Interlude-Caron 初心な姉

 とある日の昼下がり。魔香花の庭園にてお兄さまの姿を見かけたので駆け寄ろうかと思ったのですが、わたくし――カロラインは足を止めました。というのも、先客があの方に侍っていらっしゃったためです。


 お兄さまのお隣におられたのはマリナさんでした。他にもノマとマイムちゃんのお姿も見えます。どうやら、お互いの契約精霊を交えた談義を交わしていらっしゃる様子。


「ふむ」


 ここで突撃するのは容易ですが、機会を見直した方が良いかもしれませんね。ここでわたくしが顔を出しては、マリナさんも十全に楽しめないでしょう。彼女の人当たりの良さは美点ですが、時に周りへ気を遣いすぎる傾向がありますから。こういう時は、彼女を知るわたくしたちがフォローして差し上げるのがベストでしょう。


「シオン、場所を変えましょう」


 わたくしは傍に控えていたシオンへ声をかけ、きびすを返します。


 すると、彼女は怪訝そうに問うてきました。


「宜しいのですか?」


「良いのです。あの空気を邪魔するほど、わたくしは無粋ではありませんよ」


 ダンジョン内での経験がプラスに働いたよう。あれ以降のマリナさんは、お兄さまへのアプローチが積極的になられました。まぁ、ニナほどアグレッシブではありませんけれど、テンパっていた以前よりは進歩しています。それを、お兄さまの方も受け入れつつあるのならば、わたくしの出る幕はありません。


 それに、ここでガツガツ攻めてしまうのは、お兄さまの好みに合わないでしょう。あの方好みの距離感を保つことが肝要です。


 ――と、わたくしのことは良いのですよ。この心を自覚してからは色々と布石は打っていますし、お兄さまもコチラの変化に気がついていらっしゃるご様子。わたくしたちの関係は、時間が解決してくれるに違いありません。ゆえに、焦る必要もございません。


 問題は、姉にも等しいこの使用人の現状だと考えます。


「それよりもシオン。あなたこそ大丈夫なのですか?」


「何がでしょうか、カロラインさま」


 このような時に鈍さを発揮しなくても良いでしょうに、肝心のシオンは全然危機感を抱いておりませんでした。


 ほんの僅かですが、頭痛を覚えてしまいますね。


「とりあえず、私室へ戻ったらお説教です」


「えぇ!?」


 溜息を堪えながら、わたくしとシオンは庭園を後にしました。







 自分の部屋に戻ると、シオンにお茶の用意をさせます。手伝いたい気持ちもあるのですが、残念ながら止められました。お茶が燃えるだの仰っていましたけど、いったい何のことでしょう?


 お茶の用意が終わり、無理やりシオンを対面へ着席させ、いよいよお説教の開始です。少しだけ圧を向けながら、彼女に問います。


「シオンに窺いましょう。一日の中で、お兄さまと共に過ごす時間が長いのはどなた・・・でしょうか?」


「えーと」


 想定外の質問だったのか、シオンは僅かに困惑した表情を浮かべられました。ですが、二秒と置かずに切り替えた様子。お兄さまの秘書を務めているだけはあります。


「私でしょう。お仕事中は基本的に私が侍っていますから。その他……特に学園内では別の使用人に任せることが多いですけれど、それもローテーション。一人当たりの比重は小さいかと。カロラインさまやニナさんも多い方ですが、プライベートに絞られてしまいますし」


 滔々とうとうと語るシオン。


 そう、お兄さまと共にある時間が長いのは彼女です。わたくしでない事実は誠に遺憾ではありますが、やはりお仕事の最中がネックなのですよね。当主に回ってくる案件へ、下手に手を出すわけには参りません。


 ――話を戻しましょう。


 前述した通り、お兄さまとシオンは共有する時間が多いのです。それはつまり、誰よりも仲を育めるチャンスも多いということ。たとえ仕事中でも、上手く活用できる手段はあるでしょう。


 そのような恵まれた環境に身を置いているというのに、肝心のシオンは……


「あなた、お兄さまとの関係を進める気があるのですか? いくら何でも、ハグ程度で目を回すのは如何いかがなものかと思いますよ」


 この三十路エルフはあまりに初心すぎて、八年前より進展がほとんどないのです。誰よりも先にお兄さまへ気持ちを告げたというのに、進展具合では今やドベですよ。そろそろ、もっとも新参のマリナさんにまで追い抜かれそうな気配があります。まったく嘆かわしい。


「初々しいところもシオンの良さではあります。お兄さまとあなたの、初心なカップルのような甘ったるい光景は、見守っている側もホッコリさせられます。しかし、現状に甘んじられるのは困ります。今の進捗しんちょくでは、子をもうけるのは何十年後になることやら」


「こ、こここ子ども!?」


 わたくしのお説教に対し、若干頬を染めてバツが悪そうにしていたシオンでしたが、将来の子どもの話をした途端に顔を真っ赤に染めました。どれだけ初心なのですか……。


 普段は『冷静沈着の敏腕秘書』といった気風なのに、この手の話題もしくはお兄さまが関わると一気にポンコツ化するのは大変可愛らしいと思います。ですが、この調子だと、本当にアレソレを行うのは数十年後になってしまいます。それだけは頂けません。お兄さまにもシオンにも、しっかり幸せになっていただきたいのですから。


 内心で『どうしたものか』と悩んでいると、シオンが「お言葉ですが」と口にし、反論の姿勢を見せました。未だに顔が赤いので、まったく格好がつきませんが。


「つい最近、私たちの仲も進展したのです。カロラインさまのご配慮は嬉しく思いますが、そう心配せずとも大丈夫です!」


「ほぅ、どのような進展なのでしょうか?」


 わたくしの知る限り、お二人に何かがあったとは耳にしていません。興味のそそられる話題ですね。


 こちらの問いを受け、シオンは両の人差し指をジレジレといじり、恥ずかしそうに視線を横へ逸らしました。それから、たっぷり間を置いて口を開きます。


「…………手を繋ぎました」


「ハァ」


 期待したわたくしがバカでした。


 初めて手を繋ぐというのが嬉しいのは分かります。そういった気持ちを否定するつもりもありません。ですが、その程度でここまで羞恥を覚えるのは頂けません。やはり、何か手を打つ必要があるのでしょう。


 正直、気は進みません。恋愛事に他人が介入するのは宜しくないと考えますし、何よりお兄さまの恋路というのが複雑です。他の女性を認めてはいますが、嫉妬を覚えないわけではないのですから。


 この辺りの折り合いの付け方は、ミネルヴァやニナが抜きんでているのですよね。貴族教育の賜物たまものなのでしょうか? いえ、わたくしも貴族なのですけれどね。


 とはいえ、文句を言ってはいられません。姉と慕う相手の恋路を応援せずして、フォラナーダは名乗れないでしょう。身内は支え合うものなのですから。


「とりあえず、羞恥への耐性を向上させましょう」


「な、何をなさるのでしょうか?」


「ご安心なさい。お兄さまのご協力の元、色々と行います」


 シオンのあられもない姿を、他の誰かにお見せするわけには参りませんからね。


 その後、シオンの羞恥への耐性は多少向上しました。その代わり、しばらく彼女は気絶ラッシュでしたけれど。

 

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