Interlude-Caron リベンジマッチ

 お兄さまが実権を握ってからというもの、フォラナーダの城壁内部には多くの施設が新設されています。その中でもわたくし――カロラインに馴染み深いものといえば、魔駒マギピースの試合会場でしょう。


 ここは学園の旧式とは違います。お兄さまの【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を応用した【空間拡張】によって外観以上の広さを誇る上、内装を好きに組み替えることができるのです。荒野から市街戦まで、何でもござれです。


 そのような最新鋭の舞台にわたくしは立っていました。無論、一人ではありません。対面二十メートル先には、我が親友であるニナがフル装備でたたずんでおりました。かくいうわたくしも、お兄さま謹製の巨大ハンマー『シャルウル』を持った最上級の臨戦態勢ですが。


「本当にやるのですか?」


「やる。リベンジ」


 わたくしの問いかけに、淡々と返されるニナ。その瞳には並々ならぬ闘志が宿っております。


 察しがつくかもしれませんが、現状はニナが望んだリベンジマッチ。以前に行われた学年別個人戦の再戦です。ご丁寧に、舞台も学園の訓練場を模しております。


 どうやら、わたくしが想像していた以上に、ニナは敗北を悔やんでいた様子。


 まぁ、無理もありません。あの試合は、わたくしに有利すぎました。魔力量に依存する『ダメージ変換の指輪』のせいで魔法師の方が体力が多く、ステージという限られた空間は範囲魔法の餌食になりやすく、開始時の間合い二十メートルはわたくしに魔法発動の猶予を与えてくださいました。


 これほどの条件が揃えば、あとは詰将棋です。ニナの刃が届く前に、火魔法で舞台全体を蹂躙。向こうも魔法を斬り裂いて接近してくるでしょうが、それ以上の物量で押し込めば問題ありません。最後は、わたくしの必殺技ともいえる【遍照あまてらす】でゲームエンドでした。


 試合直後こそ『打破できなかった自分が悪い』と仰っていましたけれど、感情は別にあったのでしょう。ニナは、強くなることに誰よりも貪欲ですからね。


 先程は念のためにと確認を取りましたが、親友が望むのなら、模擬戦自体はやぶさかではありません。あちらは何かしらの対策を講じてきたのでしょうが、わたくしも成長しているのです。返り討ちにしてあげましょう。お兄さまの妹として、わたくしも易々負けるわけにはいかないのですから。


「準備は宜しいでしょうか?」


 審判役を任せた使用人の声。


 彼女は、ステージより離れた観客席にいます。というのも、わたくしたちレベルの模擬戦だと、余波でケガを負ってしまう可能性があるのですよね。ですから、あの子の役割は試合開始の合図が大半です。


 わたくしとニナが頷いたのを認めた使用人は、声を張って宣言しました。


「では、はじめ!」


 間髪入れず、わたくしは上級火魔法の【崩炎ほうえん】を放ちました。ステージ全体をなめるように、炎の雪崩が覆い尽くしていきます。


 無論、一発では済ませません。最上級火魔法【炎環えんかん】を行使し、【崩炎ほうえん】を自動で連続発動するように設定しました。舞台は、絶えず炎が溢れる地獄と化します。


 ここまでは前回の焼き増し。この時点でのニナは、高速で剣を振るって炎を弾いていたのですよね。剣で炎を斬るのも凄まじいですが、この物量を一本の剣でどう抑え込んでいるのでしょうか。彼女の剣技は摩訶不思議です。


