ以外に、上級生をアッサリ下せる者が二桁もいるのは、いくら何でも異常じゃ」


 彼女の言うように、数々の上級生が一部の一年生に敗北していた。それも、圧倒的な実力差を見せつけられて。場合によっては一瞬で蹴りがついている始末。


 これがターラなどのフォラナーダなら、納得がいっただろう。ところが、実際に連勝を重ねているのは、まったく関係のない連中。しかも、その人数は三十にも及ぶ。学園長が頭を抱えるのも無理ない事態だった。


 ただ、一つ問うておきたい点がある。


「オレは、何で呼び出されたんだ?」


 話の流れからして、一年生の異常について調査したい方向性なのは理解できる。だが、そこでオレが呼ばれる理由が分からなかった。


 何故なら、オレが積極的に関わる動機も利益も見当たらないから。結局のところ、これは一年生内の問題であって、こちらには何の関与もないんだ。唯一の接点であるターラにも、無暗に“闘技”を受けないよう忠告しているので、なおさら対処しようとは思えない。


 強いて言うなら、魔道具や『闘技制度』の運行システムの開発者はオレたちだけど、当の問題はそちら方面ではない。どちらかといえば、企画した生徒会に声をかけるべきだろう。それこそ、智謀に富んだアリアノートは打ってつけの人材のはず。


 ゆえに、その辺りをスッ飛ばして――もしかしたら、すでに相談済みかもしれないが――、どうしてオレを呼び寄せたのか。そこが疑問だった。


 オレの問いかけを受け、不思議そうにキョトンと首を傾ぐ学園長。このシーンだけ切り取るなら“幼気な少女”で済むが、状況が状況だけに、『何を惚けてんだ?』という微かなイラ立ちしか生まれなかった。


 オレは再度尋ね直した。


「何で一年の件でオレを呼んだんだよ。それは学園側、もしくは生徒会が対応する問題じゃないのか? 一応言っておくけど、以前の約束は守ってるぞ。今回の一件は、オレの与り知らないものだ」


 未来予知原作知識に学生たちを巻き込む案件があるなら、事前に知らせてほしい。そう交わした約定を破ってはいない。一年生の異様な強さは、原作でも言及されていなかった現象だ。


「あ、嗚呼」


 ここでようやく、学園長はこちらの言わんとしている内容を理解した様子。挙動不審に首肯し、何やら焦燥感をあらわにしながら思考にふけり始めた。


 訝しみつつも、彼女が落ち着くのを待つ。


 しかし、いつまで経っても、学園長の動揺は収まらなかった。


 こうなってくると、さすがに心配になる。いつもの彼女なら、『他学年に広がる可能性がある。問題の火種が小さいうちに潰した方が楽だ』なんてうそぶくか、彼女の権力による利点を提示しただろう。


 “そうなるのが分かっていたのなら、最初から引き受けてれば良いじゃん”と考える者もいると思うが、毎回唯々諾々と従ってしまうのは伯爵の沽券に関わるんだよ。ある程度の交渉はしておかないと、後々に厄介な展開になる確率が上がってしまうため、面倒な手順を挟んだわけだ。


 そういった部分は学園長も理解しているはずで、だからこそ、ただただ惑乱するだけなのは、とても妙な反応だった。


「大丈夫か? 調子でも悪いのか?」


 ソファより腰を浮かし、学園長の顔色が悪くないか確認するよう身を乗り出す。


 すると、思案中の彼女はコチラの接近に気づかなかったのか、「ひゃい!?」と素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。


「た、たたた、体調は大丈夫じゃ。ち、ちと、信じられぬ発見があったというか……それに気がついたせいで動揺してしまっただけじゃ。な、何も問題ない!」


「めちゃくちゃテンパってるじゃねーか」


 お手本のような動揺具合に、思わず口調が崩れるオレ。


 学園長は目を縦横無尽に泳がせ、頬をほんのり赤く染めつつも続ける。


「い、一年の問題じゃが、次第に他学年にも広がっていく可能性がある。問題の芽は、若いうちに摘んでおいた方が楽じゃろう。た、ただ、わざわざ伯爵であるお主を動かすには動機が薄いのも確か。わ、ワシの権威の及ぶ範囲でなら、の、望む便宜を図ると約束しよう!」


 ペラペラと早口で必要事項を語っていく学園長。動揺のせいというよりは、一刻も早くこの場を解散させたいという感情が透けて見えた。


 ……うん? いや、待て。ほんの僅かだけど、彼女から見覚えのある感情が――


「何か異論はあるか!?」


 感情の正体を見極めようとしたところ、学園長が大声を上げた。


 今は交渉の最中、そちらを蔑ろにするわけにはいかない。オレは意識を戻し、彼女の方を見つめた。


「便宜とやらについては、後日相談でいいか? 即座には思いつかない」


 フォラナーダ単独で実行可能なことが多いゆえに、あえて学園長に頼む事項は少ないんだよなぁ。学園関連が有力候補か。


 すると、学園長は目に見えてホッと安堵した様子を見せる。


「構わない。こちらのワガママじゃ。可能な限り、お主の要望は通そう」


「太っ腹だな」


「学生のためじゃ」


 ブレないヒトだ。教え子のためなら全身全霊の姿勢は、まったく変わらない。ヘンタイではあるけど、悪い魔女ではないんだ。


 オレは立ち上がる。


「じゃあ、早速調べに動くよ」


「よろしく頼む。こちらもこちらで調べる」


「何か進展があれば、連絡してくれ」


「分かった」


 最後の方は落ち着きを取り戻してきたらしく、普通に会話が交わせていた。


 挨拶をしてから、学園長室を後にする。


 しかし、学園長のあの態度は何だったんだろうか……。


「まさか、な」


 一つの心当たりが脳裏に浮かぶが、オレは現実逃避気味に一蹴した。

 

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