Chapter7-5 魔法司(2)

「ようこそ、我が研究じ――ぐへっ」


「はいはい。そういうのは間に合ってるから」


 最奥の部屋に入ると同時、不愉快な声が響いたので、手早く鎮圧した。声の主以外にも無数の気配があり、そちらも手加減した【銃撃ショット】で昏倒させている。


 部屋の内装は、先のセリフの通り研究室然としていた。中央に一メートル大の石柱が置かれるのみのだだっ広い・・・・・空間のはずが、あちこちに配線が駆け巡り、様々な魔道具が配置される場所に変わり果てていた。


 ザっと確認した限り、中央の石柱が元々ダンジョンに存在する物質で、他は後から持ち込まれたモノなんだろう。


 やはり、マイムを捕らえたという研究者たちは、ダンジョンを踏破していたらしい。不意打ちの【銃撃ショット】程度で全滅している辺り、ダンジョン攻略の中心人物はこの場に居合わせていないようだが……。


「ローメ伯爵じゃないか」


 邂逅一番に声をかけてきた男は、まさかのローメ伯爵だった。


 ……いや、“まさかの”という表現は的確ではないか。別の研究施設があると報告を受けた時点で、何となく嫌な予感はしていたし。


 魔力を通したエセミスリルワイヤーを取り出し、自立して研究員たちを捕縛するよう動かす。そちらの対応は程々に、施設内の観察を優先しよう。




 ――十分後。大まかな概要は掴めた。


 まず、合成魔獣キメラを作り出したのは、ローメ伯爵で間違いないようだった。研究の果てに、『様々な魔獣を組み合わせれば、魔獣も多くの魔法を扱えるのでは?』という考えに至ったらしい。


 何とも安直な結論だとは思うけど、実際に強力な魔獣が誕生しているため、方向性としては間違っていないんだろう。ダンジョンの壁をすり抜ける能力も、“魔力内を自在に移動できる”という効果の魔法だったみたいだ。


 また、マイムとエシを合成したのも彼ら。偶然捕まえた幼い精霊二体を、キメラの技術を応用して融合させたんだとか。何か大きな目的があったわけではなく、『魔獣研究の発展に役立つ情報が得られるかもしれない』なんて、いい加減な理由だったのが許せないよ。


 そして、さらに許せないのが、スタンピードの原因もコイツらという事実。ダンジョン内の魔力を活用できないか。その実験の影響により、万を超える魔獣が外へ流れ出てしまったよう。所感や状況から推察される失敗の原因、条件などが、つらつらと記載されていた。


 自領の危機だというのに、ローメ伯爵はそちらへまったく関心を払っていなかった様子。これだから狂的な研究者は厄介なんだよ。


 というか、すでにスタンピードが発生している件。オレの体感としては、六時間もかかっていないと思っていたんだが、実際は三日も経過していたらしい。ダンジョンの壁内で時間感覚も狂わされていたか?


 【遠視】の魔道具が配備されているお陰で、地上の様子はリアルタイムで観察することができた。


 戦いは佳境らしく、ほとんどの魔獣が討伐されていた。ディジョットの街に至っては、勝鬨かちどきが上がっている。その中心にはユーダイとアリアノートがおり、彼らの主導で状況を打破したと判断できた。


 聖女は……嗚呼、いたな。前線で戦っていた者の治療に当たっていたようだ。治療院では聖女コールが巻き起こっている。おや、スキアもこっちにいた。相変わらずオロオロしている。


 一方、ディジョット以外も心配はいらなかった。事前の指示通り、カロンたちがしっかり働いてくれたようで、残存する魔獣は千を切っている。


 もう大丈夫だろうけど……オレの安否を知らせるために、最後の締めを貰ってしまおうかな。【遠視】の魔道具が使えているんだから、そのパスを利用すれば実行できるはず。


 オレは魔道具をスキャンし、【遠視】の回路を乗っ取る。そこから地上へ向けて【銃撃ショット】を放った。雨あられのように魔力の弾丸は降り注ぎ、残り僅かだった魔獣を一掃する。


 ついでに、【念話】もしておこう。全員は無理だから、司令塔だろうオルカで良いかな。


『オルカ』


『ゼクスにぃ!』


 飛び跳ねる風な、素っ頓狂な声が返ってくる。いや、実際にオルカはその場で飛び跳ねていた。


 オレは苦笑を溢しつつ、落ち着けと言う。


 対し、オルカは興奮した態度のまま問うてきた。


『無事だったんだね!』


『嗚呼、心配かけたな』


『本当だよ。もう少し早く帰ってきて欲しかった』


『すまない。どうにも、時間感覚が狂っていたみたいでな。オレ的には、正味五時間弱しかかかってないと思ってたんだ』


『やっぱり……』


『誰かが予想してたのか?』


『うん。ミネルヴァちゃんとノマちゃんが』


 なるほど。魔力関連の知見が広い彼女たちなら、そういった推測も立てられるか。


 オレは内心で感心しつつ、本来伝えたかった内容を告げる。


『今、オレとマリナはダンジョン最深部にいるんだ。そこの調査をしてから帰るよ』


『踏破したんだね、おめでとう! 他のみんなにはボクから伝えておくよ』


『よろしく』


 軽く挨拶を交わし、【念話】を解除した。


 さて、手早く調べものを終わらせてしまおう。三日も空けてしまったんだ、早くカロンたちと再会したい。


 未だ意識のないマリナを部屋の隅へ寝かせ、部屋中の魔道具を一気に【位相隠しカバーテクスチャ】へしまい込む。エセミスリルのワイヤーで捕まえていたローメ伯爵たちも一緒に放り込んでおく。


 部屋は、石柱のみの初期状態に戻った。あとは、石柱を調べるだけ。


 残るそれに近寄り、手を触れる。すると、石柱の上面がウィンと音を立てて発光し始めた。光は独りでに形を変え、キーボードみたいに文字を配列する。


 同時に、目前の虚空に長方形の光が出現した。おそらく、画面の代わりなんだろう。いくつかの文字が浮かんでは消えていく。


「まるでパソコンだな」


 前世では当たり前の、今世ではあり得ない、文明の利器を彷彿とさせる装置だった。これだけで、この場所が神の創り出したモノだと得心がいってしまう。


 操作方法もパソコンと大差がなかったため、スラスラと情報の精査ができた。


 ここに集う情報は、魔力に関わるものに限定されているよう。世界全体の魔素の数値だったり、ダンジョン内に集められた魔力の総量だったり、どの種族がどれくらい魔力へ変換しているのかだったり。その手の研究者なら、喉から手が出るほど欲しいデータの数々だった。


 中には魔獣に関わる情報もあったので、ローメ伯爵たちはこの辺りを利用したんだろう。


 ただ、これだけでは説明できない要素もある。キメラを作るには技術が足りないし、ダンジョン踏破も無理だし、あの黒騎士も作れない。


 確実に協力者がいる。それも、下手したら限界突破レベルオーバーしているかもしれない者が。


 確保済みのローメ伯爵たちから、絶対に聞き出さなくてはいけない情報だ。どういう意図か判然としないけど、伯爵たちの研究を知っていながら協力していた場合、その協力者は悪意を持っていると予想できる。野放しにはできない。


「おお、マジであったよ」


 思考を回しながらも指を動かしていたオレは、とある情報を引き当てる。


 それは、オレがダンジョン最深部を目指した目的。魔法司に関するデータ群だった。

 

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