 とりあえず、次の手も同じ流れで行きましょうか。ニナがどのような対策をしてきたか、興味がありますから。


 【崩炎ほうえん】を連続発動させたまま、わたくしは両手を胸元に掲げます。


 これは【遍照あまてらす】の構え。別の魔法を唱えてしまうと【炎環えんかん】が停止してしまうため、発動直前で止めておきましょう。あとは、タイミングを計るのみ。


 ――よし。


 【遍照あまてらす】、発動。


 絶え間なく溢れていた炎が止まり、わたくしの手の中に光球が生まれました。そして、その球は目映い光を周囲へ放つ――


「へ?」


 ――ことはありませんでした。


 何故なら、魔法の核たる光球が真っ二つに斬られてしまったから。消滅していく【遍照あまてらす】を呆然と見つめるわたくし


 あのですね……お兄さまの時も驚いたのですが、【遍照あまてらす】の核は、最上級魔法でも壊れない仕様なのですよ? 何でポンポンと破壊できてしまうのですか、あなたたちは。


 しかし、間抜けをさらすのは一瞬。即座に魔力を掻き集め、中級光魔法【ライトコクーン】を行使します。


 光の膜がわたくしを包んだ直後、足元より二本の土の杭が襲いかかってきました。下級土魔法【アーススパイク】の二連発動ですね。


 これくらいなら【ライトコクーン】は破られませんが、本命は……


「シッ!」


 突如、残留していた炎の塊を突き破り、ニナが剣による一閃を放ってきました。その冴え渡った一撃によって、まるで紙切れのように【ライトコクーン】は突破されてしまいます。


 ですが、こちらも攻撃をいただくわけにはいきません。手元の『シャルウル』を操り、槌の部分で刃を受け止めました。


 キィィィンと耳に痛い金属音が響き、わたくしは吹き飛ばされます。質量ではこちらが勝っていても、体勢や準備が不足していました。


 とはいえ、距離を取れるのは僥倖ぎょうこう。ここから反撃のチャンスを窺……えませんね。渾身の一撃を見舞った直後とは思えぬ速度で、ニナは追撃の一歩を踏み込んできました。


 断言はできませんが、おそらく土魔法で重心操作を行ったのでしょう。魔法は不得手というプロフィールは訂正すべきな気がしますよ。そこまで細かいコントロールができるのなら、十二分にプロの魔法師です。


 迫る鈍色の刃を『シャルウル』で弾きますが、体勢の整っていない状態で達人の技を防ぎ切れるわけがありません。幾度か攻撃をいただいてしまいました。指輪のお陰でケガは皆無ですが、魔力が削れてしまいます。


 ……ここまで追い詰められてしまったら、使うしかないようですね。もっと熟練度を上げてから公開したかったのですが、出し惜しみして負ける方が嫌です。


「『シャルウル』、【自立行動マリオネット】です」


「イエス、マスター」


「ッ!?」


 わたくしの言葉に対し、『シャルウル』が反応を示しました。無機質な音声を発したのです。


 これには剣戟を振るい続けているニナも驚いたようですが、この程度で驚いていてはダメですよ。お楽しみ、はまだ終わっていません。


 わたくしは『シャルウル』を手放しました。あろうことか、剣の達人を前にして得物を放棄したのです。


 試合を捨てたわけではありません。むしろ、その逆でしょう。何せ、『シャルウル』は戦い続けている・・・・・・・のですから。


 そう。誰の手にもない『シャルウル』は、宙に浮きながらニナの剣をさばいていました。


 これこそ、わたくしの奥の手。『シャルウル』は『意思ある武器リビング・ウェポン』に改造されていたのです。今は【自立行動マリオネット】の機能しかありませんが、お兄さま曰く『所有者の意思を読み取って成長していく武器』らしく、少しずつ強化されていくようです。


 技量差のせいで完璧に防げてはいませんけれど、足止め自体は叶っていました。この間隙かんげきが、わたくしに反撃の機会を与えてくれます。


 魔力を練り、魔法を唱えます。【遍照あまてらす】は潰される可能性があるため、次点で威力の高いものを。


「【ボルケーノレイ】」


 詠唱することで発動を補助しました。


 途端、空が赤く染まります。赤黒い雲に似た何かが、天を覆い隠します。


「まずい、【ボルケーノレイン】」


 その様子を目撃したニナは、即座に小盾を空へ向けて腰を落としました。盾には土魔法の防御バフを施している様子。


 まぁ、分かりやすいですよね。モデルとなった魔法は、事前に発動を察知されてしまうのが欠点です。


 ですが、はたして、その程度の守りで大丈夫ですかね?


