Interlude-Eureka 友のために

 学園は春休みに入った。冬の鋭い冷たさは鳴りを潜め、徐々に柔らかな温かさが顔を出しつつある。


 春季の長期休暇は、それほど長いものじゃない。せいぜい二週間くらいなので、大半の生徒は帰省なんてしないで、王都でゆっくり過ごしていた。


 ユリィ――ユリィカもそのうちの一人。というより、ユリィの場合は一度も故郷に帰っていない。あそこに戻っても、大してやることはないから。


 ……って、ユリィの故郷のことは、今は関係ない。今重要なのは、目前の少女と会話を交わすことだった。


「に、ニナさん」


 場所は冒険者ギルド王都支部。依頼の張られたボードの前に立っていた彼女へ、勇気を振り絞って声をかけた。


 何故、勇気が必要だったかって? ユリィが緊張しいなのもあるけど、今のニナさんの周りには多くの女性冒険者がたむろしてたからだった。きゃーきゃー黄色い悲鳴を上げているところを見るに、彼女のファンらしい。


 気持ちは分かる。ニナさんは長身で凛とした面持ちだ。ユリィも彼女をカッコイイと思っている。そういえば、学園でもファンの女子生徒に囲まれていたなぁ。


 ユリィの声に反応し、ニナさん含めた女性冒険者たちの視線が集中した。思わず「うっ」と呻いて後ずさってしまうけど、ここまできてきびすを返すわけにはいかない。


 女性冒険者たちの怪訝そうな視線が貫く中、ニナさんがキョトンと首を傾げた。


「ユリィカ? こんなところで、どうしたの?」


「え、えっと、ニナさんに用があって。お屋敷を訪ねたら、こちらにいると聞いて……」


「なるほど」


 おっかなびっくり答えると、彼女は小さく頷いた。チラリと依頼板の方を覗き、再度ユリィの方を見る。


 それからニナさんは返す。


「分かった、付き合う。今日は大した依頼もないし」


 周囲の女性冒険者たちから落胆の声が上がるが、彼女はまったく気にした様子なく、こちらに歩み寄ってきた。


「場所を変えよう。その方がいいでしょ?」


「あ、ありがとうございます」


 ファンのヒトたちには悪いと思いつつも、ユリィは素直に謝意を示した。今回ばかりは、ユリィも簡単には譲れないんだ。







 ニナさんが案内してくれたのは、少し入り組んだところに構えられた喫茶店だった。場所が場所だけに客足は少なく、さらには個室まで存在する。込み入った話をするのに、もってこいの店だった。


「すみません」


「構わない」


 わざわざ人けのない場所を選んでくれたことに感謝すると、ニナさんは簡素に返した。


 無表情も相まって機嫌が悪そうにも見えるんだけど、心配はいらないと思う。仲良くなって一年近くになるが、彼女はそこまで狭量じゃない。それに、怒った時がどういう反応になるかは、何となく理解していた。


「用事って?」


 個室に腰かけ、各々の注文したカフェオレとカプチーノが届いた頃合い。そうニナさんが切り出してきた。


 ユリィは一つ深呼吸をしてから告げる。


「修行を、つけてほしいんです」


 すると、この提案は予想外だったのか、ニナさんは目を丸くした。


「修行?」


「はい」


「何かを上達させるために訓練する、あの修行?」


「はい……というか、他の意味の修行なんてありますか?」


「ないけど」


 不思議そうに首を傾ぐニナさん。彼女は、こちらが何の用事を抱えてきたと想定してたんだろう。


 ちょっと気にはなるけど、話が脱線しそうなので我慢する。


 ユリィは改めて頼んだ。


「近接戦闘の修行を、ユリィにつけてほしいんです。ダメでしょうか?」


「ダメではないけど、どうして?」


 やはり、ニナさんは訝しげな表情を浮かべる。


 まぁ、彼女の疑問ももっともだ。自画自賛になってしまうけど、ユリィは現状でも十分に強い。個人戦ではベスト16に入れたし、一年修了時の総合成績でも学年七位だった。平民としては快挙と評して良いもので、二つ名持ちのニナさんに、わざわざ稽古を嘆願する必要性は薄いように見えるだろう。


