Chapter7-ep 望み

 ダンジョンより帰還してからも、オレに休む暇はなかった。当然だ、地上ではスタンピードが発生した直後。様々な事後処理が残っており、貴族たるオレが対応しなくてはいけない案件は多かった。加えて、主犯が当主のローメ伯爵やその側近らだったこともあり、余計に仕事が増える始末。王都より派遣員が到着するまでの間だったが、本当に多忙を極めた。


 その過程で目を通した資料によると、今回のスタンピードの被害は最小限で済んだらしい。カロンたちが暴れ回ったんだから、この結果は当たり前だろう。


 懸念していたディジョットの街も、アリアノートの指揮とユーダイを筆頭とした戦力の活躍によって、ほとんど被害なく守り切れた様子。まぁ、光魔法師が三人もいたんだ。戦闘員も気兼ねなく戦えたんだと思われる。


 重傷だったのはダンジョン付近で待機していた領軍くらいか。それだって、控えていたオレの部下たちが回収した後にカロンが回復させたので、今や元気に職務をまっとう中だ。


 三万に及ぶスタンピードが起こったにしては、奇跡的な成果と言えよう。


 また、今回の戦闘で主人公たち勇者と聖女は新たな力を得た上、ディジョットの街に限るが、アリアノートも含めて大いに名声を高めた。原作通りに進みつつ、原作以下の被害に収められたのは、上々の結果だった。


 これもすべて、みんなの尽力のお陰だ。今回ばかりは、オレは何もできていないからなぁ。感謝してもし切れない。奮闘してくれたみんなには、王都に帰ってから褒美を上げなくてはいけないと思う。おおよそ、何を求められるかは察しがついているけどね。


 ちなみに、身内以外の学生たちとフェイベルンは、先に王都へ帰還させている。いても無意味だし、いつまでもディジョットに残る必要性は皆無だからな。今頃、普段の学生生活に戻っていることだろう。


 閑話休題。


 王都からの派遣員に申し送りを済ませたオレは、一度宛がわれた私室に戻った。


 すると、そこには先客がいた。


「マリナ、どうしたんだ?」


 今日はオレの【位相連結ゲート】で帰還する予定となっている。他の面々は荷物をまとめているはずで、それは彼女も同様だった。


「少し話したくて」


 やや強張った面持ちで語るマリナ。しきりに肩から垂らす髪先をいじっており、相当緊張しているのが分かる。


 訝しく思いながらも、オレはソファに座るよう促し、自身も対面に着いた。


「……」


「……」


 しばらくお互いに無言を貫く。


 マリナより口を開く気配を感じられなかったので、肩の力を抜いてもらうためにも、こちらから話題を振ることにした。


「マイムはどうしてる?」


 マリナの契約した合成精霊の片割れ。彼女はかなりの臆病で、日常生活の大半をマリナとともに過ごしている。だが、今は同行していないようだった。


 対し、マリナは「えっと」と言葉をつっかえながら答える。


「ノマちゃんと一緒にいますよ。ほら、マイムちゃんたちって子どもじゃないですか。だから、精霊としての常識が足りない部分があるみたいで、その辺を教えてるようです」


 ノマちゃんがいてくれて助かりました~と、彼女は朗らかに笑った。


 未だオレを怖がるマイムだけど、他の面々とは良好な関係を築けているんだよなぁ。火もしくは水の適性を有するカロンやミネルヴァ、オルカ、シオンとは、特に友好的のよう。


 ノマもノマで、初めての精霊の後輩とあって気合を入れている。自慢の魔力料理も振舞っており、マイムの舌が肥えるのも時間の問題だろう。


「それなら良かった。フォラナーダの面々とも馴染めてるようだし、王都に帰ってからも大丈夫そうだな」


「はい。ちょっと人見知りなところはありますけど、致命的な問題はないと思います」


「そっか」


 となると、やはりオレの存在がネックか。ショックを受けていないと言えば嘘になるけど、こればかりは致し方ない。彼女の心身が成長するまでは、接触を控える方向で調整しよう。


「訓練の方はどうだ?」


 ダンジョン帰還後から、マリナは本格的に精霊魔法の鍛錬を行っている。仕事が忙しすぎてオレは見られていないんだが、ノマが監督してくれていた。


 マリナは小気味良く頷く。


「順調です。今までのもどかしさが嘘みたいに、色々と新しいことが出来るようになってるんですよ!」


 満面の笑みを浮かべる彼女は、心の底から現状を喜んでいる様子だった。実力が伸び悩んでいることを苦悩していたのは知っていたので、こちらとしても彼女の成長は嬉しくなる。