 いよいよ、魔法の蹂躙が始まります。


 ジュッ。


 一瞬でした。何かの焦げた音と臭いが、周囲へ拡散します。


 見れば、ニナの掲げていた盾の端が小さく抉り取られていました。その直線上にある地面にも小さな穴が開いています。


 それが皮きりでした。ジュッ、ジュッと同様の音が立て続けに鳴り、ステージのあちこちに小さな穴が量産されていきます。それも、徐々にペースを加速させて。


「ぐっ」


 ついにニナの体にも命中しました。指輪のお陰でケガこそありませんが、相当量の魔力が減ったのは分かります。


「見えない。【ボルケーノレイン】じゃない?」


「ええ。これは【ボルケーノレイ】ですよ」


 焦る彼女へ、わたくしは魔法名を教えて差し上げます。実戦なら絶対に教えませんが、今回は模擬戦ですので。


 ニナの仰る【ボルケーノレイン】とは、火の最上級魔法の一つです。超広範囲を網羅する高火力の術で、効果範囲に火の雨を降らせるというもの。術者の力量次第では、一発で都市を壊滅できるとか。わたくしだと、フォラナーダ全域を対象にできますね。


 そして、現在発動中の【ボルケーノレイ】は、その【ボルケーノレイン】を原型とした火と光の合成魔法です。術理は割と単純で、火の雨に光属性を付与しただけ。結果、威力増加はもちろん、光の速度で降りかかる効果へと変貌を遂げました。回避や防御は基本的に不可能な術です。


 最初は、光速で火の雨を降らせるイメージで作る予定でしたが、お兄さまに止められてしまったのですよね。どうにも、単純に速くするだけでは、副次効果で周囲一帯が灰燼と帰してしまうみたいです。危ないところでした、博識なお兄さまには感謝の念が堪えません。


 ちなみに、わたくしは火の雨でダメージを負いません。効果範囲にはいますが、効果対象外という扱いです。


 さて。様子を見る限り、ニナに【ボルケーノレイ】を防ぐ術はなさそうですね。このまま押し切れると良いのですが、どうでしょうか。


 次々と降りかかる火の雨は、もはや豪雨の如く。直接術者を叩くという余力もなく、どんどんダメージを蓄積させています。


 しかし、諦めた風ではなさそうでした。瞳が死んでいません。


「ふぅ」


 ニナが小さく息を吐かれました。同時に、何とか防ごうと足掻いていた動きを止めてしまいます。


 火の雨に打たれているにも関わらず、ただただ息を整えるニナ。


 数秒後、彼女は一つ唱えました。


「【身体強化・偽神化リミット・アクセル】」


 ただの詠唱。されど、それは侮れない冷たさを湛えていました。


 これはマズイ。そう判断したわたくしは、とっさに【ボルケーノレイ】を解除し、最上級光魔法【セイントウォール】を発動します。


 ですが、何もかもが遅すぎました。


「あ……」


 気がついた時には、わたくしは片膝を突いていました。視界が酷く歪み、立ち上がる気力も湧き上がりません。


 魔力がほぼ底を突いていました。ほんの一瞬、こちらの認識を上回る速度で、わたくしは攻撃されていたのです。


 バキッという鈍い音が、近くで響きました。


 億劫ながらもチラリと窺えば、いつの間にかニナが隣に立っており、その足元にはバラバラに砕けた剣がありました。


 なるほど、先の一撃に剣が耐え切れなかったようですね。


 わたくしは苦笑いを浮かべながら告げます。


わたくしの負けです」


「うん。戦ってくれてありがとう」


「いえ。こちらこそ、今後の参考になりました」


 さすがはお兄さまの弟子。わたくしの親友は、理不尽なくらい強かったです。



――――――――――――――


本日18:00にキャラ紹介2を投稿予定です。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る