Interlude-XXXXX 光はすべてを眩ませる
僕の私室から繋がる秘密の部屋に、僕は久しぶりに足を運んでいた。
ここは
そも、この七年近くを大人しく過ごした甲斐あって、僕へ割かれている監視の目は減っている。
一人で静かに待機していたところ、唐突に光が顕現した。まぶたを開いていられないほどの光源が現れ、部屋全体を覆い尽くす。
ただ、それは数秒程度の辛抱だった。少し待てば光は収まり、その代わりに一人の幼女が現れ――いや、降臨される。
およそ三、四歳くらいの幼子。見すぼらしい服をまとっているが、彼女の有する金の髪と瞳はとてつもなく神々しかった。五秒と直視していられないほどの目映さを感じ、僕は視線を下に落とす。
彼女の首元を見ながら僕はとある質問を投げようとした――が、その前に、別の気になるモノが視界に入った。
「その少年は?」
幼女の隣には、彼女より少し年上の子どもがいたんだ。彼女とは異なり、すべてが見すぼらしい。おそらく孤児だろう。瞳の焦点があっていないのは気になるが、彼女が何かしたに違いなかった。
すると、幼女は『嗚呼』と手を叩く。
「偵察に使えると思って、拉致っちゃった」
語尾に音符でもつけるような、朗らかで気楽な調子の彼女。ただし、その内容は穏当なものではない。
僕は眉を寄せる。
「足は着いてないんだろうな?」
「大丈夫大丈夫。私の光は、すべてを盲目にしちゃうんだから。この子の存在は、全員の記憶から消えちゃってるよ」
「……なら良い」
恐ろしいことだ、ヒト一人の存在を容易く抹消してしまう術なんて。いや、ヒトだけではない。彼女は、あらゆるモノをヒトの認知より消し去ってしまう。本当に恐ろしい。
とはいえ、今さら恐怖を口にできる立場ではなかった。この秘密の部屋もそうだが、僕は彼女の恩恵にあやかりまくっている。もはや、恐れるだなんて段階は踏み越えてしまっているのだ。
ふと、幼女は溢す。
「あー、でも、偵察は終わっちゃったし、もう用済みだよね」
そう言うや否や、彼女は右の人差し指を軽く振った。その辺にあった小物をつつくように、一切の気負いなく。
途端に、少年は光の粒子となって消滅した。一瞬で一つの命は
本能が鳴らす警鐘を必死で抑え込み、事前に尋ねたかったことを改めて問う。
「ローメ伯爵は処理できたか?」
そう。僕は彼女に、ローメの始末を頼んでいた。
というのも、彼の研究所は、僕が支援していたモノの一つなのだ。フォラナーダに露見しないよう、七年前の時点で連絡等は絶っていたが、それでも僕の関与する人物だった。
何故、始末を頼んだかと言えば、ローメが欲をかいたから。研究の材料として勇者の素体を求め、襲撃したらしい。
阿呆かと罵倒したかった。僕個人としては構わないけど、彼の立場なら勇者は不可侵のはずだ。彼を失えば、東の魔王が復活してしまうんだからさ。だからこそ、『役目を終えていない勇者と聖女には触れてはならない』と世界各国で決められている。
百歩譲って勇者を襲ったのは良いとしても、タイミングが最悪だ。どうして、フォラナーダ伯が傍にいる時に事を起こした。新手の自殺かと本気で頭を抱えたよ。
そういう経緯があり、ローメの口封じを頼んだのだ。足がつかないよう細心の注意は払っていたけど、フォラナーダ相手には用心したかった。
幼女の方も向こうに用事があったようなので、願いを聞き入れてもらえたわけである。
しかし、
「フォラナーダ伯ってのに、先に確保されちゃった」
失敗報告を彼女は告げた。
まさかの事態に、僕はうろたえる。
「ど、ど、どうするんだ。あなたもローメには協力していただろう。バレるぞ!?」
幼女は、ダンジョン攻略の助力をしていたはず。フォラナーダの暗部の腕なら、その情報を搾り取るなんて容易いだろう。
対して、彼女はどこまでも平常運転だった。お気楽に笑うだけ。
「大丈夫大丈夫。私たちの存在は、彼らの記憶から
「しかし、あちらは
たしかに彼女は人外の実力者だが、忌々しい伯爵も化け物級だ。何が起こっても不思議ではない。
幼女は肩を竦める。
「大丈夫だって。聞く話によると、その伯爵は白魔法師なんでしょ? 記憶を覗かれるのは厄介だけど、あれって本人の認識を見る感じだから、認識自体を
「……本当だろうな?」
「断言してあげる。絶対にバレないよ」
「ハァ、そうか」
肝が冷えた。
フォラナーダ伯の化け物っぷりは、王宮に嫌というほど轟いている。奴にだけは、準備が整うまで絶対に捕捉されたくない。
僕は額に流れた冷や汗を拭いつつ、ふと浮かんだ疑問を投げる。
「ところで、あなたの目的は達成できたのか?」
「そりゃもちろん」
幼女は笑った。外見年齢とは不釣り合いな、艶やかで生々しい
「逸材だったよ。私の光に
「そんなにか……」
「うん。百聞は一見に如かずって真理だね。光と火の組み合わせが相当まぶしいのは理屈としては分かってたけど、実物を目にして『欲しい!』って強く思った」
「急くなよ。あれは化け物の妹だ。安易に触れれば、返り討ちに遭う」
何やら、今すぐにでも突撃しそうな気配を感じたので、僕はすかさず指摘する。
案の定、幼女は不満そうに唇を尖らせた。
「え~、心配しすぎじゃない?」
「やめてくれ。この通りだから」
「うわぁ、土下座までするぅ? 分かった分かった。今は手を出さないでおくよ」
あちらが格上である以上、無理やり留めることは出来ない。ゆえに土下座をして必死に懇願した。
そこまでした甲斐はあり、幼女は突撃を見送ってくれた。一安心である。
「まぁ、いいよ。待つのは慣れてるし。今は彼女の成長を見守ろうかな。その時を迎えるのが楽しみだよ」
幼女は嗤う。
「待っててね、カロラインおねえちゃん」
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