 しかし、ユリィには、どうしても強くなりたい理由があった。


「……許せないんです。ユリィは自分自身がどうしても許せないんですよ」


 半月ほど前に起こった一件。ダンジョン内で、適性よりも遥かに強い魔獣がユリィたちを襲った事件。あの時ほど、自分の力不足を嘆いた日はなかった。魔獣の軽い一振りで立ち上がれないくらいボロボロにされ、後衛のマリナさんや震えるクラスメイトたちの壁にすらなれなかった。伯爵さまが間に合ったから良かったものの、前衛の役目をまったくこなせなかった事実は重かった。結局、ユリィたちは何も役に立っていなかったんだから。


 それに加えて、伯爵さまとマリナさんの遭難。あの時も、ユリィは全然動けなかった。ただ茫然と、ダンジョンの壁に消えていく二人を見送ることしかできなかった。伯爵さまに任された伝言係を、淡々とこなすことしかできなかった。


 不甲斐ない。友人たちを守るどころか一歩も動けなかったことは、今もなお酷く後悔している。


 動けたとしても、何ら結果は変わらなかったかもしれない。余計に事態を悪化させていたかもしれない。それでも、友のために助力したかった。こんなユリィに期待だけ・・ではなく、情を……親愛を抱いてくれるヒトたちの役に立ちたかった。力になりたかった。


 この気持ちが、ただの自己満足にしか過ぎないのは理解している。だとしても、心のうちに後悔が渦巻いてしまうんだ。


 だから、強くなりたいと願う。今より先へ進みたいと思う。そのキッカケとして、友であるニナさんを頼ったわけだ。


 都合の良いことを言っているのは分かっているけど、ユリィには他の選べる手段がない。この半月も努力はしたけど、やはり独力では限界があった。


 滔々とうとうと――否、徐々に感情を昂らせてしまいながらも、ユリィは自身の意図をニナさんに伝えた。


 黙々と話に耳を傾けてくれた彼女は、静かに思考を回している。


 引き受けてくれるかは彼女次第。無理にとは言わない。でも、どうか協力してほしいと願ってしまう。


 十秒ほど置いて、ニナさんは再度問うてくる。


「もう一つ質問。どうしてアタシ? ゼクスでも良かったはず」


 彼女の言いたいことは分かる。魔駒マギピースクラブでは、伯爵さまの監修で修行を行った。師と仰ぐなら、あの方に乞うのが最適なんだろう。


 とはいえ、答えは決まり切っている。


「あの方は多忙だと思いますから。それに、無暗に平民のユリィがお貴族さまに頼るのは難しいです」


 ただでさえ、魔駒マギピースクラブ発足の際に迷惑をかけてしまった。これ以上のワガママは極刑ものだろう。たとえ、伯爵さまが問題ないと考えていても、ユリィの心臓が持たない。


「なるほど。いつものメンバーの中で貴族じゃなく、なおかつ強いのはアタシくらいか」


「はい。迷惑だとは思うんですけど、どうかお願いします」


 頭を下げて懇願する。


 対して、ニナさんの声音は柔らかかった。


「いいよ」


 友だちの遊びの誘いを承諾するような、そんな気軽な返事。


 ユリィは顔を上げる。


「本当ですか!?」


「うん。ユリィカの心意気は買った。力を貸してあげる。でも、アタシの修行は厳しい」


「ありがとうございます! 大丈夫です。必ず耐えてみせます!」


 こうして、ユリィはニナさんの弟子となった。


 ただ、彼女の課す修行は、想像の十倍はつらいものだったと言っておく。

 

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