「ふふっ、それは良かった」


「ッ!」


 オレが目元を緩めて頬笑むと、マリナは顔を朱に染めて視線を逸らしてしまった。


 どうやら、オレの笑顔を受けて照れたらしい。可愛らしい反応だと思うとともに、そこまでオレに魅力はあるか? と気恥ずかしくなってしまう。


 最近はマシになったけど、オレの前だとポンコツ風味になるのは相変わらずみたいだ。


 愛でるのは心のうちに留めておこう。面に出すと余計にポンコツが進行して、話が進まなくなる。


 マリナが落ち着くのを待ち、オレは本題に入ることにした。


「それで、オレに話って何なんだ?」


「それは……」


 彼女は一瞬言葉に詰まる。


 しかし、一つ深呼吸を行ってから続けた。


「妾の件で、改めてお話しておきたくてー」


「……なるほどな」


 納得の返しをしつつも、内心では意外だなと思う。正直、マリナは今の関係をナァナァで続けて、“事実上の妾”という状況を作り出すと考えていたんだ。周囲の噂が確固たるものになるまで、下手にこの話題を突いて来ないと踏んでいた。


 こちらの心情なんて露知らず、マリナは語る。


「わたしは強くなるキッカケを得られました。実際、強くなりました。たぶん、単独でも刺客を撃退できるくらいには、腕を磨けたと思います」


 事実だ。マイムと組んだマリナは、レベルにして90を超えている。加えて、驚異的な感知能力も手にした。今の彼女は正面突破も暗殺も不可能だろう。


 つまり、わざわざオレが保護する必要性が消えたことになる。


「オレの保護下から外れたいのか?」


 そうではないと考えつつも、意地悪い質問を投じた。


 向こうも、わざと尋ねられたのは理解しているようで、冷静に首を横に振る。


「いいえ~、わたしの望みは、最初から変わってません。王子さま……ゼクスさまの傍にずっといたい。あなたと好き合いたい。幼い頃から願い続けた、わたしの夢です」


 力強いセリフだった。確固たる信念が、今の言の葉に乗せられていた。絶対に諦めないという執念が感じられた。


 嗚呼、これこそマリナというヒロインの真骨頂だな。


 オレは感嘆する。


 原作にて、オレがもっとも憧れた女の子。原作と現実は異なるが、彼女の芯だけは変わらないのだと実感した。いくら自分が弱くても、どんなに環境が悪くとも、如何いかに周囲が認めずとも。マリナという女性は、一度決めた自らの望みを曲げたりしない。足掻いて、足掻いて、足掻き続ける。泥臭くも目映い、そんな道を歩むのが彼女の美しさだった。


 結局、原作では『ユーダイの帰る場所を守る』なんて諦観染みた結論に落ち着いてしまうんだが、現実は足掻きが実った。精霊という翼を得た。


 ゆえに、マリナはどこまでも飛び続けるだろう。自身の望みの先まで。


 何でオレなんだろうな。


 何度目か分からない自問。ステキな女性たちに愛の告白を受ける度に、心が苛む。オレはそんな素晴らしい人物ではないと慟哭どうこくしてしまう。


 だが、それを面に出したりはしない。どれだけ自信がなかろうと、選んだのは彼女たちなんだ。それを否定するのは失礼どころの話ではない。


 自信がないのなら、自信が身に着くまで己を磨けば良いんだ。『自分は相応しくない』なんて卑屈になるのは、悲劇のヒロイン気取りの卑怯な愚か者。オレは凡人にすぎないけど、そこまで落ちるつもりはない。


 だから、真っすぐマリナの瞳を見返す。まぶしい光に目を逸らしたくなるけど、ジッと見つめる。


「今すぐ、キミの想いに応えることはできない」


「そうですかー……」


 落胆の感情が見える。心痛いが、これは譲れない一線。カロンの死の運命を乗り越えるまで、オレに余所へ目を向ける余裕はない。


 しかし、これほどの愛情を向けられて、逃げるなんて選択肢は取れない。取れるわけがない。この健気な女性に相応しくありたいと、強く思う。


 オレはスッとマリナの右手を取り、その甲へと唇を当てた。


「でも、約束しよう。学園を卒業するまでに、きっと応えると」


「……」


 目を見開き、呆然と硬直するマリナ。


 だが、次第に状況への理解が及んでいったよう。おもむろに顔を真っ赤に染めていき、あぅあぅと口を開閉させた。そして、ついぞ大粒の涙を流し始める。


「えっ!?」


 突然の号泣に、さしものオレも狼狽うろたえる。


 歓喜によるものだと理解はできても、やはり美女の涙は驚きが勝るんだ。


 オロオロとするオレを余所に、マリナは泣き声混じりで笑う。


「ありがとうございます、ゼクスさま。本当に……本当に嬉しいです」


 その後、彼女が泣き止むまで隣であやし続けた。


 結果、王都への帰還が少し遅れてしまい、カロンたちに根掘り葉掘り追及されたのはご愛敬だろう。



――――――――――――――


これにてChapter7は終了です。明日から幕間を投稿し、9月11日からChapter8を開始いたします。

 

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