Interlude-Skia 推し
四月、桜の花がキレイに咲き誇る季節だ。あたし――スキアが伯爵領に訪れた頃は『見慣れない木だなぁ』としか思わなかったけど、こうして花が咲くと感動してしまう。それほど美しいものだった。
あたしは今、フォラナーダ伯爵領へ訪れている。というのも、当主たるゼクスさまの誕生会が開かれているためだ。かの軍門に下ったあたしも、出席を促されたわけである。
正直言うと、こういった華々しいパーティーは苦手だ。叶うことなら不参加で通したかった。
しかし、そんな愚痴は溢せない。主君を祝えないと口にしたら
幸い、今回は身内のみの催しなので、他貴族たちの姿はない。かなり無礼講な雰囲気だったのは楽で良かった。
一通りの挨拶を終え、あたしは会場に用意された料理をつついていた。慣れないことを行ったので、今すぐ休みたい気分なのは山々だけど、空腹のままはツライ。ある程度は満たしておかないと。それに、ここの料理は絶品ゆえに、食べないのは大損だ。
というわけで、料理を確保していく。
「それにしても」
一定量の料理を確保し終え、会場隅の席に腰かけたあたしは、それらを食しながら独りごちた。『にぎやかな城だな』と。
パーティーなんだから当然と思うかもしれないけれど、他とは少し質が違う気がするんだ。何と表せば良いんだろう……温かい、かな?
「……そうだ、実家に似てる」
チェーニ子爵分家。貴族としては決して裕福とは言えなかったけれど、家族みんなの仲は良かった。お互いに尊敬し合い、助け合って生活していた。そんな、まるで平民の家庭みたいな普通の家。
それに似ているなんて侮辱にも捉えられかねないけれど、あたし的には最大の称賛だった。それくらいの居心地の良さが、このフォラナーダ城にはあったんだ。
優秀さや強さだけではなく、ヒトとしての温かみも忘れていない。これらを両立させるヒトや家は、はたして
「楽しんでるかな?」
「へ?」
唐突に声がかけられた。
まったく予期していなかった事態に、あたしの思考はフリーズしてしまう。とても間抜けな声が飛び出てしまった。
チラリと隣を窺うと、そこにはゼクスさまの義弟――オルカさまがいらっしゃった。
あたしは
「お、おおおおおオルカさま、き、気づくのが遅れてしまい、ももも、申しわけございませんでしたッ」
「そんなに仰々しくしなくていいよ。ここは非公式の場だし、ボクたちは同い年だからさ」
「そ、そういうわけには……」
「いいんだよ、ボクが許してるんだから。立場上、タメ口は難しいかもしれないけど、多少は口調を崩しても大丈夫。というか、その方が嬉しいな」
「わ、分かりました」
ニッコリ笑うオルカさまは大変愛らしかった。これが男性とは、女として敗北感がすさまじい。
愛読書の一つに『こんなに可愛い子が女の子のはずがない!』というセリフがあったけれど、今なら強く理解できる。たしかに、本物を前にすると、そう言いたくもなる。
あたしにとってオルカさまは推しだ。女の子と見紛う容姿に加えて、かなり重度のブラコン。愛読書の登場人物だといっても過言ではない人物ゆえに。日々の生活からインスピレーションを得た結果、自身の手で創作活動を始めてしまうほどである。ちなみに、内容はゼク×オルだ。それ以外は認めない。
閑話休題。
「そ、そそ、その、あ、あたしに、ど、どういった用件でしょうか?」
気を取り直して、何故に声をかけてきたのかを問う。
対して、オルカさまは一瞬だけキョトンと小首を傾げた。
だが、すぐに何かに考え至ったようで、苦笑いを浮かべる。
「特別な用事があったわけじゃないよ。ただ、せっかくの機会だから、スキアさんとお話ししようかなって」
「なる、ほど……」
この二ヶ月ちょっとで、フォラナーダの方々の人物像は掴みつつある。オルカさまは社交的な性格だから、こんな根暗なあたしも気遣ってくれているんだろう。
あまり喋るのは得意ではないけれど、嫌いというわけでもない。わざわざ向けてくれた行為を無下にはしたくなかった。
あたしはコクリと首肯する。
「ぜ、ぜひお願いします」
「ありがとう。じゃあ、座って話そうか。嗚呼、食事しながらで大丈夫だよ」
あたしたちは共に着席し、雑談を始める。
当たり障りのない会話を交わしていたあたしたちだが、そのうち一つの題目に傾倒していった。それはゼクスさまに関すること。
あたしとオルカさまは、ストレートに言うと趣味が合わない。体を動かすのが好きで社交的なオルカさまに対し、室内で一人で黙々と作業することが好きなあたし。性格も陰と陽の如く正反対。なかなか話が合わせづらいんだ。共通項であるゼクスさまの話に落ち着くのは、当然の帰結だった。
その中で発見――否、確信したと表現した方が適確か。オルカさまはゼクスさまのことが大好きだ。家族的なそれではなく、異性――同性だけど――に向ける感情だと思われる。
だって、あの方について語る彼は、とてもキラキラした眼差しを浮かべるんだもの。特に、『この前のスタンピードで指揮を執ったことを褒められた』という話題の際はヤバかった。正確に言葉で表せない自分の力不足が憎らしいけれど、全身より歓喜と幸福を溢れさせていた。誰が見ても、あれはホの字だ。
内心の狂喜を隠すのに苦労した。他人と話すのが苦手だからこそ、抑えられたまである。でなければ、ペラペラとゼク×オルの熱意を語り明かしていたかもしれない。まさか、こんなことで自らの欠点に感謝する日が来るとは思わなんだ。
ただ、一つ気掛かりも生まれた。オルカさまは、何故かご自身の気持ちを自覚していないんだ。あんなにも分かりやすいのに、普通の兄弟愛と錯覚している。謎だ。彼には実兄が二人もいるはずなのに、それとの違いを悟れていないだなんて。
……これは、あたしが一肌脱ぐしかないのでは?
そう考えたのも一瞬。即座に棄却した。
何故かって? ヒトとの交流が不得手のあたしに、他人の恋路をアシストするなんて無理。絶対に無理。
あたしの理想は、恋人たちの近くに存在する壁なのよね。二人の邪魔をせず、ひっそりと愛の交流を覗いていたい。
だから、密かに応援はするし、可能なら助力もするけど、基本的には影で見守っていよう。幸い、オルカさまは恋愛結婚を優先されており、肝心のゼクスさまも同性愛に偏見がない。あたしの見立てだと、いけそうな気がするんだよなぁ。まぁ、創作物から得た経験にすぎないから、全然信憑性はないけれど。
とにかく、あたしはオルカさまを応援することにした。最推しであるゼク×オルの実現は間近……なのかもしれない。
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